冷血公は目の前で婚約破棄された私なんぞをご所望です

庵仗紗矢

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第11話 教会にて彼女と対峙 その2

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 マリアの元へ一歩ずつ近づいて行くと、彼女は笑みを絶やさぬまま話しかけてきた。

「まさか、エドフォード家が対立派閥のキシンガム家との婚約を許すとは思いませんでしたわ」
「それについては同感よ。ただ、ひとつだけお互いに賛成し合える点があったというだけ」

 私の言葉に不思議そうな顔をする彼女は可憐な少女そのもので、とても他人の婚約者を奪うような人には思えなかった。

「両者とも『何があろうと他国の介入は許さない』そうよ」

派閥は違えど現王室への忠誠心は互いに引けを取らない。
そして、その一点に関してのみ両者は互いを認め合っていた。

「そうですか……それは予想外でした」

 誰もが予想できなかったであろう婚約を、恐ろしいまでの素早さで仕組んでみせた男の顔を思い浮かべる。

(他国の介入を警戒するよう促すことで、反発し合っていたふたつの派閥に手を組ませる。そして、両者の結束の象徴として自ら対立派閥出身の私と婚約してみせるなんて……)

こんな一手を躊躇なく打ってくるとは、さすが『冷血公』と言われるだけのことはある。
 本人は『冷血公』の二つ名は非人間のようで嫌っているようだけれど、頭が切れる故の即断即決――容赦の無さこそが『冷血公』と呼ばれる所以でもあるのだろう。

 マリアの前で立ち止まった私は、改めて彼女を観察する。
 長い黒髪に幼さの残る顔つきは、どこか大人しい印象を与える。
けれど、私が婚約破棄を言い渡されたその現場で、彼女が悠然と微笑んでいたことを覚えている。

(それにこうして私からの呼び出しに応えて、ひとりでやって来たんですもの。……見た目通りの大人しい少女というわけではなさそうね)

 今、彼女に聞きたいことはたったひとつ。

「マリア、貴女は――」
「リリーナ様、わたくしずっとお尋ねしたいことがありましたの!」

 口を開きかけた途端、勢いよく手を掴まれてマリアがぐいっと近づく。
 瞬間、裏口から見守っていると言っていたフランシスが飛び出してこないかと不安が過ったけれど、辺りはしんと静まったまま、目の前には好奇心旺盛な小動物のように目を輝かせたマリアがいた。

「どうしてリリーナ様はロイド様のことがお好きなんですか?」
「ど、どうしてって……」

 不意打ちの質問に出鼻をくじかれる。

「では、初めてロイド様と会われたのは?」

 私の困惑を読み取ったのか、マリアは先ほどよりも落ち着いた調子で質問を重ねてきた。

「……初めて会ったのは、ランフロンド侯爵主催の収穫祭のときよ」

(この質問に答えないと話が先に進みそうもないわね。どういうつもりか知らないけど、今更隠すことでもないし……)

「子供は仮装して参加する決まりだったから、私は魔女の格好で出席したの」

 その日は、前日までの雨が嘘のように見事な秋晴れで、お祭りに参加するのを楽しみにしていた私はメイドに仕立ててもらった赤い三角帽子とローブを着て、意気揚々と収穫祭へ出席したのだった。

 屋敷の庭園で開かれた催しには、多くの貴族が参加していた。
至る所に豪華な料理が並べられたテーブルがあり、メイドやバトラーが世話しなく飲み物の給仕をしている。

(これが、社交界というものなんだわ……!)

幼いながらに社交界に憧れを持っていた私は、目の前の光景に心躍らせた。
特に少し離れた一角に人だかりがあり、時折歓声と拍手とが聞こえてくる。

「あれが気になるの? ただの芸人だよ。手品とか曲芸とかしてるんだ」

 いつの間にか、隣に白い布をすっぽり被った男の子がいた。

「まあ、手品に曲芸!? 私、行かなきゃ! 教えてくれてありがとう、雪だるまさん」
「ゆ、雪だるまじゃない! どこからどう見てもオバケに決まってるだろ~!?」

 バタバタと手足を振りながら声を上げる男の子に脇目も振らず、私は一目散に駆け出す。
そして、自分のローブを踏みつけて前のめりに転びそうになった。

「あ……!」

 「着慣れないローブだから気を付けなさい」と父に言われていたことを今更ながら思すけど、もう遅い。
 顔に傷を作って戻ったらこっぴどく叱られるのだろうと思って目を瞑った瞬間、こちらに駆け寄る足音を聞いた気がした。
そして、地面よりも柔らかい感触が私の顔を包み込む。

「……大丈夫?」

 気づくと私は知らない男の子の上に倒れ込んでいた。

「ごっ、ごごごめんなさい!?」

 慌てて立ち上がると、私の下敷きになっていた彼がゆっくりと立ち上がる。
狼の仮面を被ったその子は、なぜか私の顔をじっと見つめてきた。

「な、なに?」
「……顔、傷ないみたい。良かったね」

(この子、私の下敷きになって助けてくれたんだ……!)

「どうもありがとう。あなた、紳士なのね……!」
「しんし?」
「そうよ。貴族の男性はみんな紳士でなければならないって、お父様が言っていたの。紳士は品行方正で他人に優しいものなの!」
 私が得意げにそう言うと、彼は小首を傾げて呟く。

「ひんこーほーせい……むずかしくてわからない。だけど、僕はしんしなの?」
「そうよ! それじゃ、私はこれで失礼するわね。向こうで手品をしているって言うから見に行かなきゃ」

 三角帽子を被り直して再び歓声が上がる方へ走り出そうとすると、ぐっと腕を掴まれる。
 狼の仮面を被った彼の表情はわからないけれど、何かを考えているようだった。

「また転ばないように……エスコート、するよ。たぶん、それがしんしだから。違う?」

 仮面越しに私の返事を窺う視線を感じながら「違わないけど……」と私も考える。

(紳士にエスコートされるなんて……これはますます社交界だわ!!)

「いいわ。そのお誘いお受けします、狼さん!」
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