貧乏刀鍛冶が行く異世界生活 目にするファンタジー素材に、これは聖剣つくるっきゃないでしょ

猫缶@睦月

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Ⅰ章.始まりの街カミエ

21.註文帳とその影響は……

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「霞って、時々とてつもないことしでかすよね……」

「……お馬鹿?……」

 楓と白蘭が背後でつぶやくが、その話題の張本人は桔梗の前で正座をさせられ、絶賛お叱りを受けている真っ最中である。

「聞いているんですか、霞様!?」

「……これで聞こえてへん訳あらへんやん……」

 霞のつぶやきに、普段は冷静な桔梗がキレ気味である。桔梗の怒りの元は、霞が記入した『註文帳ほしいものリスト』の事であった。

 もともと霞たちは、内宮の中では最年少の新参者ということで、他の巫女や社人たちからも注目を集めていた。表立っては特に何も言われたりしないが、当人たちの聞こえぬ場所ではそれなりに陰口をたたかれるのは人の世の常である。

 それでも、クロを街壁の外から無事につれてくるというお役目を果たし、その際に乱暴者たちに襲われたという話を聞けば、いい気味だと思う者は少ない。
 同情的な声も上がり始め、他のお役目も忠実に務めてきて、変な噂も少なくなってきた矢先の出来事である。
 立て続けに身内が引き起こす騒動によって、桔梗の精神的平穏は家出中のようで、久しく帰ってきていない。

 護衛方最弱のはずの紫陽花が、他の護衛方に『下克上』宣言をして、生傷だらけの身体をさらす様になって早二月ふたつきが過ぎた。
 宣言直後は生意気な後輩に自分の実力を教えてやろうとしていた護衛方の社人たちだったが、一部の者はあまりにも強情な紫陽花に、最近は逃げ腰を見せており、部下のしつけがなってないと桔梗を責める者すらいるのだ。

 仕方なく、紫陽花が不得手とする長物使いの楓と白蘭が相手をしたのだが、二月前は手も足もでなかった二人を相手に、紫陽花が勝利してしまう事件が発生してしまった。
 むしろ、最近では楓・白蘭の二人が負け越しており、周囲の圧に負けた桔梗が紫陽花の相手をするしかなかった。ここで紫陽花を調子に乗らせてはいけないと、結構本気で相手をしたのだが、『剣聖』の加護を持つ桔梗が追い込まれてしまう。
 かろうじて桔梗が勝利したものの、同じ手は二度と紫陽花には通用せず、日々苦労を重ねてからくも勝利している状態だ。
 そして、この結果に気をよくした紫陽花は、ますますクロとの修練にのめりこんでいる状態であった。

 さらに、霞が『註文帳ほしいものリスト』へ男の名を書いたことが内宮全体に広まり、以前からあった『異国の少年に懸想けそうしている』と陰口を叩かれていた噂に、真実味を与えてしまった。

 鷹隼という名を知っているのは、霞と芹だけだが、七十二候以上の巫女ならば、少年を迎えに行くお役目を受けた霞と、坤島ひつじさるしまで少女として保護されているクロと結びつけることはたやすい。

 さらに言い訳ができないのは、睦月や立春、雨月の前で『註文帳ほしいものリスト』に書いたというのだ。『註文帳ほしいものリスト』は新しい記述があれば七十二候以上のものには知らせが来るわけで、睦月達にもこの件で確認が行ったであろうことは予想された。
 今頃は、霞は単に餌につられるだけの馬ではなく、とんでもないじゃじゃ馬であったと認識も改められているころだろう。
 頭を抱える桔梗の視界の隅で、のほほんとお茶を飲む三人の部下の幸福そうな顔が映り、珍しく桔梗が八つ当たりをする。成人したとはいえ、十七歳の娘であり、思った通りに進まぬ状況に不安定になるのも当然のことと言えた。

「そもそも、貴女方まで紫陽花に負けるから悪いんですよ!」

 自分の苦戦は棚にあげて、楓・白蘭にもとばっちりが及び、身をすくめる楓や白蘭をみて、流石に霞も申し訳なく思ったらしい。怒る桔梗をとりなしながら、霞は口を開いた。

「まぁまぁ、もう既に書いてしもうたことやし、今さら怒ってもしゃあないやん。紫陽花も強なったのは悪い事ちゃうし……」

 お前が言うかという視線を主に向ける桔梗だが、さすがに八つ当たりになっていたのは自覚していたらしく、ひとまず冷静になったようだ。楓や白蘭、とばっちりを食いそうだった紫陽花も見つめる中、霞は言葉を続けた。

「うちもなんも考えへんで名前を書いたんじゃあらしまへん。
 あの子はあの年で考試を全問正解したり、新しい調理器具や惣菜を作ったりしてるやないか。今後はもっと人目につく思うのやで。
 そうなってもうたら、あの子に他の巫女たちが何かしないか思おて、気になってお役目にも身が入らへんやろ。
 註文帳ほしいものリストにあの子の名前を書けば、他の七十二候の人たちはあの子に手ぇ出せへんやろし、そうなればうちも余計な心配をせずにお役目に励めるちゃう?」

 霞の言葉を聞いた白蘭が一言つぶやく。

「……やっぱり青田刈り……」

「霞ってこんなに策士だったっけ? てか、完全にあの子ターゲットにしてるし……」

 楓がつぶやくと、紫陽花もうなずいた。

「クロちゃんせんせに断られる可能性やら全く考えてへんやろ……」

 霞の言葉と三者三様の反応に、桔梗はがっくりと肩を落としたが、意外に問題児な主を見て、改めて口をひらいた。

「……ここまでやったからには既に後には引けません。
 ですが、霞様にも皆さんにも承知しておいてほしい事があります」

 霞を含めた四人の注目があつまるなか、桔梗は言葉を続ける。

「クロを宮社に受け入れた後、ささやかとは言え、三ノ宮に変化が起きています。
 それは食事の改善や新しい調理器具の作成、そしてその製作法レシピの発行と街への販売ですが、それらを行った大炊部や匠部、図書部の方々は変化を喜んでいます。
 しかし他の部局、特に弾正台だんじょうだいや民部の方々は良く思っていないようです」

 桔梗のいう弾正台は司法・監察・治安維持を統括する部署、民部は女性の戸籍を統括する部署であり、ともに定められた規約にそったお役目をする部署である。変化を嫌う傾向があるのは、当然の事ともいえた。
 それと護衛方の社人は、側付きの者以外は兵部へいぶと呼ばれる部署の所属となる。問題は、兵部はあくまで訓練や人員を取りまとめるだけであり、仕事自体は弾正台の実働部隊の性格がある。つまり、弾正台は大多数の社人の実務上の上司ともいえた。

「変化の先駆けに率先してなる必要はありませんが、変化を嫌う人たちが居るという事を常に考慮して動いてください。 霞様は、ご自身のお役目を今まで以上に務めてくれるそうですから、私たちも同様に励まねばなりません。
 それと問題は、今のままではクロの行うことすべてが我々経由となってしまい、常に矢面に立つ立場となりかねないのです」

「え~と、そらとりあえず認めてくれたちゅう事?」

 霞の言葉に桔梗は仕方なく首を縦に振った。

「もうここまで広まってしまっては、私がどうこういってもどうしようもありません。いっそ毒をくらえば皿までですわ。
 その代わり、霞様には二年程度で二十四節姫の立場を射止めてもらいましょう。

 桔梗の圧力を伴う言葉に、霞はうなづきかけて慌てて首を振る。

「いやいやいやいや、無理、無理やさかい!
 七十二候かて身に余る役目やのに、この上を狙えってのはさすがに無理やろう」

 そんな霞に紫陽花が口をはさむ。

「クロちゃんせんせは、結構物知りやで。聖剣も内封してるさかい、場合によってはめっちゃ名をあげてまうかもわからへんで」

 桔梗もうなずきながら言葉を続けた。

「先の事は分かりませんが、宮社が彼を留め置けるのは彼が成人を迎える年までで、残りは七年余りの年月です。霞様はその頃はまだ二十三、四ですね。普通に考えれば、お役目を離れることは出来ません。
 最低でも二十四節姫になって、三ノ宮での発言権を高めておられないと、彼をカミエの街に引き留めておくことは難しいと思った方が良いでしょう。
 聖剣を持つことも合わせれば、彼は首都へと招かれる逸材になる可能性もあります。その頃には彼にも良い女性ができているかもしれませんし、首都で彼を招く側も使可能性はありますよ?」

 むぐぅっと霞は押し黙るしかない。確かに七十二候以上の巫女がクロへ干渉することを防ぐことは出来るが、註文帳ほしいものリストにとらわれない社人や一般の娘たちの存在があることを忘れていたのである。

 しばらく考えていた霞だが、結局のところお役目に努める事自体は変わらない。霞の所属している部局は『陰陽部』であり、そのお役目は星読みである。
 呼び出し前に感じた変化の予兆は確かにでており、自分が感じた内容よりも、睦月や立春、雨水のほうがより正確に内容を把握しているのだろう。
 昨日の呼び出しは、その変化に対して霞が関係すると思われての呼び出しだと考えれば、急な呼び出しや、舞殿での出来事も納得がいくと言うものである。

「……睦月様方も、まさか霞様が彼の名前を知っていて、さらに註文帳ほしいものリストに記入するとは読み切れてなかったようですが……」

 クロを迎えに行くだけのお役目は、街壁の外にいる子供を連れてくるだけの話であり、看破の加護を使う必要はない。クロが霞の鑑定を行わなければ、クロに加護を使わずに名前を知りえるはずもなかったのだから、何が幸するかわからないものであった。

 星読みのお役目は大きく二つある。一つは、星読みの内容が悪い卦の場合、被害を最小限に留めようと動く事である。
 では、良い卦であればどうかというと、それをさらに良い方向へと進めることだが、お役目としてはこちらのほうが難しいとされている。良いことは加速がつきやすいが、あまりに話が進みすぎてはよくないのだ。
 人がつくる組織というものは、大きく動き出すと止まれなくなる場合がおおい。たとえ目の前が崖だったとしても、先頭が踏みとどまろうとしても、後続は追いつくために押手を緩めない。先頭もろとも崖を落下するまで気づかないところが多いからだ。
 星読みは、これを避けるために良い卦がでても、そこそこで押しとどめるように動かねばならない。なぜなら宮社もまた、この国では最大の組織でもあるからだ。男たちの国造りと、自分たちの宮社という組織の暴走を抑えるのも、七十二候以上の巫女の務めでもあるのだ。
 霞は考えをまとめながら話した。

「今、坤島へ出入りしてるのんは、大炊部や匠部、図書部やったよね。今後を考えれば、彼の持つ知識や技といったものを広めるか隠ぺいするかを吟味する必要がありますなぁ。
 睦月様にお願いして、それ行う専門の人たちを決めてもらうのもええかもしれへん。そこに、弾正台や民部やらの各部局から参加を集うのんはどうやろう?
 彼から得た知識や技術を、そこで判定して三ノ宮の中だけに留めるか、他の宮社や街まで広めるかを決めてもらうことにしたらええんやない?
 そこに参加しいひん部局は文句を言えへんようにしたら、表立ってクロやうちらを責める状況にはならへん思うけど、どうやろか」

 霞の提案を桔梗たちは考えてみる。確かに今のままでは歯止めがかかりにくいが、自らの部局の担当者も含めて判断することにすれば、その決定には従いやすいだろう。

「それが最善かもしれませんわね。広まる前に自分たちも加わって判定できるのは有意義と思うでしょう。
 それに霞様や紫陽花といった一部の者だけが彼との接触の機会を持っているといった不満も、ある程度かわせると思いますわ」

 桔梗は最後の一言で霞と紫陽花の二人に釘を刺すことを忘れなかった。本人たちは意識してないかもしれないが、芹がいる以上他者はクロとの接触は簡単にはできない。
 自分たちは会おうと思えば会えるという状況に、内心の優越感が見え始めており、他者の反感が強いのはその反発もあるだろう。その点を自覚させ、他者にもチャンスを与える事は、自分たちの立場を守ることになるだろう。

 後日、桔梗の取りまとめたこの案は、十二月姫二十四節姫を含め了承を得て公式に動き出すことになる。その部局が広めることを認めたクロの持つ知識は、変化に乏しかったこのアマギの国に変革をもたらしていき、多くの人々から感謝や憧れを持たれる組織となったのだが、それは別の物語であった……
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