新人種の娘

如月あこ

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第六章 真実と、束の間の休息

1、

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 誠次は、大きく息を吐きだした。
 新人種殲滅作戦。
 その具体的な日程が決まったのだ。
「……このままじゃ、駄目だ」
 新人種を殲滅するには、白兵戦では勝てない。ヒト側の意見としては、いくつかモルモットとして新人種を捕らえたいが、ヒト側の犠牲を出さずに捕らえるのは至難の業ゆえに、結局はすべての新人種を滅ぼす方向で話がまとまった。なにしろ彼らは、麻酔薬や睡眠剤の類いが一切きかないのだ。
 あとひと月で飛龍島は海の藻屑となり、地図のうえから消えるだろう。
 そうなれば、間違いなく小毬も死ぬ。
 なんとかしなければと思うのに、誠次にはどうすることもできない。飛龍島にヒトが捕えられていると訴えても、小毬は新人種側についた裏切り者であると認識されており、誠次の訴えは一笑にふされて終わった。
「おーい、誠ちゃん聞いてるぅ?」
 一際大きな声に、誠次は我に返った。飯嶋元帥の執務室、その奥に鎮座している上官を振り返る。上官である飯嶋が声を荒げるのは珍しい。慌てて無礼を詫びて、事務机越しに飯嶋の前に立った。
「はい、これ」
 そう言って手渡されたのは、数枚の報告書だった。
「神無月に突っ返してきて」
「先ほど私が確認したときは、不備はなかったように思いますが」
「いいから。あ、そのまま休憩に入っていいからね」
 何がいいのかわからないが、誠次は黙って書類を受け取り、頭を下げた。その他の神無月少将への向けた報告書や申請許可証なども一緒に抱えて、飯嶋の事務室をあとにする。
 回廊を歩いていると、窓の向こうに飛龍島が見えた。多くの軍艦があの島を囲い、砲撃するさまを想像する。新人種たちは逃げ場もなく、次々と死していくだろう。
――「起こったことだけが、真実ではないでしょう?」
 ふとしたときに、小毬の言葉が蘇る。
 本当に、ヒトが歴史を改ざんしたのだろうか。新人種は悪鬼とされ、ヒトを殺すことに快感を覚える生き物だと教えられて育ってきた。それは、間違いなのか。
(わからない)
 何が事実で、何が嘘なのか。
 誠次は今日何度目かわからないため息をついて窓から視線を戻す。
とにかく今は書類を届けなければ、と足早に神無月の執務室へ向かい、ドアを叩いた。
 返事を待ってから部屋に入る。十畳ほどの執務室はきちんと整頓され、床には赤い敷物が敷かれている。壁際には飯嶋の執務室にはない、重圧な本棚が所狭しと並び、軍服姿の大柄な男が奥の机に肘をついて座っていた。
「神無月少将へ、書類を届けに参りました」
 鋭利ともいえる切れ長な目をした神無月は、白髪交じりの頭の齢五十の男で、正直なところ、誠次は彼が苦手だった。鷹のような目からは畏怖を覚えるし、頭から食べられてしまいそうな圧迫感がある。
 神無月の前に歩み寄り、書類を手渡した。
 その書類を見て、神無月はため息をつく。
「またあいつの嫌がらせか。困ったものだ」
「申し訳ありません」
「きみが悪いわけではない……が。補佐官として信頼を得て、あいつを止められるほどにはなってほしいところだ」
 神無月は書類を机の端に避けると、腕時計を確認する。太い筋肉質の腕は軍人のそれだが、手首に巻かれた時計は高給取りとは思えないほど簡素で古いものだった。
「綿貫補佐。きみは、飛龍島にいるという少女を救いたいそうだな」
 突然の言葉に、誠次は呼吸が止まるかと思った。戸惑いながらも肯定すると、神無月は太い眉をひそめた神妙な顔つきで、ため息をつく。
「きみは、新人種をどう思う?」
 質問の意味をわかりかねて、傾げそうになる首をなんとか堪える。
「どう、とは」
「実際に調査員として現地へ行ってみて、彼らをどう思った。悪鬼だと思ったか」
 脳裏に浮かんだのは、彼らを庇った小毬の姿。そして小毬の隣に並んでいた、比較的温和な印象を受けるトワと呼ばれた新人種だ。
「新人種は悪鬼である、と学びました」
「世論を聞いているのではない。きみの意見を聞いているのだ」
 鋭く問われ、静かに身体を震わせる。反らすことを許さない瞳を見つめ返し、誠次は生唾を飲み込んだ。
 差しさわりのない返事をするべきか、それとも。
 壁にかかっている時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえた。静寂のなかで、手のひらにじんわりと嫌な汗をかいてきたころ。
「そうか。よくわかった」
 ふと、神無月はそう言って口元を緩めた。
「きみもまた、彼らに会って認識を改めたか」
「きみも、ということは、神無月少将もですか」
「私ではない。……きみの姉だ」
 姉。
 その言葉に、こぼれんばかりに目を見張る。
 誠次の姉――つまりは、未来の母親は、かつてこの研究所に勤めていた研究員だった。それなりの地位があり、軍人の男と結婚した末に未来を産み、水難事故で死した。
 姉のことは、あまり覚えていない。
 歳が離れていたこともあり、姉は誠次がまだ子どものころに新人種研究所へ勤め、それ以来実家には帰ってこなかったのだ。結婚した折に、写真つきのハガキが届いたくらいで、交流もなかった。
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