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「見えています、真っ白な雪色の狼さん」


漫画でも死ぬ間際チラッと見ていたので、存在は知っていましたからね。
びっくりする事は無いのです。

大きな狼の姿をしているので怖がるのが普通かもしれないが、とても綺麗なので
怖い、という感情が湧かなかった。
漫画には精霊がいたのでその類だろうな、とも思っていた。




『ほぅ………我が名はアレン』

「アレン!?名を教えて良いのか?」

『良い、良い。
ゲイル…こやつはどうやら神の祝福を受けた特別な存在の様だ。
とても心地よい魔力の持ち主。精霊とは相性が良いのであろう、見えるのも必然だな。
世界は何処かで繋がっている。
その落ち着いた様子では、この世界の事を知っておったな?』


精霊にとって名を教える事は縁を結ぶ事である。
長い生命を持つ彼等からして、人間の寿命は瞬きに近い。
なので、名を教え縁を結ぶ事は稀であるのだ。
ゲイルが驚くのも当然の事。


これも漫画の知識。

主人公も精霊に力を貸して貰っていた中で、そういう話が出てきていた。
アレンはクスクスと笑いながら確信を突いてきたのだった。



「…はい、アレン様。
元の世界で"漫画"…絵物語としてのこの世界の事を読んでいました。
ゲイル様の事もほんの少しですが知っています。
不慮の事故で寿命を終えてしまった為に、大好きだったこの世界へ神様が連れてきて下さった………と教わりました」



話しちゃダメな事は無かったよね?
喋るなとは言われて無いし…


アレンは高い位の精霊っぽさが何となく伝わってきたので、丁寧に喋る事を心掛けたが
なんと説明して良いか分からず掻い摘んで何とか絞り出した。
社会人として働いていてこんなに良かったと思う事は無い。


それから、元の世界で何をしていたとか両親の事、友達関係
28歳まで生きたが、ここでは18歳になった事。
あちらには未練が無い事も話した。



『ゲイル、マリーが落ち着くまではここで面倒をみてやってはどうだ?』

「そっそんな!!」


そんな中、アレンから爆弾投下された。


推しは眺めるものです!!
ど、ど、ど、どど同棲なんて!!!
私の経験値が低すぎる!!!
しかも確実に私の方が元の年齢は年上…
まだ推しが居る現実が受け止め切れなくて
仕事モードで猫被りまくってる状況だし…


で、でもまだ全身は痛い。
しかも、ここで住んで行くには最初に誰かの助けが無ければきっと何も出来ない…

グルグルと思考が定まらず、アワアワと言葉にならない声を出して
真っ赤になりながらとても焦ってしまった。

穴が有れば入りたい、なんなら穴を掘ろうか…
そんな出来もしない事を真剣に考えていた。


ふと、黙ったままのゲイルはどう思っているのかと横をチラッと見ると眉間に深い皺を寄せて腕を組み、物凄い形相をしている彼が居た。

「げ……ゲイル様…」


「あ、すまない。何が最善かを考えていた。
俺の事はゲイルで良い、様付けは小っ恥ずかしい…
落ち人は国に報告義務が有る。
が、国から確認が何度か有るだけでその生活は落ち人の自由だ。
国に保護して貰うことも可能だ。
だがしかし、報告するのにも色々手続きがある為に多少時間がかかる
暫くは何処かに身を寄せなければならない
……部屋はこの一つだけなら空いている。

拾った責任も有る
残念ながら治癒魔法は俺には使えないし、使える人間が近くに居ない。
打撲程度で有れば、ここで怪我を癒し休んでから今後の事を考えれば良い」

考え事をしていた彼はとても人相が悪かった。
黒いオーラが出て、ゴゴゴと効果音が聞こえるくらいには。

だがその返答はとても、とても優しい。

「安心して欲しい
その…手は出さない…」


拾って貰ったのは自分だ。
彼が責任を取る云々は、普通考えなくても良い。
なのに彼は休んで行けば良いと言う。

少し言い辛そうに、『手は出さない』と男女間での心配事まで出して私を置いてくれようとしている。


そんな必要は無いのに、だ。



「…!ど、どうした!嫌だったか…?」


溢れてしまった。
一粒流れるのは頬を伝っている時に気付いた。
それからは止まらなかったーー



混乱したままこの世界に来て、状況を把握していってゲイルの優しさに触れ
張り詰めていた物がプツリと切れてしまった。



「…っ すみません……嫌じゃ無いんです…。こんなに優しくして頂けるとは思って無くて…っ……宜しければここに置いて下さい」


酷く動揺させてしまった。
だけど止まらなかったのだ、申し訳ないと思いつつ涙を手で拭った。
彼は、私が悲しくて泣いている訳では無いと分かるとホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
そしてちょっと待っていろ、と足早に部屋を出て行った


「…?」



戻って来た彼は、手に湯気が出ているマグカップを持って来た。

「これを飲んで、また暫く眠ると良い」

そう言って温かいミルクを差し出してくれた。


お礼を言い一口飲むとほんのり甘くて


それは、幸せの味がした。


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