元奴隷の半吸血鬼少女はのんびり旅をしたい

resn

文字の大きさ
6 / 22
初めての人里

青空と雪の旅路

しおりを挟む
 一夜明けた朝。

「おー、本当に空が青い! 」

 支度を整えて山小屋を出ると、外はすっかり晴れ上がっており、青空が覗いていた。どうやら一晩山小屋の中で過ごしていた間に少し降ったらしく、地面はまだサラサラとした、細かな雪が積もっている。

 昨夜、「明日は青い空が見れるかな」と呟きながら眠りに落ちたフィアは、ドアを開け、そんな景色を目にした途端に一目散に外へと飛び出していく。

 ……寒くないのだろうか?

 子供は風の子というし、元々吸血鬼という種族自体が炎を不得手とする一方で、冷気には若干の耐性がある。そのせいかもしれないが……流石に、襤褸切れの貫頭衣一枚は見ているアッシュの方が寒くなってくる。

 しかし、そんなアッシュの心境などお構いなしに、当のフィア本人は元気そのものだ。全身で喜びを表現し、あちこち走り回っているのだった。

「おっさんすごい、こんな青いなんて思わなかった!」
「おっさんじゃねえ。しかし、空がそんな珍しいもんか?」
「ああ、おれの居た所の空はずっと灰色だったからな、こんな鮮やかで綺麗な色の空ははじめて見た!」

 ……そういえば、そうだった。

 またもやの失言に、アッシュは内心頭を抱える。
 魔族領は、基本的に日射量が乏しく、痩せた過酷な土地が多かったのだった。特にフィアのいたネーベルなど、高い山々に囲まれた上に分厚い雲に蓋をされるような、作物もロクに育たない場所にある。

「……そうか、良かったな?」
「うん! おっさんに助けられて本当に良かった、ありがとう!」
「あー……どういたしまして、か?」

 一片の邪気もなく満面の笑みで、見た目は美少女であるフィアに礼を言われると、そういう趣味の無いアッシュであっても流石に気恥ずかしかった。

 ……この少女は、気を許した相手には好意をフルオープンで示すのだと、アッシュは一晩で理解した。

 そして、それはとても危うい気がする。色々と教えないとまずいかもしれないと、心配に思うのだった。

「こうして遊んでいるのを見ると、見た目相応に可愛い女の子なんだがなぁ」

 その、身の丈近い純白の髪を纏ってはしゃぎ回る姿は、まるで妖精が舞っているかのように幻想的だ。
 見るもの全てが珍しいというように、あちこちへ行ったり来たりする様子は幼子そのもので、眺めているうちにふっと頰が緩む。

「おーい、あまり離れるなよー」
「わかってる! ところで、このふわふわした白くて冷たい物は何だ!?」
「あ、ああ、雪か? 空の上で水滴が凍った、寒い場合で雨の代わりに降るもんだ」
「ああ、師匠に聞いた事がある、これが本物の雪なのか!」

 積もっている雪を、その小さな両手でごっそりと掬いあげては上空へと放り投げて、はらはらと降って来るそれを浴びてキャーキャー黄色い声を上げて笑い転げながら、嬉々として処女雪に足跡をつけているフィアの姿が、アッシュには何かに重なって見えた。

 少し考え混んで……すぐに、思い当たった。ポン、と手を打つ。

「……あれだ。雪にはしゃぐ小型犬みてぇだな」

 子供の頃近所で飼われていた、小型犬の仔犬の頃を思い出す。
 あいつは……確か、はしゃいで走り回った結果、深い所に嵌まり込んで身動きが取れなくなったりとバカだったなぁと考えていると。

「……うわっ!?」

 まさに今目の前で、深いところを勢いよく踏み抜いたらしいフィアの姿が消える。

 近寄ってみると、雪の上には髪の毛だけが覗いており、下から小さく、たすけて……と聞こえてくる。
 どうやら、雪が柔らかすぎてうまく登って来られないらしい。

 その様子に、アッシュは膝から崩れ落ち……しばらく、腹を抱えて笑い転げる羽目になるのだった。





「……笑ってないで、さっさと助けてくれればよかったのに」
「わ、悪ぃ悪ぃ……ぷっ、くくっ……」
「むぅ……っ!」

 すっかり不貞腐れてしまったフィアの身体に付着した雪を払ってやりながら、どうにか笑いを堪えようとするアッシュだったが……どうにも、ツボにはまってしまったらしく、笑いの衝動は暫く終わらなそうだった。

「……っくしっ!?」
「っと、大丈夫か?、ほれ、これでも上に着とけ」
「わ、わわっ!?」

 薄っすら濡れたため、流石に少し寒そうにしているフィアの頭から、抜いだ外套をばさりと被せる。

「どの道、そんな格好で街中に入る訳にもいかないしな。いいから被っとけ」

 今のフィアに、下着などという上等な物は無い。

 だと言うのに、フィアには女児の姿である自覚が無いようで、ぶかぶかなサイズの貫頭衣一枚のみで動き回るものだから色々見えそうで大変よろしくないのだ。

 アッシュ自身はガキの体に欲情するほど女に飢えてはいないつもりだが、皆が皆そうという訳ではない。特に、見た目だけならば絶世の美少女と言っても過言ではないフィアならば尚更だ。

「でも、おっさんは?」
「俺はおっさんじゃないから平気だっつの。鍛え方が違うんだよ」
「むぅ……元はおれだって負けてないぞ?」

 何故か対抗し、今はありもしない力こぶを作ってみせる真似をしながら口を尖らせる少女に、苦笑で返す。

「あ、信じてないな。本当なのに……」
「わかったわかった。さ、行くぞ、明るいうちに街に着きたいんだよ」

 またむくれてしまった少女の頭をポンポン叩き、歩くよう促すと、不承不承と言った感じで歩き始めた。

「……でも、あったかいな。ありがと、おっさん」
「おう。でも次おっさん言ったら取り上げるからな」

 そう言うと、フィアが流石に今度は暖かい上着を手放したくなかったのか、若干歩を早めてアッシュから距離を開けた。
 もっとも……コンパスの差で、俺の方はまだまだ余裕あるペースなんだけどな、と苦笑するアッシュ。

「冗談だよ、そいつは貸してやる。だから街に入る前に、一つ約束だ」
「約束?」
「ああ。街に近づいたら、必ずフードまでしっかり被っていろ。それと半吸血鬼だってのも、絶対に黙ってろ」
「ん? 何で?」
「そりゃお前達吸血鬼は、人の血を吸うだろ?」
「おれ、別に獣とかでも気にしないけど」

 フィアのさらっと言った発言に、会話が途切れ、二人、黙り込む。

 アッシュは昔、吸血鬼は皆すべからく嗜好に煩く、人……それも若い少年少女などの血を好むと聞いていた。皆、獣の物など以ての外と断じていたが……どうやら、目の前の少女はかなり悪食らしい。

 が、大事なのはそこではない。

「……人の血を吸うよな?」
「……う、うん」

 どうやら、今から話す中でその設定が大事だと理解してくれたようで、今度は素直に頷くフィア。その様子に満足し、話を続ける。

「フィアはさ、もし絶対勝てないようなすっ……げぇ強い、お前を喰っちまおうとしている魔物がいて、それが仲間達と寝泊まりする部屋の中央に寝ていたら、どうする?」
「どうって……目を覚ます前に首を斬り落とすかな」

 ほんの僅かに悩む素振りを見せたものの、そう、物騒な事をまるで当然のように、さらりと答えるフィア。

「……おじさん、さらっと怖い発言が女の子から飛び出してちょっと泣きそうだけど、まぁそうだよな。危なくなるかもしれないなら、先に排除するだろ?」
「そりゃ、まぁ……ああ、つまりおれが人の血を吸う半吸血鬼だから人に怖がられて、だからバレたら殺されるってことか!」
「おう、そういう事だ、まぁ殺されまではしないかもだけどな。お前が察し良くて俺は嬉しいよ」

 特に、討たれた魔王が吸血鬼の出だったこともあって、その忌避感というのは案外根強いのだ……という事は、アッシュは自分の胸の内にだけ留めておく。

「でも……それじゃ、おれは血が欲しい時はどうしたらいい?」

 泣きそうな顔で、おそるおそる聞いてくるフィア。
 少女が不安に思うのも、生命線である血を吸うなと言われたも同然なので当然だろう。
 吸血鬼は身体能力や回復力などは高いが、自分で生命力を生成する力が弱い。そのため、他者から血を媒介にして摂取する必要があるのだが……

「そうだな……ちなみに、お前どれくらい一日に必要?」
「ん……一口もあれば」

 それは、随分と燃費が良いなとアッシュは思った。
 そういえば太陽の下でもそれほど問題も無さそうにしている。一方で、吸血鬼らしい特技も備えているようには見えない。

 ……血が薄いのか?

「ふむ……なら、俺だけでも十分か。悪いが俺のだけで我慢してくれ」
「本当か!? おっさんのは凄い美味いから、おれはそれなら全然気にしないぞ!」
「……そ、そうなのか?」
「うん、今まで口にした血の中で、一番美味かった!」
「そうかぁ……喜んでいいのか、複雑だな……」

 フィアは純粋に褒めてくれているのだろうが、果たして食料として優れているのは良いことなのだろうか。

 そもそも血が美味いとは、一体どういう事だろう。フィアは昨夜の反応を見る限り甘いのが好きそうだから、血も甘いのだろうか。

 ……そういえはギルドから、三十歳を過ぎたら健康診断を受けませんかと言われていた。ムキになってまだまだ若いから必要ないと突っぱねていたが、受けてみた方がいいのかな……そんな事を考えるアッシュなのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...