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Ⅰ章.始まりの街カミエ

23.ファーストコンタクト

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 このまま続くかと思った宮社での平和な生活だったが、ある朝変化があった。

 残念ながら、好ましくない方向へと......

 その日、朝食のあと出かけていた芹さんが、見事に不機嫌な顔で帰ってきたのだ。

 (触らぬ神にたたりなしだな、これは......)

 自分はそう思い、何事もなかったかのように昼食の準備をする。幸いなことに、カミエの街周辺では短粒種の水耕栽培と、白大豆からつくる赤味噌、たまり醤油という原始的な醤油が存在していた。

 伝説では巫女神様が伝えたとされているらしいが、本当なら駄女神のくせに良い仕事をしたと言いたいところだ。
 握ったおにぎりの表面に、醤油を着けると軽くフライパンで両面をさっと焼く。同じように、味噌を両面に着けたおにぎりも両面焼けば簡単な昼食の出来上がりだ。
 菜園から差し入れられた大葉をそえて、小皿にそれぞれ一つづつのせると、素直に席に着いていたハクと芹さんが早速おにぎりに手を伸ばしてきた。

 この面々では食事中の会話はほとんどないので、すぐに食べ終わるとお茶を入れる。一息ついたところで、芹さんが食事中緩んでいた表情を引き締めると、口をひらいたのだが……

「今朝、首都からの先ぶれがやってきてな。国軍の将軍が、やってくる。
 目的はシロとクロ、お前たち二人への尋問だそうだ」

 驚いて、湯呑を抱えたまま固まっているハクと、夜間を落としそうになった自分をみて、芹さんが追加で説明してくれた。

「ハクについては、親父さんの事件の話を、直接訪ねたいということだな。既に、ハクのおふくろさんからの聴取は終わっているらしいから、確認だけになるということだ。
 そしてクロ、お前については、親父さんが異国人であることから、行き先やお前を残して言った理由なんかを聞きたいらしい。
 普段なら、理由もなくこっちを呼びつけるくせに、今回手順を踏んできてる分、二人への尋問自体は、宮社としても拒否はできない。餓鬼二人だから、俺がそばにいる事を認めさせたから、あまり不安に思うことは無いだろ……」

 そう言いつつも芹さんの口調は苦々しげだ。ちらりとハクを見てみるが、その表情は狐面に隠れてみることはできない。

(正直、楽しい思い出ではないだけに、ハクは大丈夫だろうか?)

 そんなことを考えていると、鍛冶場付きの社人がやってきた。どうやら、お客さんを案内してきたらしい。

 何もなければ良いのだけれど……


◇◆◇◇

 玄関から案内されてきたのは、三十代前半の筋骨隆々とした、いかにも武人といった雰囲気の男性だった。特に佩刀しているわけではなかったが、聖剣持ちなら帯剣する必要はない。
 男は赤く染まった羽織を気流しているが、赤と言っても血に染まっているわけではないようだ。
 玄関を入るなり、芹さんを見て一礼したようすからみても、見た目通りの筋肉馬鹿というわけではないらしい。

「我はアマギの国南方将軍を拝命している朱雀すざくと申す。立場上、貴殿の父君の上官でもあってな。
 貴殿の父は、強く、また部下にも慕われていただけに、今回のことは残念でならぬ。ことの詳細を上官として確認し、国官に報告せねばならぬのでな。辛いかもしれぬが、話を聞かせてはくれまいか?」

 そう言い、芹さんを交えてハクから尋問が始められた。武人には粗野な人が多いが、言葉遣いも粗暴さを見せず、さすがは軍の将軍を務める人だと感心してしまった。
 ハクの口語られる事件の詳細は凄惨なものがあったが、狐面のおかげもあり内心の乱れをとりつくろわずに済んだ。
 だが、ハクに聖剣の以上の儀式が施されたところに話が及んだ時、将軍の側付きであろう十代後半の少年が口を開いた。

「朱雀様、いい加減まどろっこしい話はやめましょう。こいつらに命令すればいいじゃないですか。『軍の所有物である聖剣を、返納せよ』ってね」

 少年は、緋色の髪に端正といってよい、日本でいえばイケメンというやつだが、特徴的なのはその目だった。

 瞳の色はごく普通の濃い茶色だが、目つきというか、態度もすこぶる悪い。『剣帝』の加護を持つハクや、芹さんのことすら馬鹿にしたような目で見ている……

 朱雀将軍は少年を横目でにらむと、芹さんに一礼して謝罪の言葉を口にした。

「口の利き方を知らない小僧で、申し訳ない。父とはいえ、ハク殿の行った行為であり、ハク殿は被害者だという事は軍でも承知している」

 芹さんは何も言わずに、朱雀将軍に続きの言葉を促したようだ。

「だが、軍の中でも若い兵の中でもこういった声が強いのは事実だ。
 ハク殿の弟君が『地の加護』を授かったという報告が入ってから、若手の有力な兵の中から継承者の選抜を開始していたこともあってな。
 彼らからすれば、本来自分のモノになるはずだったのに、それがふいになったのだからな」

「とらぬ狸の皮算用がふいになったからといって、こちらが責められるいわれはないな。
 ハクの父であるお主の部下が、常軌をいっして行った行為とはいえ、責任はあくまでそちらにある。
 いずれにしても、継承された聖剣がハクの身体になじみ、再継承が可能になるには十年以上の年月が必要なのは、将軍も承知しておろう。こちらとしては、その時を待てとしか言えぬな」

 朱雀将軍と芹さんの間で、火花が散ったような感じがしたが、表面帝には二人は冷静だった。冷静でないのは、イケメン君だ。

「はぁ? 安全な街のなかで守られてる女に、十年も剣を預けろっていうのかよ!
 おい、そこの白狐。その剣は本来俺の者になるはずだったんだ。四の五の言わずにさっさと……」

 言った矢先に、その眼前に青い輝きが現れた。ハクが抜いた『水晶刀』は、まっすぐにイケメンの眉間をさしている。

「口だけの男に、『水晶刀』は扱えない……」

 ハクはそう言うと、朱雀将軍をまっすぐに見つめた。

「あなたの部下がした結果がこれです。『水晶刀』で人を殺め、清めもせずに娘に継承させた結果、剣は徐々に赤黒く染まっていく。
 誰かに継承させようとしても、剣の持つ悪意を御することなどできやしない……」

 尻もちをついて後ずさる男の事は、既にハクの目には入っていないようだ。そして、ハクはふいっと席を立ち、自分の部屋へと階段のほうに歩み去ってしまった。

 朱雀将軍も『水晶刀』の現状をみて、右手で頭をかきながら言った。

「ちっ、あの馬鹿やろうが……」

 つぶやくと、離れていたイケメンに外で待っていろと声をかけ、彼が家から出るのをまって、今度は自分に向き直った。

「さて、だいぶ待たしちまったな。いまさらだがお前さんに聞きたいのは、父親は間違いなく聖剣を持っていたかということと、どこに行ったか心当たりがあるかどうかだ」

 将軍がいうには、異国の武芸者であっても、それ相応の実力があれば軍に迎える用意があるということだ。軍に取り込み、継承方法などを軍のモノとすれば、聖剣は軍の所有物と同じことになる。

「『聖剣』持ちは、いろいろな奴から狙われることになる。お前さんを残して離れたのも、危険が娘に及ばぬようにだろう。
 異国人のお前たちなら、アマギの臣民になることは決して悪いことじゃないだろ」

 そう言ってきたが、結局親父の行方は知らないし、聖剣持ちかどうかもわからないというと、さほど期待もしていなかったのかすぐに気を取り直したようだ。

 坤島の桟橋から、船に乗って帰る朱雀将軍たちを見送りながら、芹さんは誰にともなく語った。

「今日はおとなしく帰ったが、あいつらはハクの存在と、お前の存在を確認した。
 まあ、お前が既に『七星刀』を継承済みとは知らなかったようだがな」

「ハクや僕に『聖剣』を譲らせるのに、正攻法を使う以外の手段をとってきますかね」

 自分の言葉に、芹さんはしばし考えているようだったが、やがてゆっくりと首をふった。

「あいつら自身は、強引な手段は使わんだろうさ。お前たちが成人になるのをまって、正式に軍の将官に娶らせればいいんだ。
 だが、若い兵士はそれを待つほど気は長くないだろうな。お前たちが街を出る機会を待って、何かを仕掛けるかもしれん」

 仕掛けてくるか…… 正攻法以外というのだから、誘拐していうことを聞かせるというやつが一般的か。だが、表立って動けないのならば、一度に動員する兵は少ないはずだ。

 暗澹たる未来に、自分はため息をつくのであった。
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