新人種の娘

如月あこ

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第五章 再会と決意

2、

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 小毬は夕食の片付けを終えると、居間に座って何かを考え込んでいるトワの傍にしゃがみこんだ。
 陽は沈み、ぶんぶんと飛び回る蚊がうるさい。
 小毬が声を掛けようとした瞬間、トワは素早く空中で拳を握りしめた。
 刹那、蚊の音が止む。
 トワは立ち上がり、窓の外へ手をつきだすと手を離した。ぶぅん、と蚊の音が遠くなっていく。
 小毬は、紅茶のような橙色から薄闇に変わりつつある空を見上げ、口をひらく。
「またすぐに入ってくるよ」
「無駄な殺生はしたくない」
 トワは、この言葉をたまに口にする。自分は多くを殺してきたから、なるべく命を奪いたくないというのだ。樹塚町で出会ったとき、トワは担任を殺そうとした。もしかしたらあれも、本気で殺すつもりではなかったのかもしれない。
 多くの命を奪って、とは、何をさしているのか、小毬にはそれすらわからないけれど。
 トワは優しい。
 優しすぎて、何かを決断するときに辛いのではないかと思うほどに。
 元の位置に戻ってきたトワは、小毬に向き直って口をひらいた。
「明日、本当に案内役を務めるのか」
「うん。百合子さんにも、同じようなこと言われたよ。私じゃ不安?」
「不安なわけではないさ」
 そう言って、トワは笑う。
「一年前、きみは調査員に殺されかけた。今度もまた、同じことが起こらないとは限らない」
「今、みんな危機的状況なんだよ。殲滅されるんだよ。少しだけ、寿命が縮まるくらいなんでもな――」
「小毬!」
 トワが叫ぶ。
 鋭く睨まれて、身をすくませた。
「それ以上言うな。一日だろうが一年だろうが、生きろ。少しでも長く」
 真剣な瞳で見つめられ、小毬は無意識に頷いていた。トワがこんなにも怒るのは、珍しいことだ。だから、素直に謝った。
「……ごめんなさい」
「明日、何かをするつもりか」
 何か、というざっくりとした言葉に、小毬は少し考える素振りをみせて、首を傾げた。
「何か、って?」
「小毬、お前が調査員に何かを言ったところで、現状は変わらない」
「トワは、私が案内役になることに納得してくれたんじゃないの? だから、代表役のみんなを説得してくれたんでしょ?」
「ああ。お前は仲間だ。そして、私の家族でもある。家族の望みは、出来るだけ聞き届けてやりたい。……だが、心配なことに変わりはない。いいか、くれぐれも余計なことはするな。案内だけすればいい。向こうから何かを言ってきても、適当に流せ」
「うん、大丈夫。トワたちに迷惑がかかるようなことはしないから」
 微笑んで答えると、トワは露骨にため息をついた。「そういう意味ではない」と呟き、ふと、苦笑を浮かべる。
「明日は早い。もう寝よう」
「うん」
 トワが立ち上がり、居間に薄い布団を敷く。小毬はそんなトワをしばらく眺めていたが、「おやすみなさい」と告げると、隣の部屋に引っ込んだ。
 広い平屋のなかにある、畳十畳ほどの和室。そこが、小毬が割り当てられた部屋だった。置いてあるのは、着替えが数着。そして、部屋に隅に折りたたんで置いてある布団が一つ。それだけの、簡素な部屋だ。
 そんな簡素な部屋が、今はとても居心地がいい。
 小毬は布団を敷くと、窓から外を見た。ほとんど陽は沈み、もうすぐ完全な夜がやってくる。
 油や蝋燭は貴重な物なので、寝起きはほとんど日の出や日の入りに準じていた。もう、今日は寝る時間だ。
 小毬は布団に入ると、そっと目を閉じた。
 心地よい眠りに誘われながら、ふと、思う。
 明日の案内役をかって出たのは、最後のチャンスだと思ったからだ。新人種を救おうなどと、大層なことを考えたわけではない。小毬ひとりが調査員に何かを言ったところで、何が変わるわけではないと思っている。百合子には、ただ少し、恰好をつけたかった。
 馬鹿みたいな矜持が、小毬から「やるだけのことをやりたいの」などという言葉を引き出した。
 最後のチャンス。それは、小毬自身が新人種を救う最後の機会、という意味ではない。小毬が新人種として認められる、最後のチャンスという意味だ。
(私は、新人種)
 自分にそう、言い聞かせる。
 すべての新人種に認められなくてもいい。けれど、自分は新人種として、生きていきたい。案内役は、その通過点の一つでもある。
 これは、小毬の勝手な我侭と推測、そして自己満足。明日、無事案内役を終えたら、新人種に一歩近づける――そんな気がするのだ。
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