新人種の娘

如月あこ

文字の大きさ
23 / 66
第三章 日々の暮らしと、『芳賀魔巌二』

2、

しおりを挟む
 今日の夕食当番がトワでよかった。小毬の番だと、あちこちで食材を分けてもらいに行ったあと、食事の準備に勤しまなければならない。スーパーのない自給自足の飛龍島では、食事の準備も大変だった。
 カマを農具が置いてある小屋へ戻し、身体にくっついた砂や草を払った。
 そのとき、近づいてくる複数の足音がして、そちらを振り返る。
 小屋へ農具を返しにきたらしい、青年たちだった。歳は、小毬と同じくらいだろうか。青年たちはたくましい大柄な体躯をしている。
 彼らは小毬に気づくと、驚いたような顔をした。
 小毬は気まずくなって視線を逸らすと、彼らの横を通り抜けた――つもりだった。
 強い力で腕を掴まれて、引っ張られる。たたらを踏んだあと勢い余って転倒した小毬を見おろし、男たちが下卑た笑いを浮かべた。
「『ソト』のやつが、出しゃばるんじゃねぇよ。トワを丸めこむなんて、どんな手を使ったんだ」
「はは、お前、そりゃ言うまでもないだろ。身体を使ったんだよなぁ?」
(身体?)
 彼らの言う意味が理解できずにいる小毬に、青年の一人が乗りかかってきた。ぎょっとして身体を強張らせる小毬の肩を、強引に地面へ押し付ける。
「い、痛い」
「みんな言ってるぜ。トワを身体で誘惑したってな。あの色恋沙汰に興味なさそうなトワを誘惑するんだ、随分とイイ身体をしてるんだろ」
 怖い。
 これまで沢山冷たく扱われてきたけれど、こんな恐怖は初めてだった。
 逃げたいのに、青年の力に押されて身動きができない。それでも抵抗をしなければと足をばたつかせると、頬をぶたれた。
 耳の奥から頭がぐわんと鳴り、意識せずに歯が鳴る。
 青年たちは、全員で三人。小毬のような非力な者が、新人種である彼らから逃れられるとは思えない。
「ちょっと味見させてもらうか」
 馬乗りになっている青年が、そう言って小毬の胸元を勢いよく引っ張った。びりりと服が引き裂かれる音が耳に届く。
 まさか、という思いが脳裏に警鐘を鳴らす。
 がちがちと歯が鳴った。
「や、やめ――」
「おい、止めとけって。ヒトなんか相手にするほど、お前困ってねぇだろ」
 別の青年が嘲笑を浮かべて、そう告げる。「まぁな」と言って馬乗りになっていた青年が退き、ほっとしたのもつかの間。
 ぐわん、と脳が揺れた――気がした。
 世界が回る。鉄の味がした。
 頬を平手で殴られたのだ、と気づくまで、かなりの時間がかかった。
「はは、こいつ怖がってるぜ。軟弱だな、ヒトってのは。軽く叩いだだけだろうが」
 青年が笑う。
 同意するように、ほかの青年たちも笑った。
「ヒトのくせにこんなところまでくるから、こういう目に合うんだよ。どうせ、俺らのこと馬鹿にしてんだろ?」
「軟弱だな、こいつ。百合子さんだったらあっさり避けてたぜ、今の」
 再び頬に激痛が走り、脳が揺さぶられる。
 ほとんど本能だった。地面の草を握りしめて寝転んだまま身体を反転させ、這いずるように逃れようとする。けれど、少し移動しただけで背中を踏みつけられ、激痛とともに動きを止めた。
「や、止めて。助けて!」
「うるさいな。黙ってろよ。お前は今、俺らのオモチャなんだからな」
 髪を鷲掴みされ、上を向かされる。
 反り返るようにして露わになった首筋を、青年の一人が指先でつつつとなぞった。
「ここを握りしめれば、ヒトは簡単に死ぬ。知ってたか? 知らないだろ。俺らと違って、ヒトは怠惰なんだ。生きることに必死になってない。敵を見据えていない。……のうのうと生きやがって、本当に腹が立つ」
「やめて!」
「うるさいって言ってるだろうが!」
 青年の手が、小毬の首を握る。
 呼吸ができない。
 めり、と肌がつぶれる音がする。青年の指が、首筋にめりこんだらしい。痛い。けれど、痛みより苦しみが先立ち、死へ直進する恐怖で頭がパニックになった。
 暴れると、両腕を押さえつけられる。
(死ぬ、死ぬっ)
 遠くなる意識のなかで、岩と岩が擦れるような音がした。なんの音かなど、どうでもよかった。ただ、ちかちかとフラッシュのように白くなり始めていた視界が、鮮血のように真っ赤に染まる。
 苦しみ、そして痛み、恐怖、それらが綯交ぜになった激情に、狂いそうになったころ。
 ふいに、青年の手が離れた。
「は、ぁ、げぼっ、かっ、はっ、はぁ」
 盛大に息を吸い込んだ。自由に動いた右手で首元を押さえれば、ぬるりとした液体が手に付着する。それにも構わずに、首を守るように両手で首を抑えていると、次第に真っ赤に染まっていた視界がもとに戻っていく。
 寝そべったまま見る景色はいつもより視線が低く、奇妙な感覚がした。
 ふと、気づく。
 辺りが静まり返っている。
「馬鹿ね」
 唐突に振ってきた声に、恐怖から身体を震わせた。身構えるために、身を丸くする。けれど、どれだけ待っても暴力はなかった。
「立てないの?」
 恐る恐る、顔をあげる。
 眉をひそめた百合子が、小毬を見下ろしていた。
「あいつらなら、追い払ったわよ。喉をやられたのね。あと、腕」
(腕?)
 そういえば、左手からも痛みを感じる。そっと振り返れば、自分の左手がだらりと垂れていた。
 百合子がしゃがみこみ、小毬の腕を抑えた。
「あああっ」
「関節外されてるだけよ」
(さっきの、岩が擦れるような音って、関節を外された音……)
 ゴキ、という振動で身体が揺れた。激痛に声も出ず、だらりと涎だけがこぼれた。百合子の手が離れると同時に、左手を抱える。手のひらを広げては握りしめ、を繰り返した。
「動くでしょ、ちゃんとはめたから」
「あ、ありがとう」
「ちょっと、呂律回ってないじゃない。喉、そんなに深くやられたの?」
 百合子が覗き込んできて、小毬を上に向かせた。目を眇める百合子に見つめられ、小毬は身動きも侭ならないまま辺りに視線を彷徨わせる。百合子の言う通り、あの青年たちはいなくなっていた。
「んー、この程度なら死なないけど。あんたはヒトだから、治りも遅いんでしょう? とりあえず、手当てしないと。立てる?」
 百合子の手を借りて、立ち上がる。
 破れた服が身体にまとわりつき、足を取られて膝をつく。その瞬間、はらりと服が地面に落ち、乳房を覆っていた下着代わりの布も落ちてしまう。
 慌てて身体に巻きつけ直すが、破れた衣類は元には戻らない。逡巡ののち、見られたくない箇所だけに服を巻きつけることにする。水着のようになるが、仕方がないだろう。
 酷く体力の消耗した身体では、動くことも億劫だった。
「……『ソト』のあんたは、ここでは嫌われてるのよ。わかったでしょう」
「『ソト』の者だから、こんな目に合ったの?」
「そうよ。だから出ていけって言ったじゃない!」
 小毬は億劫な身体をおして、地面に座り込む。ぽつぽつと口をひらいた。
「私自身が、嫌われてるわけじゃない。『ソト』の者が嫌われてるの。だから、これは『ソト』の者がうけた仕打ちであって、私が受けたわけじゃない」
「何言ってんのよ」
 百合子の声は、なぜか小毬以上に悲痛さを帯びていた。
「あんた、トワの嫁になるんでしょ。こんな目にあって、どうするのよ!」
「どうもしないよ」
 なんとか衣類を身体に巻きつけると、足を踏ん張って立ち上がった。その際、背中の下方が押しつぶされたように鈍く痛み、身体がふらつく。倒れそうになった身体を百合子が支えた。
 驚いて振り返る小毬を、百合子の不安そうな目が見つめてくる。
「このまま帰ると、トワが心配するわ。うちに寄って、着替えていって」
「貸してくれるの?」
「仕方がないじゃない。それに、あんたに仕事を押しつけたのは私だもの。こんな目にあったのは、私のせいでもあるんだから。そもそも、なんで早く帰らないのよ。日暮れには帰らないとトワが……ああ、もう」
 百合子がため息をつく。
 小毬は、小さく「ありがとう」と呟いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...