ろくろな嫁~あやかし系上司が妻になります~

蒼真まこ

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第三章

あなたを守りたい①

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 草太は再び電車の中にいた。実家で一泊し、翌朝には戻ることにしたのだ。

(早く美冬さんに会いたい。少しでも早く思いを伝えたい)

 草太の家族は温かく見送ってくれた。家族には、美冬が株式会社ロクノのひとりであること、体に事情があって誰かの支えが必要なことを説明した。ロクノはそれなりに名の知れた会社であるため、家族は驚いていたが、反対はしなかった。

「今度家に帰るときは、美冬さんを連れて行こう。美冬さんが美人すぎて、兄ちゃんたちきっと驚くぞ」

 家族と美冬が会ったときのことを考えると、自然と顔が緩んでくる草太だった。

「美冬さんに連絡とらないとね」

 スマホを取り出し、美冬にメッセージを送ることにした。SNSの画面を立ち上げると、彼女とのやりとりの画面が表示される。

『田村くん、今晩の予定はいかがでしょうか?』
『昨日はお世話になりました。今後ともどうぞよろしくお願い致します』
『お疲れ様です。お体は大丈夫ですか?』
『体調を崩さないよう、御体を大事にしてくださいね』

 プライベートとは思えない、美冬のやや堅苦しい文面が続く。美冬は仕事以外で、メールやSNSの交流をしたことがなかったらしい。プライベートでどんな文章を書けばいいのかわからない、と真面目な顔で相談されたので、
『そのまんま、思ったこと書いてくれればいいですよ』
と答えたのだが、ほとんど仕事と変わらない文章を送ってくるのだった。その生真面目さに苦笑しつつも、女性が好みそうな可愛らしいスタンプを送ると、
『そのかわいいイラストは、田村さんが描かれたのですか?』
と大真面目に聞いてくる。
『違いますよ。これはスタンプといって、取得すれば誰でも使えます。無料のものと有料のものがあります』
と返信すると、幼い子供が新しい遊びを覚えたかのように、可愛いスタンプを使いまくってメッセージを送ってくるのだ。
『スタンプって楽しいですね。たくさん可愛いのがあってどれにしようか迷ってしまいます』
 と素直な感想を伝えてくる美冬だった。
 始めはぎこちなかったメッセージのやりとりも、少しずつ変化していった。
 真面目過ぎるぐらい真面目なのに、素直な子供のような反応をする美冬。可愛らしいものには目がなくて、すぐ反応するのに、そのやりとりはやっぱり真面目で。
 
「美冬さんって、可愛いよな」

 草太は美冬のことを思い出し、ひとり微笑んだ。

(ああ、僕はやっぱり美冬さんのことが好きだ)

 自覚した自らの想いを大事に胸に抱え、草太は美冬にメッセージを作成し、送信した。

『美冬さん、お疲れ様です。今日帰りますので、今晩会えますか?』

 ものの数秒で既読となり、すぐに返信があった。

『はい、大丈夫です。気を付けてお越しくださいね』

 お共に、大喜びするわんこのスタンプが添えられていた。ずっと草太からの連絡を待っていたのだろう。真面目なメッセージに彼女の真摯な思いがぎゅっと詰まっている。それは草太も同じだった。

『美冬さん、あなたに早く会いたいです』
『私もです』

 ぎこちないメッセージに、お互いへの愛情がしっかり伝わる、ふたりだけの特別なSNSなのだ。


 草太が待ち合わせ場所に到着したときには、すでに夜になっていた。草太の実家があった田舎とは違い、ビルがネオンに照らされ、夜とは思えないほど明るい。
 その日は金曜日であったため、行き交う人々もどこか浮き足立っていた。足早に歩く人もいれば、ぷらぷら時間を潰すように歩く人もいる。かと思えば明日も仕事なのか、しかめっ面で人々の間を突き進む人もいる。

(都会の人って、歩くの早いよね)

 草太はしみじみと思った。田舎から出てきたときは、その忙しさに戸惑ったものだ。今ではすっかり慣れてしまったが、たまに田舎が恋しくなることもある。
 しかし美冬と出会わせてくれたのも、ビルが立ち並ぶ都会なのだ。そう思えば、都会暮らしも悪くない。

 美冬との待ち合わせは、ふたりにとっての初デートとなった映画館のあるビルのカフェにした。少し奥まったところにあるため、人目につきにくい。
 カフェに着くと、美冬が先に待っていた。薄いグレーのスーツに淡いピンクのブラウスを着ている。白い肌と長い髪によく似合っていたが、仕事を終えてすぐに直行したのだろうか、まるで取引先との待ち合わせのようだ。本を手にしていたが、心ここにあらずといった様子で周囲をきょろきょろ見回している。その様子を微笑ましく思いながら、草太は少しずつ歩み寄っていった。

 美冬が草太の姿を捉えた瞬間、薔薇が咲きほこるかのような笑顔を見せた。白い頬が紅く染まって、彼女の美しさを際立たせている。さきほどまでの強張った表情が嘘のようだ。その美しさに目を奪われた草太は、しばし見惚れてしまった。
 呆けている草太に気付いていないのか、嬉しくてたまらないといった様子で、小さく手を振っている。その仕草が大喜びするわんこのスタンプに重なり、たまらなく可愛く思えてしまう。

(美冬さん、可愛すぎるだろっ……!!)

 そのまま叫び出したい気持ちをどうにか抑えながら、努めてクールに美冬の前に座った。

「お待たせしました、美冬さん」
「待ってないわ、全然待ってない。来てくれて嬉しい、草太くん」

 前のめりで草太に顔を寄せる美冬は、歓喜の表情を浮かべている。ご主人様に会えてしっぽを振り回す犬のようで、草太はこみ上げる笑いを抑えるのに必死だ。
 先程から挙動不審な草太を心配したのか、真顔に戻った美冬は、右に首をかくんと傾けた。その仕草も愛らしい犬に似ていて、草太はひとり悶えた。

「草太くん、体調でも悪いの? さっきから口元抑えたり、うつむいたりしてるけど」
「だ、大丈夫ですっ! ただその、ちょっと」
「ただその、ちょっと?」

 草太の台詞を繰り返しながら、きょとんとした顔で、今度は左に首をかくんと傾ける。その可愛らしさといったら。

「ああ、もうっ! 美冬さん」
「え? 私何かした?」

 不安そうな顔で、おろおろする美冬を落ち着かせてあげたかったが、草太はもう自分を抑えられそうにない。

「美冬さん、可愛すぎるんですよっ!」

 首を傾け、草太の言葉を反芻はんすう していた美冬は、ようやくその意味に気づいたらしく、一気に真っ赤になった。とうとう本音を晒してしまった草太も、情けないやら、恥ずかしいやら、で顔が熱くなる。
 二人は仲良く顔を赤くしながら、ごまかすように照れ笑いするしかないのだった。
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