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新米冒険者の半吸血鬼少女
冒険者見習いフィア
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「それでは……こちらが、フィアさんの冒険者仮資格者証になります」
そう言って差し出されたのは、フィアの名前と肖像の入った一枚のカード。
それと、そのカードを保管するための革のケースだった。
「この仮、っていうのが、さっきご飯の時に言っていたの?」
「はい。仮登録期間のふた月を終え、その時点で一定数の依頼をこなしていれば本登録となります。すると最下級である『F級』が与えられ、ここで初めて単独で冒険者と名乗って良い事となりますね」
それまでは見習い、試用期間であり、公的に名乗れる肩書きではない事に注意してください、とユスティが念を押す。
「ただ、この時点では本当に名乗れるだけだな。受注できる依頼も、もっと上級ランクの者の手伝いか、掲示板に常時張り出されている物資集めや害獣退治が殆どだ。稀にそれ以外の依頼も回ってくるが……」
「そのほとんどは、あっというまに取り合いになって無くなりますね。そうして一定以上の実績を積み上げて既定以上の評価を得れば、一つ上、『E級』への昇級審査を受けられます……もっとも、これは特に試験も無く、よっぽど素行が悪いなどでもない限りは問題なく通りますが」
「へー……通らなかった場合、どうなるんだ?」
フィアの無邪気な質問に、微妙な表情をする二人。
その様子に首を傾げていると、アッシュが口を開いた。
「適正無し、さっさと別の仕事を選べってこったな」
「……言い方は悪いですが、アッシュさんの仰る通りです。ここを通らないという事は何も働いていないか、簡単な依頼ですら真っ当にこなせない……あるいはこなす気が無い人でしょうから」
「あとは、何らかの問題を起こし続けた奴だな」
そもそも、このランクはまだ落とすつもりの審査ではないんですけどね、と苦々しい表情で語るユスティ。
それでも、脱落する者は一定数居るらしい。
「で、E級になれば見習い終了となるわけだが……ここからが本当の始まりだな。以降の審査も、級が上がればそれだけ査定も厳しくなる」
「昇級は、それまでの実績と面接による人格審査で判定されます。逆に、素行不良や規定の実績に達しない方は、降級もあり得ます。等級が上がればそれだけ受けられる仕事の種類も増えていくのですけどね」
「つまり、等級が上がればそれだけ性格的にも実績面でも、厳しい査定をクリアしてきたっていう保証になる訳だな」
ここまでの話をおとなしく聞いていたフィアが、微妙な表情をする。予想していたのと違う、という感じに思えていたからだ。
「なんか……冒険者ってもっと色々やれるような職だと思ってたんだけど。あんまり自由って感じじゃないんだな」
「そうですね……等級が上がれば出来ることは増えていきますが、それに伴い責任も増していきますので、そう思えるかもしれません」
「うーん……」
いまいち納得出来ない、という様子のフィアに、アッシュがポンポンと頭を撫でながら、口を開く。
「その『自由』が認められているのは、それまでの行いによる『信頼』があるからだ。その『信頼』によって認められた『自由』な以上、そこには『責任』が生じるのさ」
「ふーん……そんなもんか」
「ああ。それを履き違えて勝手をするのは自由じゃない。それは我儘って言うんだ……お前は、ちゃんと気をつけられるな?」
「……うん、わかった」
諭すようなアッシュの言葉に、フィアが真剣な顔で頷く。
「それで……おっさんのランクはいくつなんだ?」
「おっさんじゃねぇ。俺はちょっと前に『B⁺級』に昇級したばかりだな」
「びーぷらす? それってどれだけ凄いの?」
今ひとつピンとこないフィアが、首を傾げて尋ねる。
「とても、ですよ。ちなみに、その上である『A級』については、もうほとんど国家間にまたがる重要案件に携わる方々です。なので、一般の依頼にはほぼ参加しません」
「……ん? どういうこと?」
「己の裁量で依頼を受けられなくなる……国の要請で動くプロフェッショナルとなるという事です。光栄なことなのですが、一方でほぼ自由は無くなると言っていいでしょう」
「ちなみに、そう言った理由からA級への昇格は拒否権が認められているんだ。そういった拒否した連中のために暫定的に設けられているのがこのB⁺級なんだぜ」
「おお……それじゃ、おっさんは相当凄いんだな!」
「はい、実質アッシュさんは在野の冒険者で最高位に当たる方なのですよ」
「へー……!」
ようやく理解が回り、尊敬の眼差しでアッシュを見上げるフィア。
その純粋な目に流石に恥ずかしくなったのか、アッシュがポリポリと頰を掻き目を逸らす。
「そ、そう改めて言われたら照れるな……ほら、さっさと手続き終わらせちまおうぜ」
「あ、そうですね。フィアちゃんは読み書きは?」
「大丈夫、できるぞ!」
「俺が見た感じ、交易共通語であれば問題ない。誰かに教わったんだそうだ」
「なるほど……では、大丈夫ですね。問題が無ければこちらの資格証の受領証明書にサインを……」
そう言って差し出された書面に、フィアがペンを取りサインしようとした、その時。
「……そんなガキが、冒険者だぁ!? 舐めてんのか、テメェらァッ!!」
怒声と、テーブルを蹴飛ばすけたたましい騒音。
見ると……先程、食堂で絡んでいた元傭兵の男たちだった。
「……あいつら、随分と好き勝手やってるな。連中の指導役は?」
「それが、ライルさんで……他の若い子と今、依頼で出かけているんですよ」
「あいつか……たしかもう数人くらい、見習い抱えてたよな。面倒見が良すぎるのも考え物だな」
「ええ……本当は彼らも一緒だった筈なのですが、やはりこの調子で、結局……」
どうやら、年少の新人と同列にされるのが嫌でゴネた結果、処置無しと置いていかれたらしい。
プライドが高いのは結構だが……こうなると、老害と言わざるを得ない。
「彼女は、最低要件である年齢十三歳以上を満たしています。資格申請に問題ありません」
「だから、それが納得いかねぇってんだよ! こんなヒョロい娘っ子と、戦場で生死を賭けて戦っていた俺らが同じ見習いだと!?」
規約に則り説明しようとするユスティだが、青筋を浮かべ、唾を飛ばして喚く男は聞く耳を持たない。事情を知るアッシュは内心溜息を吐く。
「納得できないというのであれば、では、どうしろと?」
「そのガキと一戦勝負させろ。俺が納得できる実力があるなら我慢してやる」
ニヤニヤと笑う男。その目的が、憂さ晴らしに少女を痛めつけるものだという事は明白で、周囲の冒険者たちも流石に動き出そうと各々の武器に手を伸ばす。
周囲の仲間がそんな冒険者を牽制し、そんな様子すら嫌らしく笑って眺めているのを見ると、余程自信があるのだろう。だが……
「あなた、一体何の権限があって……!」
「いいよ、やろう」
「フィアちゃん!?」
抗議するユスティを制し、フィアが前に出る。
その姿に、ユスティが半ば悲鳴のような声を上げた。
「……たぶん、こいつらは言葉じゃ納得しないよ。だから、やる」
「ですが……」
ユスティが、横に居るアッシュの方をちらっと見る。彼ならばこの場を収めてくれる、そんな期待からだったが……
「……フィア」
「おっさん……大丈夫、分かってる」
「そうか……なら、好きにやれ。見届け人は俺がやってやる」
「アッシュさん!?」
今度こそ悲鳴を上げたユスティに、アッシュは大丈夫だと手で制した。
「大丈夫、あいつは聡明だよ、世間知らずだがな」
「ですが……」
完全に静観の姿勢のアッシュに、渋々といった様子でユスティが引き下がる。
「……はっ、随分と薄情な保護者じゃないか」
「そうか? 別におれはそうは思わないぞ?」
「だったら……後で存分に恨むんだなぁ!!」
喜悦に歪む表情で殴り掛かってくる男。
その動きは中々に速くはあるが、大振りなその動きは、少女に恐怖を与え威圧するためのものだ。
その場に居た皆、幼い少女が殴られて、吹き飛ぶ様を幻視した。思わず目を逸らす者、割って入ろうと腰を浮かしかけた者、様々な反応をする者達の目の前で……
――元傭兵の男の巨体が、宙を舞った。
「は? ……あがっ!?」
以前、アッシュの前でも見せた、相手の力を利用した鮮やかな投げ技。
しかし、今回は以前とは違い、最後まで腕を掴んだまま、ふわりと男の体を地面へと転がした。
男が、目を呆然と瞬かせる。少女に殴り掛かった筈が、ほとんど衝撃すらなくいつのまにか床に寝ており、少女を見上げているのだから致し方ないだろうと、アッシュは内心同情する。
「おっさん、手加減って、こんな感じでいいのか?」
「くっ、はは……ああ、完璧だ」
まさか、手加減すらもやろうと思えばここまでとは。器用な奴だと思わず苦笑しながら返答をするアッシュに、フィアがニコッと微笑み返す。
――手加減
その言葉に、歯牙にも掛けられていなかった、少女と自分の間にそれだけの差があったのだと遅れて理解した男が、体を瘧のように震わせ、顔を真っ赤にして跳ね起きた。
「ふざけんな! こ、こんなガキがそんな……違う、今のは、今のはちょっと油断して……!」
「へぇ、油断ね」
「……っ」
アッシュが、まだ尚も弁明を続けようとする男を睨む。その視線に、流石の男も息を呑んで黙り込んだ。
「あんな無様に転がされ、優しく寝かされてか? 相手が獣なら、今頃お前の腸はその獣の飯になってるぜ? 人間相手なら、次の瞬間四肢を砕かれるか腹を掻っ捌かれるか、あるいは首が胴体からさよならだ。それを……油断か?」
「あ、ぐ……っ」
そもそも、今の投げの時点でフィアがその気なら、頭を床に叩きつけて再起不能にする事すら出来たのだ。
曲がりなりにも戦闘を生業としてきたはずであり、それを理解できない程、男も馬鹿ではない。
「さっき、死線を潜り抜けてきたと自慢していたみたいだが……お前の言う戦場ってのは、随分と優しいんだな?」
「っの野郎……覚えてろ!?」
捨て台詞と共に、逃げるようにして仲間達と共にギルドから出て行く男達。
直後、ギルド内で、少女に向けて冒険者達の拍手が飛び交った。
「やるじゃねえか、嬢ちゃん!?」
「お、お……っ?」
「お前なら、かなり良いところまで行けるぜ、頑張れよ新入り!」
「う……うん、ありがとな、おっちゃん達!」
わっと囲まれた事に目を白黒させながらも、好意的な声に笑顔を返すフィア。
すっかり人気者となったその光景に、ユスティもぽかんと眺めているのを、アッシュは苦笑しながら眺めていた。
「フィアちゃん、本当に強かったんですね……」
本当に珍しいことに……この時ばかりは受付嬢の仕事も忘れ、ユスティが呆然としながら、そう呟いたのだった。
そう言って差し出されたのは、フィアの名前と肖像の入った一枚のカード。
それと、そのカードを保管するための革のケースだった。
「この仮、っていうのが、さっきご飯の時に言っていたの?」
「はい。仮登録期間のふた月を終え、その時点で一定数の依頼をこなしていれば本登録となります。すると最下級である『F級』が与えられ、ここで初めて単独で冒険者と名乗って良い事となりますね」
それまでは見習い、試用期間であり、公的に名乗れる肩書きではない事に注意してください、とユスティが念を押す。
「ただ、この時点では本当に名乗れるだけだな。受注できる依頼も、もっと上級ランクの者の手伝いか、掲示板に常時張り出されている物資集めや害獣退治が殆どだ。稀にそれ以外の依頼も回ってくるが……」
「そのほとんどは、あっというまに取り合いになって無くなりますね。そうして一定以上の実績を積み上げて既定以上の評価を得れば、一つ上、『E級』への昇級審査を受けられます……もっとも、これは特に試験も無く、よっぽど素行が悪いなどでもない限りは問題なく通りますが」
「へー……通らなかった場合、どうなるんだ?」
フィアの無邪気な質問に、微妙な表情をする二人。
その様子に首を傾げていると、アッシュが口を開いた。
「適正無し、さっさと別の仕事を選べってこったな」
「……言い方は悪いですが、アッシュさんの仰る通りです。ここを通らないという事は何も働いていないか、簡単な依頼ですら真っ当にこなせない……あるいはこなす気が無い人でしょうから」
「あとは、何らかの問題を起こし続けた奴だな」
そもそも、このランクはまだ落とすつもりの審査ではないんですけどね、と苦々しい表情で語るユスティ。
それでも、脱落する者は一定数居るらしい。
「で、E級になれば見習い終了となるわけだが……ここからが本当の始まりだな。以降の審査も、級が上がればそれだけ査定も厳しくなる」
「昇級は、それまでの実績と面接による人格審査で判定されます。逆に、素行不良や規定の実績に達しない方は、降級もあり得ます。等級が上がればそれだけ受けられる仕事の種類も増えていくのですけどね」
「つまり、等級が上がればそれだけ性格的にも実績面でも、厳しい査定をクリアしてきたっていう保証になる訳だな」
ここまでの話をおとなしく聞いていたフィアが、微妙な表情をする。予想していたのと違う、という感じに思えていたからだ。
「なんか……冒険者ってもっと色々やれるような職だと思ってたんだけど。あんまり自由って感じじゃないんだな」
「そうですね……等級が上がれば出来ることは増えていきますが、それに伴い責任も増していきますので、そう思えるかもしれません」
「うーん……」
いまいち納得出来ない、という様子のフィアに、アッシュがポンポンと頭を撫でながら、口を開く。
「その『自由』が認められているのは、それまでの行いによる『信頼』があるからだ。その『信頼』によって認められた『自由』な以上、そこには『責任』が生じるのさ」
「ふーん……そんなもんか」
「ああ。それを履き違えて勝手をするのは自由じゃない。それは我儘って言うんだ……お前は、ちゃんと気をつけられるな?」
「……うん、わかった」
諭すようなアッシュの言葉に、フィアが真剣な顔で頷く。
「それで……おっさんのランクはいくつなんだ?」
「おっさんじゃねぇ。俺はちょっと前に『B⁺級』に昇級したばかりだな」
「びーぷらす? それってどれだけ凄いの?」
今ひとつピンとこないフィアが、首を傾げて尋ねる。
「とても、ですよ。ちなみに、その上である『A級』については、もうほとんど国家間にまたがる重要案件に携わる方々です。なので、一般の依頼にはほぼ参加しません」
「……ん? どういうこと?」
「己の裁量で依頼を受けられなくなる……国の要請で動くプロフェッショナルとなるという事です。光栄なことなのですが、一方でほぼ自由は無くなると言っていいでしょう」
「ちなみに、そう言った理由からA級への昇格は拒否権が認められているんだ。そういった拒否した連中のために暫定的に設けられているのがこのB⁺級なんだぜ」
「おお……それじゃ、おっさんは相当凄いんだな!」
「はい、実質アッシュさんは在野の冒険者で最高位に当たる方なのですよ」
「へー……!」
ようやく理解が回り、尊敬の眼差しでアッシュを見上げるフィア。
その純粋な目に流石に恥ずかしくなったのか、アッシュがポリポリと頰を掻き目を逸らす。
「そ、そう改めて言われたら照れるな……ほら、さっさと手続き終わらせちまおうぜ」
「あ、そうですね。フィアちゃんは読み書きは?」
「大丈夫、できるぞ!」
「俺が見た感じ、交易共通語であれば問題ない。誰かに教わったんだそうだ」
「なるほど……では、大丈夫ですね。問題が無ければこちらの資格証の受領証明書にサインを……」
そう言って差し出された書面に、フィアがペンを取りサインしようとした、その時。
「……そんなガキが、冒険者だぁ!? 舐めてんのか、テメェらァッ!!」
怒声と、テーブルを蹴飛ばすけたたましい騒音。
見ると……先程、食堂で絡んでいた元傭兵の男たちだった。
「……あいつら、随分と好き勝手やってるな。連中の指導役は?」
「それが、ライルさんで……他の若い子と今、依頼で出かけているんですよ」
「あいつか……たしかもう数人くらい、見習い抱えてたよな。面倒見が良すぎるのも考え物だな」
「ええ……本当は彼らも一緒だった筈なのですが、やはりこの調子で、結局……」
どうやら、年少の新人と同列にされるのが嫌でゴネた結果、処置無しと置いていかれたらしい。
プライドが高いのは結構だが……こうなると、老害と言わざるを得ない。
「彼女は、最低要件である年齢十三歳以上を満たしています。資格申請に問題ありません」
「だから、それが納得いかねぇってんだよ! こんなヒョロい娘っ子と、戦場で生死を賭けて戦っていた俺らが同じ見習いだと!?」
規約に則り説明しようとするユスティだが、青筋を浮かべ、唾を飛ばして喚く男は聞く耳を持たない。事情を知るアッシュは内心溜息を吐く。
「納得できないというのであれば、では、どうしろと?」
「そのガキと一戦勝負させろ。俺が納得できる実力があるなら我慢してやる」
ニヤニヤと笑う男。その目的が、憂さ晴らしに少女を痛めつけるものだという事は明白で、周囲の冒険者たちも流石に動き出そうと各々の武器に手を伸ばす。
周囲の仲間がそんな冒険者を牽制し、そんな様子すら嫌らしく笑って眺めているのを見ると、余程自信があるのだろう。だが……
「あなた、一体何の権限があって……!」
「いいよ、やろう」
「フィアちゃん!?」
抗議するユスティを制し、フィアが前に出る。
その姿に、ユスティが半ば悲鳴のような声を上げた。
「……たぶん、こいつらは言葉じゃ納得しないよ。だから、やる」
「ですが……」
ユスティが、横に居るアッシュの方をちらっと見る。彼ならばこの場を収めてくれる、そんな期待からだったが……
「……フィア」
「おっさん……大丈夫、分かってる」
「そうか……なら、好きにやれ。見届け人は俺がやってやる」
「アッシュさん!?」
今度こそ悲鳴を上げたユスティに、アッシュは大丈夫だと手で制した。
「大丈夫、あいつは聡明だよ、世間知らずだがな」
「ですが……」
完全に静観の姿勢のアッシュに、渋々といった様子でユスティが引き下がる。
「……はっ、随分と薄情な保護者じゃないか」
「そうか? 別におれはそうは思わないぞ?」
「だったら……後で存分に恨むんだなぁ!!」
喜悦に歪む表情で殴り掛かってくる男。
その動きは中々に速くはあるが、大振りなその動きは、少女に恐怖を与え威圧するためのものだ。
その場に居た皆、幼い少女が殴られて、吹き飛ぶ様を幻視した。思わず目を逸らす者、割って入ろうと腰を浮かしかけた者、様々な反応をする者達の目の前で……
――元傭兵の男の巨体が、宙を舞った。
「は? ……あがっ!?」
以前、アッシュの前でも見せた、相手の力を利用した鮮やかな投げ技。
しかし、今回は以前とは違い、最後まで腕を掴んだまま、ふわりと男の体を地面へと転がした。
男が、目を呆然と瞬かせる。少女に殴り掛かった筈が、ほとんど衝撃すらなくいつのまにか床に寝ており、少女を見上げているのだから致し方ないだろうと、アッシュは内心同情する。
「おっさん、手加減って、こんな感じでいいのか?」
「くっ、はは……ああ、完璧だ」
まさか、手加減すらもやろうと思えばここまでとは。器用な奴だと思わず苦笑しながら返答をするアッシュに、フィアがニコッと微笑み返す。
――手加減
その言葉に、歯牙にも掛けられていなかった、少女と自分の間にそれだけの差があったのだと遅れて理解した男が、体を瘧のように震わせ、顔を真っ赤にして跳ね起きた。
「ふざけんな! こ、こんなガキがそんな……違う、今のは、今のはちょっと油断して……!」
「へぇ、油断ね」
「……っ」
アッシュが、まだ尚も弁明を続けようとする男を睨む。その視線に、流石の男も息を呑んで黙り込んだ。
「あんな無様に転がされ、優しく寝かされてか? 相手が獣なら、今頃お前の腸はその獣の飯になってるぜ? 人間相手なら、次の瞬間四肢を砕かれるか腹を掻っ捌かれるか、あるいは首が胴体からさよならだ。それを……油断か?」
「あ、ぐ……っ」
そもそも、今の投げの時点でフィアがその気なら、頭を床に叩きつけて再起不能にする事すら出来たのだ。
曲がりなりにも戦闘を生業としてきたはずであり、それを理解できない程、男も馬鹿ではない。
「さっき、死線を潜り抜けてきたと自慢していたみたいだが……お前の言う戦場ってのは、随分と優しいんだな?」
「っの野郎……覚えてろ!?」
捨て台詞と共に、逃げるようにして仲間達と共にギルドから出て行く男達。
直後、ギルド内で、少女に向けて冒険者達の拍手が飛び交った。
「やるじゃねえか、嬢ちゃん!?」
「お、お……っ?」
「お前なら、かなり良いところまで行けるぜ、頑張れよ新入り!」
「う……うん、ありがとな、おっちゃん達!」
わっと囲まれた事に目を白黒させながらも、好意的な声に笑顔を返すフィア。
すっかり人気者となったその光景に、ユスティもぽかんと眺めているのを、アッシュは苦笑しながら眺めていた。
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