新人種の娘

如月あこ

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第五章 再会と決意

5、

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 誠次が紅三郎を押しのけて、小毬のすぐ目の前に歩み出た。「酷いな!」と憤慨する紅三郎などいないかのように、誠次は屈んで小毬に視線を合わせた。
「帰ろう。ここは、きみの住む場所じゃない」
 すぐ近くで諭されて、胸に広がったのは喜びだった。
(こんな私を、本当に探してくれてたんだ)
 ほとんど面識などなかったのに。政府関係者としての義務として探してくれたのかもしれないけれど、それでもよかった。棘でしかなかった私の存在を受け入れて、求めてくれる人がここにいる。
 今だから、それがわかった。きっと飛龍島へ来なければ、誠次の言葉を素直に受け取ることは出来なかっただろう。
 けれど、小毬は首を横に振る。
「行きません」
「いいかい、新人種は鬼なんだ。悪鬼なんだよ。人を殺して、悦ぶやつらなんだ。今の小毬ちゃんは狼の群れに兎が一匹いるようなものなんだよ」
「新人種は鬼なんかじゃありません」
「どうしてそう言い切れるんだ。新人種は俺たち人間とはまったく異なる――」
「綿貫さんこそ、どうしてそんなに彼らを悪く言うんですか!」
 誠次の言葉を遮り、小毬は叫んだ。これでは山口のときと同じだ。言ってはいけない。余計なことを言ってしまえば、また彼らに迷惑がかかる。
 けれど、頷きたくなどなかった。
 トワや百合子たちを悪鬼だなどと言われて、認めることなどできない。
 唖然と口をひらく誠次に対して、小毬は言葉を続ける。
「新人種を作りだしたのは、ヒトです。なのに、古来からいる鬼だとでっちあげて、新人種を迫害する。彼らは大量殺戮をしたかもしれない。人殺しは肯定できない……決して。けれど、彼らは身を守っただけ。殺されそうになったのは、彼らのほうなのに」
「何を言ってるんだ。小毬ちゃん、きみは洗脳されてるんだ」
「洗脳されてるのは、綿貫さんです。ヒトが都合よく作り上げた歴史を信じるなんて。新人種がヒトを殺めるところを見たんですか」
「実際、去年山口事務官が殺された」
「その山口が私を殺そうとしたのは、ご存じですか」
「……え?」
 誠次の表情が、動揺に歪む。
 小毬は誠次の瞳を見つめ、告げた。
「起こったことだけが、真実ではないでしょう?」
「あははははっ」
 ふと、笑い声が耳に届く。
 視線だけを向けると、紅三郎が身体を九の字に曲げて笑っていた。狂ったようにひたすら笑い、やっとのこと顔をあげたかと思えばその瞳に涙を浮かべていた。小毬はここにきて初めて、紅三郎の瞳に本当の笑みを見た気がした。
「その通りだよ、コマリちゃん! 起こったことだけが真実ではない。人は都合のいいように歴史を改ざんする」
 紅三郎は小毬の傍へ歩み寄ると、ぞっとするほど整った顔を近づけてきた。
「けれど、それのどこがいけないんだい? 誰だって身を守りたい。ヒトだって同じさ。生きるために、身を守るために嘘をついた」
「自身の都合のためならば、他者を迫害してもよい、と?」
「キミは、新人種をヒトと勘違いしているようだね。同じ言葉を話すから? 見た目が似ているから? 違うよ。彼らの身体の構造はすでにヒトではない。それは研究者たるワタシがよく知っている」
「それが」
「それがなんだ、って? コマリちゃん。キミ、神にでもなったつもりかい? いや違うね。ヒトと新人種、どちらの側でもある自分は特別だって、そう思ってる?」
 紅三郎は口の端をつり上げ、小毬の頬を細い指で撫でた。
「愚かな子だね。ヒトが新人種になどなれるわけがない。キミは、新人種の気持ちをわかったつもりになっている、ただの幼子だ。キミの言うように新人種から見ればヒトは悪だろう。けれど、ヒトから見てもまた、新人種は悪なのさ」
 息をつめた。
 頬を撫でられた指先が冷たい。そしてまた、小毬自身の指先も冷たかった。呼吸ができないほどに、胸が痛む。複数の針で心臓を突き刺されたかのようだ。
(怖い。嫌だ、この人は……嫌)
 笑みに歪む瞳の奥に、吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
 きっと、紅三郎の言うことは正しい。偉そうに誠次に説教じみたことを言っても、小毬もまたヒトと新人種の歴史をすべて知っているわけではないのだから。
 小毬の意見もまた、片寄ったモノ。新人種が大量殺戮したというヒト。彼らは新人種にとって悪だ。けれど、殺されたヒトの家族からすれば、彼らを愛した者からすれば、新人種が悪。
 だが、それがどうした。ヒトが新人種を迫害していることに変わりはない。
 小毬は、紅三郎を睨みつけた。
「私の正義は、私が決めます」
「おや、揺らがないんだね」
 紅三郎はつまらなそうに唇を尖らせると、口をひらき――そのまま、視線をずらした。小毬の背後を見つめている。
 小毬は眉をひそめて振り返った。
 トワが、こちらに向かって歩いてくる。ぱっと小毬は笑みを浮かべた。
「トワ!」
「どうだ、しっかりと案内は出来ているか」
「あ。えっと、ちょっと止まってた」
 トワは苦笑して小毬の頭を撫でると、誠次たちのほうを見て、軽く会釈をした。
「弟子が失礼を働きまして」
「いえいえ、とんでもないー。こんなところにヒトがいるなんて珍しいからね、そのことについて聞いてただけだよ。アナタは?」
「トワと申します」
「ふぅん。別にどうでもいいんだけどね。ね、誠次。……誠次?」
 誠次は、ぽかんとした顔をしていた。
 視線は小毬を向いているが、焦点が定まっていない。
「ちょっと、誠次!」
 紅三郎に揺さぶられて、誠次は我に返るように瞬いた。
「あ、ああ。なんだ、紅三郎」
「ナニって。なんでぼうっとしてるのさ。話聞いてた?」
「……聞いてた」
 静寂が辺りを包んだ刹那、トワが口をひらく。
「ここからは、私も案内を務めさせていただきます」
 トワの申し出に、小毬は目を見張る。
「トワ、私案内できるよ」
「そう言うな、集会場にいても落ち着かないんだ。一緒に行動させてくれ」
 そう言われてしまえば、小毬は頷くしかなかった。それに、トワが来てくれて心強く思っていることも確かだ。しっかり案内を出来ると気を張っていたが、相手が誠次であったことで、話の流れが妙な方向に行ってしまった。
 トワがきたことで、再び案内に戻れるだろう。
 小毬は誠次を見つめると、軽く会釈をして、案内を再開した。
 案内をしているあいだ誠次はひたすら唖然と小毬を眺め、紅三郎はジャズのような音楽を口ずさみながら、始終上機嫌だった。
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