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Ⅰ章.始まりの街カミエ
24.地下水路へ
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「危ないさかい、離れたらだめやで」
そういった紫陽花さんの声は、けっして小さいものではなかったが、不思議と声が反響してくることは無かった。
自分とハクは、半ば呆然と周囲を見渡している。
坤島の社人の寄宿舎の傍らの扉から入った先は、螺旋階段の続く階段室であり、階段を百段以上降りて現れた鉄扉の先は、幅五メートル、高さは六メートルほどの通路だったのだ。
通路の中央には、幅二メートルほどの水路が流れている。紫陽花さんの説明では、この水路はカミエの街の下水路だというが、下水のイメージに反していて、特に濁っている様子も異臭もしないからだ。
通路は、方角にして坤の方角(南西方向)へとまっすぐ伸びているが、ときおり通路の左右に青い光の漏れている部屋らしき空間があるのがみえる。通路の反対側は。十メートルほど進むと壁となっており、水はどこからともなく」流れてきていた。
「下水というと、汚いイメージがありますが、ここは嫌な臭いもしなければ、水が濁ってもいないんですね。
それに、青い光が漏れているせいか、暗くもありませんし……」
自分は疑問に思ったことを口に出したが、紫陽花さんは首をかしげただけだ。彼女曰く、地下街はここしか知らないから、どこもこんなものかと思っていたそうだ。
ハクにしても、元住んでいた町では、子供は地下道があったとしても、存在を知るわけもないとそっけない。
確かに、幼い子供が出入りする場所ではないだろうな。そう思いながら、紫陽花さんを先導として、自分たち三人は地下街を歩き始めた。
五十メートルほど歩いたところで、青い光の漏れている部屋の前へとでる。地上での位置は、三ノ宮の堀の下を通ってどこかの通りの下か、運河や建物の下かもしれないが、ここでは地上の物音は一切聞こえない。
誰も話さなければ、水の流れる音しか聞こえないのだ。
アーチ形の開口部から部屋らしき中を覗いてみると、いくつかの小型のプールらしき水槽がみえた。一番奥の水槽の上には、まばゆく輝く青い光源が存在している。
その手前に二つほど同じ大きさの水槽があり、奥の水槽から水は流れて、時間を経て通路の水路へと流れ込む仕組みらしい。
「青い光は、あまり見ていちゃだめやで。
目に悪いらしいし、腕や足に直接青い光を当てると、やけどするんやて
いっこも熱ないのに」
紫陽花さんの説明からすると、あの青い光は強力な紫外線ランプのようなものなのだろう。
大型の下水処理施設がない場所で見られる浄化槽のようなもので処理済みの水が、最後に紫外線ランプで殺菌されているのかもしれない。
紫陽花さんの様子を見ていると、部屋の入口わきにある窪みから何かを取り出し、再度新しい何かをはめ込んでいるようだ。交換している間、青い光が消えるので、電池のようなものかもしれないな。
「何かの交換作業ですか? 特に付き添いが必要な作業には見えませんし、芹さんは、なぜ僕たちにも一緒に行けと言ったのでしょう?」
ここまできれいな下水であれば、日本の下水道と違って餌となる有機物はないだろうから、ネズミやGなどは存在しないだろう。
芹さんに下水道に行けと言われたときは、どこぞのRPGの初心者冒険者のように、ネズミや虫を退治しなければならないのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
それに、坤島につながっていたことから考えれば、外部の人間である渡世人や軍の兵士が地下水路に入ることもないだろう。ならば、よくあるネズミや虫に食い殺された死体などもないだろうし、死亡者がいなければアンデッドなどもいないだろうし……
そう思った矢先に、なにかが水路の上で跳ねた……
少々驚いてみてみると、通路を流れる水路のなかに、いくつかの魚影がみえた。
どうやら、汚水を希釈化するために、この水路の大本は川か堀を水源にしているようだ。取水口には大型の生物が入れないように、柵や網はあるのだろうが、格子や網の目の隙間から入った小さな魚が、この水路である程度育ったものだろう……
そして自分とハクは、あることに気づいて狐面を見合わせた……
「小魚やえさとなる小さな虫が入れるのなら……」
「……小型の妖魔も入れる……は…………ず…………」
再び盛大な水音が響き、僕たち三人の上から、たくさんの水とともに何かが落下してきたのだった……
◇◆◇◆◇◆
「離れぇっ!!」
紫陽花さんは声と同時にバックステップして距離をとった。
ハクも同様に、声とともにトンボを切って水路の反対がわの通路に着地している。着地と同時に抜刀しているのは、二人ともさすがだと思うが、現段階で一番体力も敏捷性も劣る自分は、そうかっこよい真似ができなかった。
とっさにとんだ方向は通路の壁がある方向で、かろうじて体全体をひねってかわすのがよいところ。そんな自分のわきをかすめて、水から飛び出したなにかは、べちゃりと嫌な音を立てて壁と水路に間にわだかまった。
「こらまずいなぁ、スライムや」
間延びした声は紫陽花さんの声だ。
ハクは距離をとって、水面を見ている。アーチ形の出入り口から漏れる明かりの他に光源がないここでは、水面の下に何が存在するのかはわからない。
そして、自分はまずいことに気が付いた。
一般的なスライムは、某国民的RPGを思い出すとわかるように、水色であり青系だ。そして、地下水路の光源は青い……
青い光源のみが光る薄暗い場所で、青系のものの形を人の目はうまくとらえられないのだ。
そして、足場はよくない。五メートル幅の地下水道の中央に、二メートルの水路。その左右は、一メートル半しかないのだ。スライムが通路上にいる場合、刀を振る方向が制限されてしまう。
小柄で、小刀を逆手に持って、接近戦を得意とする紫陽花さんなら問題ないかもしれないが、子供とはいえ刀の長さは六十センチはあり、持ち手を加えると一メートル近く。
足場を考慮すると、壁際で刀を振り回すのは避けたいところだ。
最弱の魔物とはいえ、こちらにかなり分が悪い戦いに、自分とハクは放り込まれてしまったのだった……
そういった紫陽花さんの声は、けっして小さいものではなかったが、不思議と声が反響してくることは無かった。
自分とハクは、半ば呆然と周囲を見渡している。
坤島の社人の寄宿舎の傍らの扉から入った先は、螺旋階段の続く階段室であり、階段を百段以上降りて現れた鉄扉の先は、幅五メートル、高さは六メートルほどの通路だったのだ。
通路の中央には、幅二メートルほどの水路が流れている。紫陽花さんの説明では、この水路はカミエの街の下水路だというが、下水のイメージに反していて、特に濁っている様子も異臭もしないからだ。
通路は、方角にして坤の方角(南西方向)へとまっすぐ伸びているが、ときおり通路の左右に青い光の漏れている部屋らしき空間があるのがみえる。通路の反対側は。十メートルほど進むと壁となっており、水はどこからともなく」流れてきていた。
「下水というと、汚いイメージがありますが、ここは嫌な臭いもしなければ、水が濁ってもいないんですね。
それに、青い光が漏れているせいか、暗くもありませんし……」
自分は疑問に思ったことを口に出したが、紫陽花さんは首をかしげただけだ。彼女曰く、地下街はここしか知らないから、どこもこんなものかと思っていたそうだ。
ハクにしても、元住んでいた町では、子供は地下道があったとしても、存在を知るわけもないとそっけない。
確かに、幼い子供が出入りする場所ではないだろうな。そう思いながら、紫陽花さんを先導として、自分たち三人は地下街を歩き始めた。
五十メートルほど歩いたところで、青い光の漏れている部屋の前へとでる。地上での位置は、三ノ宮の堀の下を通ってどこかの通りの下か、運河や建物の下かもしれないが、ここでは地上の物音は一切聞こえない。
誰も話さなければ、水の流れる音しか聞こえないのだ。
アーチ形の開口部から部屋らしき中を覗いてみると、いくつかの小型のプールらしき水槽がみえた。一番奥の水槽の上には、まばゆく輝く青い光源が存在している。
その手前に二つほど同じ大きさの水槽があり、奥の水槽から水は流れて、時間を経て通路の水路へと流れ込む仕組みらしい。
「青い光は、あまり見ていちゃだめやで。
目に悪いらしいし、腕や足に直接青い光を当てると、やけどするんやて
いっこも熱ないのに」
紫陽花さんの説明からすると、あの青い光は強力な紫外線ランプのようなものなのだろう。
大型の下水処理施設がない場所で見られる浄化槽のようなもので処理済みの水が、最後に紫外線ランプで殺菌されているのかもしれない。
紫陽花さんの様子を見ていると、部屋の入口わきにある窪みから何かを取り出し、再度新しい何かをはめ込んでいるようだ。交換している間、青い光が消えるので、電池のようなものかもしれないな。
「何かの交換作業ですか? 特に付き添いが必要な作業には見えませんし、芹さんは、なぜ僕たちにも一緒に行けと言ったのでしょう?」
ここまできれいな下水であれば、日本の下水道と違って餌となる有機物はないだろうから、ネズミやGなどは存在しないだろう。
芹さんに下水道に行けと言われたときは、どこぞのRPGの初心者冒険者のように、ネズミや虫を退治しなければならないのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
それに、坤島につながっていたことから考えれば、外部の人間である渡世人や軍の兵士が地下水路に入ることもないだろう。ならば、よくあるネズミや虫に食い殺された死体などもないだろうし、死亡者がいなければアンデッドなどもいないだろうし……
そう思った矢先に、なにかが水路の上で跳ねた……
少々驚いてみてみると、通路を流れる水路のなかに、いくつかの魚影がみえた。
どうやら、汚水を希釈化するために、この水路の大本は川か堀を水源にしているようだ。取水口には大型の生物が入れないように、柵や網はあるのだろうが、格子や網の目の隙間から入った小さな魚が、この水路である程度育ったものだろう……
そして自分とハクは、あることに気づいて狐面を見合わせた……
「小魚やえさとなる小さな虫が入れるのなら……」
「……小型の妖魔も入れる……は…………ず…………」
再び盛大な水音が響き、僕たち三人の上から、たくさんの水とともに何かが落下してきたのだった……
◇◆◇◆◇◆
「離れぇっ!!」
紫陽花さんは声と同時にバックステップして距離をとった。
ハクも同様に、声とともにトンボを切って水路の反対がわの通路に着地している。着地と同時に抜刀しているのは、二人ともさすがだと思うが、現段階で一番体力も敏捷性も劣る自分は、そうかっこよい真似ができなかった。
とっさにとんだ方向は通路の壁がある方向で、かろうじて体全体をひねってかわすのがよいところ。そんな自分のわきをかすめて、水から飛び出したなにかは、べちゃりと嫌な音を立てて壁と水路に間にわだかまった。
「こらまずいなぁ、スライムや」
間延びした声は紫陽花さんの声だ。
ハクは距離をとって、水面を見ている。アーチ形の出入り口から漏れる明かりの他に光源がないここでは、水面の下に何が存在するのかはわからない。
そして、自分はまずいことに気が付いた。
一般的なスライムは、某国民的RPGを思い出すとわかるように、水色であり青系だ。そして、地下水路の光源は青い……
青い光源のみが光る薄暗い場所で、青系のものの形を人の目はうまくとらえられないのだ。
そして、足場はよくない。五メートル幅の地下水道の中央に、二メートルの水路。その左右は、一メートル半しかないのだ。スライムが通路上にいる場合、刀を振る方向が制限されてしまう。
小柄で、小刀を逆手に持って、接近戦を得意とする紫陽花さんなら問題ないかもしれないが、子供とはいえ刀の長さは六十センチはあり、持ち手を加えると一メートル近く。
足場を考慮すると、壁際で刀を振り回すのは避けたいところだ。
最弱の魔物とはいえ、こちらにかなり分が悪い戦いに、自分とハクは放り込まれてしまったのだった……
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