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第二十六話 選択の代償
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闘技場中央は観客席から見る景色とは違っていた。
闘技場に中央へと進もうとしている俺たちを、囲んでいるのは真っ赤なラリアの旗、ラリアの魔法イルミネーション。
さらには観客席なんかとは別次元なほどに大きく聞こえてくる野次や歓声。
「ガリアの若造どもを殺せ!」、「ガリス様! 私たちに勝利を!」
そんな声が至るところから聞こえてきてくる。
だが、俺たちの歩みはさっきまでとは違い実に軽快だった。実は笑みさえ浮かべているのかもしれない。
俺たちはきっとどこかおかしくなってしまったのだろう。俺たちは敵の本陣を、まるで天気のいい日にスキップするような軽快さで歩いた。
そんな中央に位置していたのは、もちろんガリス達だ。
ガリスは腕組を、より日焼けしたニーナはにやりと笑い、サラは今にも皮肉を言いたそうな表情をしていた。
だが、ソンネは違った。ソンネの体の向きは斜め左で、俺たちの方を向いてはいない。
「やあ、アラス。随分と余裕そうじゃないか」
そう言うのはガリス。
「ああ、ここは通過点だからな」
「なんだとっ!!!」
俺がそう言うとガリスは、額に血管を浮かべ俺を睨んでいた。
やはり、変わらない。ガリスは爽やかそうに見えて実は怒りっぽく、湿っている。
「まぁまぁ」
そうやって、ガリスをなだめたサラは矢継ぎ早に、
「そこまで言うのなら、早く戦って分からせばいいの」
「そうだな。泣きわめいているところを、大観衆に見せつけてやろうぜ。前によくやってたろ?」
そう言うのはニーナ。
「いいね、それ。服を引きはがし、犬のように地面を這わせて、お座りさせるんだ。そして女は殺さず奴隷に、男どもは泣き喚きながらも、その場で処理だ」
「なっ! お前、それ。自分がやりたいだけだろう? ソンネがいることを忘れてんじゃねーのか?」
「わるい。今のは冗談だよ」
そう言い、再び俺たちを見るルクランの屑たち。
俺は言い返そうと、再び思考する。
「おめーらよ。ダンジョンにいた時から言いたかったことがある」
エラルドは凄まじい形相でルクランのメンバーを睨みつけていた。
「何かな?」
「このクズが!!」
エラルドは大声で叫んでいた。
その声に俺たちも、ガリス達も驚いた。
「は? 今なんて言った?」
「だから、弱い物虐めしかできねー屑って言ってるんだ! お前ら! 覚悟してろ。俺たちが勝ったら、お前らが言う貴族の名誉なんて無きものにしてやる。そうだろ? アラス?」
エラルドはそう言うと、俺を見つめていた。
俺はそれに頷く。正直に言えば、そこまでするつもりはなかった。
だが、今の話は別だ。何も関係がないユラやエラルド、リーフェに対しての侮辱は別だ。
エラルドは俺の言いたかったことを、代弁してくれていた。
「そうだな、エラルド。俺たちが勝ったら、こいつらは貴族の位をはく奪して、一生便所掃除でもさせよう」
エラルドの声によって静まり返った闘技場は、俺の言葉でどよめいていた。
「いやいや、お見事。君たちは面白いな。やっぱり、身分が低いとこうも単純な事しか考えられないのだね」
どよめいている観客席をまるで気にしていないガリスは、拍手をしながら満面の笑みでそう言っていた。
「なんだとっ! お前また!」
エラルドは殴りかかろうとしてるので、俺はそれを抑える。
「その狂犬のしつけはしっかりしておいてくれ。噛みつかないように。それは置いておいて、君たちをさっさと片付けるつもりだったけど、手加減してやるよ。それでもいいだろう、皆?」
ガリスのその言葉に、ニーナもサラも頷いている。
「ソンネ? 君はどうなんだ?」
「え、私?」
「君以外、誰がいるというんだ!! しっかりしてくれよ!」
そう言うと、ソンネは初めてこちらを向いた。
「久しぶりね、アラス」
そう言うソンネの言葉は静かで、俺を追い出したときのような覇気はなかった。
どこか苦しそうで、顔の表情もくらいし、後ろめたいのか目もときより合わない。
「ああ、久しぶり」
「どう? 元気にしていた?」
「おい、ソンネ! 何を言っているんだ! 世間話をしている場合じゃないんだぞ!」
そんなガリスを手で制すと、ソンネは口をまた開いた。
「私は元気じゃないよ。何度もなんでアラスにあんなこと言ってしまったんだろうって考えている」
そう言ったソンネはさっきまで視線が合わなかったというのに、今は俺の目をじっと見ていた。
その目はまるで何か決意が決まったかのように、真剣な目だった。
そんなソンネの言葉と瞳に、俺は思わず後ろに後ずさりしそうになってしまった。
だが、ソンネはそれを許さなかった。
「だからね、私は言うことにした。私はアラスが好きだった。ずっと」
俺が聞きたくなかった言葉。それはきっと、『見返したい』そう決意したときからのすべてが無駄になる言葉だからだ。
俺は気づきたくなどなかった。ソンネのことが未だに気になっているなんてことを。
「そうか......」
「うん。だからね、私はこの戦いから抜ける。そして、アラス。あなたも抜けて。ラリア側はアラス達を殺そうとしているの」
「ソンネェェェェェ!! 貴様、なにを言っているのか分かってるのか!!」
物凄い速度でガリスはソンネの胸ぐらを掴んでいた。
そんな光景をみて俺は自然とガリスに近寄ると、吹き飛ばしていた。
「アラス!!!!! 許さん! 許さんぞ二人とも!!」
腕で口から出ていた血を拭うと、ガリスは立ち上がり、ソンネに対して燃尽火玉を放っていた。
瞬時にそうすると分かっていた、俺はそれを剣で一刀両断する。
そんな味方同士のつぶし合いに、闘技場は今までにないくらい騒めいている、ような気がする。
実際には、それは幻か本当か、俺には判断がつかなかった。ただただ、この一瞬に集中していた。
「ソンネ。俺はその言葉は聞きたくなかった。俺は未だに迷っているようだ」
「じゃあ!」
「いや、でも違う。君は俺を一度裏切った。それに、俺は仲間を助けるために、ガリス達に勝たなきゃいけない」
俺はリーフェを見る。だが、リーフェは視線をそらした。
「じゃあ、私も戦うわ!」
ソンネは俺に近寄ると、懐かしい匂いが俺の鼻を刺激した。ラリア学院にいたとき、俺はソンネとこれからもずっといると思っていた。そんな感情が次々と湧き上がってくる。
「この匂い。ソンネは変わらないな」
「ふふ。そうでしょ。ごめんね、アラス。あなたに酷いことを。私、子供だったね。なんて償えばいいか」
「おい、戦わんか! ガリスも何を見ている!! 早く片付けろ!! あれを使え、娘よ!!」
魔法で拡声されたビスマルクの声が場内を再び静かにさせる。
だが、重要なその声さえ今はまともに耳に入ってこなかった。ガリスもなぜか黙って俺たちを見ている。
そんなこの瞬間、全てがスローモーションだった。
ただただ懐かしいこの匂いに、ただただ懐かしいこの雰囲気に。
「償わなくていい。それもこれもきっと、歪んだ世界が悪い」
するとソンネは手を唇に当てながら、微笑んでいる。懐かしい、ソンネの癖だ。
「アラスは優しすぎるよ」
「そうか?」
「そうだよ。でも、たくましくもなったね。芯があるというか、何か覚悟が決まった顔をしている」
「ソンネには敵わないな。そうだ。俺は今この瞬間、ラリアとガリアを敵にしている。そんな気がするんだ」
記憶はない。だけど、何かそうしなければいけない、そんな気がしてくる。
「じゃあ、私もそれを手伝ってもいいかな。ラリアの血統主義はやっぱり間違ってると思うの」
「ああ、今日が終われば必ず」
すると、ソンネは再び間を取った。
「ねえ、アラス」
「なんだ?」
「私、アラスのことが好き」
そう言ったソンネは天使のように柔らかな表情をしていた。
そんな彼女のことが好きだった。優しく、素直なところが。
「ソンネ。ありがとう。俺もお前のことが――」
「アラス。君は手がかかる生徒だ。先生に手をかけさせないでくれ」
俺の声はエリスの拡声された声によってかき消された。
見れば、エリスはラリア国王の喉元に魔法の剣をあてていた。
「ガリス! 早くその反逆者を始末せよ。これは王の命令である」
魔法の剣をあてられたラリア国王は、ソンネを指さす。
「仰せのままに」
静まり返った場内に、ガリスの声が響き渡った。
その瞬間、ガリスの前にはデーモンが召喚され、その鋭い爪でソンネを切り裂こうとしていた。
意味が分からない。『なぜ』なんて疑問を言う余地なんてなかった。
今にもソンネに斬りかかろうとしているデーモンに詠唱なんてしている時間はなかった。
だから俺は鞘から剣を抜くと、それを防ぐ。
その瞬間、場内には爪と剣が交わり合う鋭い音が聞こえてくるはずだった。
代わりに聞こえてくるのは、空気を切り裂く音と、鈍い音。
その音は後方から聞こえてきて、全身から嫌な汗が流れ、呼吸ができない。
「ア.....アラス......」
「ソ、ンネ?」
俺は剣でデーモンを弾き飛ばし、素早く後ろを振り返る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ソンネの胸部には巨大な氷の破片が突き刺さっていた。それでも、その氷は大きくソンネを貫いていた。
俺は何が起こっているか分からなかった。ただただそこには氷の破片が突き刺さったソンネの姿。
そうか。ソンネは俺のせいで。何秒か立ち尽くしてたんだろうか、ぼーっとする頭で目の前の現実を認識できた。
俺は父上から言われていた。仲間を守るために使えと。
でも、俺は躊躇った。技を使うことを。
ソンネがこんな姿なのは、俺のせいだった。
俺が躊躇ったせいで。
そう考えると、頭はクリアになっている。
俺は鬼残波を使い、デーモンを何度も何度も切り刻み、デーモンの息の根を止めると、ソンネに駆け寄った。
「ア......ラス......」
ソンネは声も出せないほど傷ついているというのに、笑っていた。
「声を出すな! 今すぐに、ポーションで回復してやる!」
俺はいつの間にか泣いていた。目から滴り落ちる涙は何度も何度も地面へと落ちている。
そんなぐしゃぐしゃな顔の俺をソンネは優しく見ていた。
そんな顔するな。そんな顔をされたら、止まらない。
俺の口は自然と開き、声をつまらせていた。
「ソンネ、ポーションだ! ポーションを飲め!」
俺はエラルドから渡されたポーションのふたを開け、ソンネの口に流しこもうとする。
だが、ソンネはそれを制した。
その目は力強く、俺は手を止めた。
「なんだ? ポーションならここにあるぞ! だから、早く飲むんだ」
だが、ソンネそうしなかった。
ゆっくりと首を振る。
「アラス......好き......あと――ごめんね」
ソンネは泣いている俺に微笑み、俺の頬に手をかざした。
「ああ、俺も好きだよ!! だから、そんなことを言うな!!」
俺がそう言うとソンネは顔をくしゃっとして笑っていた。
だが、ソンネはその笑顔のまま動かない。
俺は震える手でエラルドが持ってきたポーションをソンネの口に流す。
だが、動かない。何度やっても動かなかった。
俺は守れなかった。寄り添ってくれていた人を。
「ああ、ソンネ。俺も好きだよ。好きだった」
初めての恋だった。ガリス達が俺を悪く扱っても、ソンネだけは俺に優しくしてくれていた。
そんなソンネが俺は好きだった。
俺はソンネを優しく抱きしめると、エリスを睨みつけた。
するとエリスは残念そうに俯いてこういった。
「ああ、残念だ。人の死はもう見たくもない」
わざとらしく頭を抱えたエリスは、そう言った。
闘技場に中央へと進もうとしている俺たちを、囲んでいるのは真っ赤なラリアの旗、ラリアの魔法イルミネーション。
さらには観客席なんかとは別次元なほどに大きく聞こえてくる野次や歓声。
「ガリアの若造どもを殺せ!」、「ガリス様! 私たちに勝利を!」
そんな声が至るところから聞こえてきてくる。
だが、俺たちの歩みはさっきまでとは違い実に軽快だった。実は笑みさえ浮かべているのかもしれない。
俺たちはきっとどこかおかしくなってしまったのだろう。俺たちは敵の本陣を、まるで天気のいい日にスキップするような軽快さで歩いた。
そんな中央に位置していたのは、もちろんガリス達だ。
ガリスは腕組を、より日焼けしたニーナはにやりと笑い、サラは今にも皮肉を言いたそうな表情をしていた。
だが、ソンネは違った。ソンネの体の向きは斜め左で、俺たちの方を向いてはいない。
「やあ、アラス。随分と余裕そうじゃないか」
そう言うのはガリス。
「ああ、ここは通過点だからな」
「なんだとっ!!!」
俺がそう言うとガリスは、額に血管を浮かべ俺を睨んでいた。
やはり、変わらない。ガリスは爽やかそうに見えて実は怒りっぽく、湿っている。
「まぁまぁ」
そうやって、ガリスをなだめたサラは矢継ぎ早に、
「そこまで言うのなら、早く戦って分からせばいいの」
「そうだな。泣きわめいているところを、大観衆に見せつけてやろうぜ。前によくやってたろ?」
そう言うのはニーナ。
「いいね、それ。服を引きはがし、犬のように地面を這わせて、お座りさせるんだ。そして女は殺さず奴隷に、男どもは泣き喚きながらも、その場で処理だ」
「なっ! お前、それ。自分がやりたいだけだろう? ソンネがいることを忘れてんじゃねーのか?」
「わるい。今のは冗談だよ」
そう言い、再び俺たちを見るルクランの屑たち。
俺は言い返そうと、再び思考する。
「おめーらよ。ダンジョンにいた時から言いたかったことがある」
エラルドは凄まじい形相でルクランのメンバーを睨みつけていた。
「何かな?」
「このクズが!!」
エラルドは大声で叫んでいた。
その声に俺たちも、ガリス達も驚いた。
「は? 今なんて言った?」
「だから、弱い物虐めしかできねー屑って言ってるんだ! お前ら! 覚悟してろ。俺たちが勝ったら、お前らが言う貴族の名誉なんて無きものにしてやる。そうだろ? アラス?」
エラルドはそう言うと、俺を見つめていた。
俺はそれに頷く。正直に言えば、そこまでするつもりはなかった。
だが、今の話は別だ。何も関係がないユラやエラルド、リーフェに対しての侮辱は別だ。
エラルドは俺の言いたかったことを、代弁してくれていた。
「そうだな、エラルド。俺たちが勝ったら、こいつらは貴族の位をはく奪して、一生便所掃除でもさせよう」
エラルドの声によって静まり返った闘技場は、俺の言葉でどよめいていた。
「いやいや、お見事。君たちは面白いな。やっぱり、身分が低いとこうも単純な事しか考えられないのだね」
どよめいている観客席をまるで気にしていないガリスは、拍手をしながら満面の笑みでそう言っていた。
「なんだとっ! お前また!」
エラルドは殴りかかろうとしてるので、俺はそれを抑える。
「その狂犬のしつけはしっかりしておいてくれ。噛みつかないように。それは置いておいて、君たちをさっさと片付けるつもりだったけど、手加減してやるよ。それでもいいだろう、皆?」
ガリスのその言葉に、ニーナもサラも頷いている。
「ソンネ? 君はどうなんだ?」
「え、私?」
「君以外、誰がいるというんだ!! しっかりしてくれよ!」
そう言うと、ソンネは初めてこちらを向いた。
「久しぶりね、アラス」
そう言うソンネの言葉は静かで、俺を追い出したときのような覇気はなかった。
どこか苦しそうで、顔の表情もくらいし、後ろめたいのか目もときより合わない。
「ああ、久しぶり」
「どう? 元気にしていた?」
「おい、ソンネ! 何を言っているんだ! 世間話をしている場合じゃないんだぞ!」
そんなガリスを手で制すと、ソンネは口をまた開いた。
「私は元気じゃないよ。何度もなんでアラスにあんなこと言ってしまったんだろうって考えている」
そう言ったソンネはさっきまで視線が合わなかったというのに、今は俺の目をじっと見ていた。
その目はまるで何か決意が決まったかのように、真剣な目だった。
そんなソンネの言葉と瞳に、俺は思わず後ろに後ずさりしそうになってしまった。
だが、ソンネはそれを許さなかった。
「だからね、私は言うことにした。私はアラスが好きだった。ずっと」
俺が聞きたくなかった言葉。それはきっと、『見返したい』そう決意したときからのすべてが無駄になる言葉だからだ。
俺は気づきたくなどなかった。ソンネのことが未だに気になっているなんてことを。
「そうか......」
「うん。だからね、私はこの戦いから抜ける。そして、アラス。あなたも抜けて。ラリア側はアラス達を殺そうとしているの」
「ソンネェェェェェ!! 貴様、なにを言っているのか分かってるのか!!」
物凄い速度でガリスはソンネの胸ぐらを掴んでいた。
そんな光景をみて俺は自然とガリスに近寄ると、吹き飛ばしていた。
「アラス!!!!! 許さん! 許さんぞ二人とも!!」
腕で口から出ていた血を拭うと、ガリスは立ち上がり、ソンネに対して燃尽火玉を放っていた。
瞬時にそうすると分かっていた、俺はそれを剣で一刀両断する。
そんな味方同士のつぶし合いに、闘技場は今までにないくらい騒めいている、ような気がする。
実際には、それは幻か本当か、俺には判断がつかなかった。ただただ、この一瞬に集中していた。
「ソンネ。俺はその言葉は聞きたくなかった。俺は未だに迷っているようだ」
「じゃあ!」
「いや、でも違う。君は俺を一度裏切った。それに、俺は仲間を助けるために、ガリス達に勝たなきゃいけない」
俺はリーフェを見る。だが、リーフェは視線をそらした。
「じゃあ、私も戦うわ!」
ソンネは俺に近寄ると、懐かしい匂いが俺の鼻を刺激した。ラリア学院にいたとき、俺はソンネとこれからもずっといると思っていた。そんな感情が次々と湧き上がってくる。
「この匂い。ソンネは変わらないな」
「ふふ。そうでしょ。ごめんね、アラス。あなたに酷いことを。私、子供だったね。なんて償えばいいか」
「おい、戦わんか! ガリスも何を見ている!! 早く片付けろ!! あれを使え、娘よ!!」
魔法で拡声されたビスマルクの声が場内を再び静かにさせる。
だが、重要なその声さえ今はまともに耳に入ってこなかった。ガリスもなぜか黙って俺たちを見ている。
そんなこの瞬間、全てがスローモーションだった。
ただただ懐かしいこの匂いに、ただただ懐かしいこの雰囲気に。
「償わなくていい。それもこれもきっと、歪んだ世界が悪い」
するとソンネは手を唇に当てながら、微笑んでいる。懐かしい、ソンネの癖だ。
「アラスは優しすぎるよ」
「そうか?」
「そうだよ。でも、たくましくもなったね。芯があるというか、何か覚悟が決まった顔をしている」
「ソンネには敵わないな。そうだ。俺は今この瞬間、ラリアとガリアを敵にしている。そんな気がするんだ」
記憶はない。だけど、何かそうしなければいけない、そんな気がしてくる。
「じゃあ、私もそれを手伝ってもいいかな。ラリアの血統主義はやっぱり間違ってると思うの」
「ああ、今日が終われば必ず」
すると、ソンネは再び間を取った。
「ねえ、アラス」
「なんだ?」
「私、アラスのことが好き」
そう言ったソンネは天使のように柔らかな表情をしていた。
そんな彼女のことが好きだった。優しく、素直なところが。
「ソンネ。ありがとう。俺もお前のことが――」
「アラス。君は手がかかる生徒だ。先生に手をかけさせないでくれ」
俺の声はエリスの拡声された声によってかき消された。
見れば、エリスはラリア国王の喉元に魔法の剣をあてていた。
「ガリス! 早くその反逆者を始末せよ。これは王の命令である」
魔法の剣をあてられたラリア国王は、ソンネを指さす。
「仰せのままに」
静まり返った場内に、ガリスの声が響き渡った。
その瞬間、ガリスの前にはデーモンが召喚され、その鋭い爪でソンネを切り裂こうとしていた。
意味が分からない。『なぜ』なんて疑問を言う余地なんてなかった。
今にもソンネに斬りかかろうとしているデーモンに詠唱なんてしている時間はなかった。
だから俺は鞘から剣を抜くと、それを防ぐ。
その瞬間、場内には爪と剣が交わり合う鋭い音が聞こえてくるはずだった。
代わりに聞こえてくるのは、空気を切り裂く音と、鈍い音。
その音は後方から聞こえてきて、全身から嫌な汗が流れ、呼吸ができない。
「ア.....アラス......」
「ソ、ンネ?」
俺は剣でデーモンを弾き飛ばし、素早く後ろを振り返る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ソンネの胸部には巨大な氷の破片が突き刺さっていた。それでも、その氷は大きくソンネを貫いていた。
俺は何が起こっているか分からなかった。ただただそこには氷の破片が突き刺さったソンネの姿。
そうか。ソンネは俺のせいで。何秒か立ち尽くしてたんだろうか、ぼーっとする頭で目の前の現実を認識できた。
俺は父上から言われていた。仲間を守るために使えと。
でも、俺は躊躇った。技を使うことを。
ソンネがこんな姿なのは、俺のせいだった。
俺が躊躇ったせいで。
そう考えると、頭はクリアになっている。
俺は鬼残波を使い、デーモンを何度も何度も切り刻み、デーモンの息の根を止めると、ソンネに駆け寄った。
「ア......ラス......」
ソンネは声も出せないほど傷ついているというのに、笑っていた。
「声を出すな! 今すぐに、ポーションで回復してやる!」
俺はいつの間にか泣いていた。目から滴り落ちる涙は何度も何度も地面へと落ちている。
そんなぐしゃぐしゃな顔の俺をソンネは優しく見ていた。
そんな顔するな。そんな顔をされたら、止まらない。
俺の口は自然と開き、声をつまらせていた。
「ソンネ、ポーションだ! ポーションを飲め!」
俺はエラルドから渡されたポーションのふたを開け、ソンネの口に流しこもうとする。
だが、ソンネはそれを制した。
その目は力強く、俺は手を止めた。
「なんだ? ポーションならここにあるぞ! だから、早く飲むんだ」
だが、ソンネそうしなかった。
ゆっくりと首を振る。
「アラス......好き......あと――ごめんね」
ソンネは泣いている俺に微笑み、俺の頬に手をかざした。
「ああ、俺も好きだよ!! だから、そんなことを言うな!!」
俺がそう言うとソンネは顔をくしゃっとして笑っていた。
だが、ソンネはその笑顔のまま動かない。
俺は震える手でエラルドが持ってきたポーションをソンネの口に流す。
だが、動かない。何度やっても動かなかった。
俺は守れなかった。寄り添ってくれていた人を。
「ああ、ソンネ。俺も好きだよ。好きだった」
初めての恋だった。ガリス達が俺を悪く扱っても、ソンネだけは俺に優しくしてくれていた。
そんなソンネが俺は好きだった。
俺はソンネを優しく抱きしめると、エリスを睨みつけた。
するとエリスは残念そうに俯いてこういった。
「ああ、残念だ。人の死はもう見たくもない」
わざとらしく頭を抱えたエリスは、そう言った。
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