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第三章
あなたを守りたい②
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「わぁ、夜景がきれい」
美冬は歓喜の声をあげた。ビルの屋上から見る夜景は格別だ。
草太と美冬は、カフェを離れて場所を移動した。二人だけで話をしたかったからだ。友人に教えてもらった絶景の夜景スポットは、小さめのビルの屋上にあった。植物のプランターが置かれていて、近隣の会社員の憩いの場となっているのだ。
「夜景って見てると落ち着きますよね」
「そうね、心が洗われるわ」
再会して美冬の可愛らしさに制御不能となった草太だったが、夜景の癒やし効果で、一度は落ち着きを取り戻した。しかし。今は別のことで再び心が乱れ、緊張していた。
(美冬さんに自分の思いをちゃんと伝えないと……!)
女性へ告白したことは何度か経験があるものの、ほぼ玉砕していたことも彼の緊張を高めていた。加えて夜景をバックに佇む美冬は、いつも以上に美しく、胸が高鳴って止まらないのだ。
「あの、美冬さん」
夜景に見入っていた美冬が、草太に顔を向ける。長い髪がふわりと揺れ、美冬は手で髪をすくい取って耳にかけた。何気ない仕草が妙に艶めかしくて、草太の心臓の鼓動が早まる一方だ。
「あ、あの、あの」
『あの』以降の言葉が続かない。自身の不甲斐なさに情けなくなるが、意識すればするほど体も心も強張っていく。
「草太くん、あのね。聞いてくれる?」
見兼ねたのか、美冬が先に話し始めた。
「は、はいっ! なんでしょうっ?」
声が裏返り、素っ頓狂な返答をしてしまう。
(なんて声出して出してるんだよ、情けない)
自分自身の情けなさに俯いてしまった草太を気遣うように、美冬が草太の手に触れた。そのままそっと草太の手を包み込む。
「草太くん、私ね。家族以外で私の秘密を初めて知ったのがあなたで本当に良かったって思ってる。あなたのおかげで私の世界は広がったの。こんなにも世界は楽しくて、愛しいものだなんて知らなかった。私は幸せよ。それだけでもう十分。だから無理しないで。あなたがどんな決断をしても受け入れる」
草太の顔を下から覗き込むように、美冬は笑顔で告げた。優しい笑顔が草太の心にゆっくりと染み込んでいく。作り笑顔ではなく、心からの笑顔だと伝わってくる。
(そうだ、無理しないでいいんだ。美冬さんみたいに、正直に自分の気持ちを伝えればいいんだ)
草太の緊張は美冬の笑顔によって溶け、夜景に消えていった。
「美冬さん、聞いてください」
美冬が草太を見つめている。もう緊張はしていなかった。
「美冬さん、僕はあなたが大好きです。そしてこれからもあなたと生きていきたい。僕でよかったら」
そこで言葉を止め、静かに一呼吸。夜景の荘厳さが草太の心に力をくれる気がした。
「僕で良かったら結婚してください。僕にどこまでできるのかわからないですが、六野家で頑張ってみます」
草太らしい、少し歯切れの悪い求婚プロポーズ。美冬の目が大きく見開かれ、とめどなく涙があふれ出した。
「私でいいの? 六野家のひとり娘で、ちょっと面倒くさい父がいて。なにより私は、ろくろ首の女よ。化け物だわ」
「美冬さんは化け物なんかじゃないです。僕にとってこんなに可愛らしい女性はいません。ろくろ首のあなたがいいんです。美冬さん、もう一度いいます。ろくろな嫁になって下さい。あなたを守って生きていきたい」
「ろくろな嫁……素敵ね、私にとってこんなに嬉しい言葉はないわ」
美冬の涙は溢れて止まらない。けれどその顔は笑顔で、少しも辛そうではなかった。
「美冬さん、泣かないで。あなたが泣いたら僕は辛いです。あなたにはいつも笑っていてほしいから」
「草太くん……」
「こんな時さっとハンカチ出せたらいいんですけど、持ってなくて。……って、もっと大事なもの忘れてたっ!」
草太は唐突に思い出した。仮にもプロポーズするなら、必要な小道具があることを。
「すみませんっ、僕ってば指輪を用意してません! 指輪どころか花とかアクセサリーとか、なぁんにも!」
想いを伝えることだけで頭がいっぱいで、すっからかんに忘れていた。女性というものはプレゼントを喜ぶ生き物であることを。
「今から指輪を買いに行くとか! でも閉店時間過ぎてるよね。じゃあネット注文……って、初めてのプレゼントがネット注文ってありえないですよね!」
慌てふためいて、支離滅裂な言葉を続ける草太。プロポーズの言葉は「決まったぜ」と思っていただけに、肝心なものを用意してなかった自分に嫌気がさしていた。
わずかの間をおいて、美冬の肩が小刻みに揺れ始めた。やがて笑い声が聞こえてくる。
「もうっ、草太くんってば。笑わせないで。指輪とか、そんなこと気にしないでいいの。私はそんなもの望んでないわ。たくさんのものを草太くんにもらったから、何もいらないの」
「え……僕、何かあげましたかね?」
草太は本気でわからないらしい。美冬は今、世界中の誰より幸せであることを。だからプレゼントなど必要ないのだ。
「草太くんが私だけを見ていてくれればいいの。それだけで十分よ」
泣きながら笑う美冬の頬は薔薇色に染まり、幸せの絶頂であることを物語っていた。夜景を背景に笑う美冬は、夜の女神のごとく美しい。
(ああ、美冬さんはキレイだ。この人が大好きだ)
草太は美冬の頬に手を伸ばすと、そっと触れた。手に触れる温もり。美冬が愛しくてたまらなかった。この人を自分だけのものにしたい。
「美冬さん……キスしていいですか?」
笑っていた美冬の笑顔が、急に消えた。優雅に笑っていた美冬は沈黙し、うつむいてしまった。
「美冬さん……?」
草太は急に不安になった。急ぎ過ぎたのかもしれない。美冬にもっと触れたくて、つい聞いてしまったが、怖がらせてしまったのだろうか?
「……じゃない」
「えっ?」
うつむいた美冬から、消え入りそうなほど小さな声が聞こえてきた。
「すみません! 急にキスとか何いってるんでしょうかね?ごめんなさい、もういいんです」
草太は平謝りした。それしか解決策が浮かばなかった。
「草太くん、違う、違うのよ。嫌じゃないの」
顔をあげた美冬の顔は、林檎のように真っ赤だった。
「私も草太くんにもっと近付きたいもの。でもどうしたらいいのかわからなくて。初めてだし、こういうの」
「初めて……なんですか?」
「だって、これまで男性とお付き合いしたことないから……」
考えてみれば当たり前だった。美冬はろくろ首体質であることを隠すため、周囲の人と必要以上に親しくならなかったのだから。友達もあまりいなかったと聞いているし、男性と付き合ったこともないのだ。
(つまり。僕が初めての彼氏で、初めての相手……)
意識した途端、草太の体はどうしようもなく熱くなった。
(やばい……こんなこと思っていいのかわかんないけど、超嬉しい)
憧れの上司であり、ずっと思い描いてきた理想の女性。永遠に自分のものにはならないだろうと思っていた女性、それが草太にとっての美冬だ。そんな大切な人のただひとりの恋人に選ばれたのであり、夫になっていくのだ。
(僕も美冬さんを大事にしたい。少しずつだ)
大切な宝物のように守りながら、美冬を愛していこう。草太は改めて決意した。
「美冬さん、すみません。やっぱり急ぎすぎましたね。またそのうちでいいんです。無理しないでください。そろそろ帰りましょう。家まで送りますよ」
美冬を今すぐ抱き締めてキスしたい。その肌に触れ、自分だけのものにしたい。いかに弟属性の草太とはいえ、彼も男なのだ。欲情は当然あった。けれど美冬を怖がらせたくない。不安にさせたくない。美冬を守りたい気持ちのほうが勝った。火照った体と欲情を必死に抑え、努めて冷静に、紳士的に振る舞った。
しかし美冬はなぜか、その場から動こうとしなかった。
「美冬さん……?」
気分でも悪くなったのだろうか? 草太は心配になって、美冬の顔を覗き込んだ。美冬は草太を真っすぐ見据えていた。その瞳は艶めいて色香を放っており、草太の火照りを刺激する。美冬はそっと手を伸ばし、草太の服を掴んだ。
「草太くん、私も貴方に触れたい。キス……してくれる?」
それは思わぬ、美冬からの誘惑であった。
美冬は歓喜の声をあげた。ビルの屋上から見る夜景は格別だ。
草太と美冬は、カフェを離れて場所を移動した。二人だけで話をしたかったからだ。友人に教えてもらった絶景の夜景スポットは、小さめのビルの屋上にあった。植物のプランターが置かれていて、近隣の会社員の憩いの場となっているのだ。
「夜景って見てると落ち着きますよね」
「そうね、心が洗われるわ」
再会して美冬の可愛らしさに制御不能となった草太だったが、夜景の癒やし効果で、一度は落ち着きを取り戻した。しかし。今は別のことで再び心が乱れ、緊張していた。
(美冬さんに自分の思いをちゃんと伝えないと……!)
女性へ告白したことは何度か経験があるものの、ほぼ玉砕していたことも彼の緊張を高めていた。加えて夜景をバックに佇む美冬は、いつも以上に美しく、胸が高鳴って止まらないのだ。
「あの、美冬さん」
夜景に見入っていた美冬が、草太に顔を向ける。長い髪がふわりと揺れ、美冬は手で髪をすくい取って耳にかけた。何気ない仕草が妙に艶めかしくて、草太の心臓の鼓動が早まる一方だ。
「あ、あの、あの」
『あの』以降の言葉が続かない。自身の不甲斐なさに情けなくなるが、意識すればするほど体も心も強張っていく。
「草太くん、あのね。聞いてくれる?」
見兼ねたのか、美冬が先に話し始めた。
「は、はいっ! なんでしょうっ?」
声が裏返り、素っ頓狂な返答をしてしまう。
(なんて声出して出してるんだよ、情けない)
自分自身の情けなさに俯いてしまった草太を気遣うように、美冬が草太の手に触れた。そのままそっと草太の手を包み込む。
「草太くん、私ね。家族以外で私の秘密を初めて知ったのがあなたで本当に良かったって思ってる。あなたのおかげで私の世界は広がったの。こんなにも世界は楽しくて、愛しいものだなんて知らなかった。私は幸せよ。それだけでもう十分。だから無理しないで。あなたがどんな決断をしても受け入れる」
草太の顔を下から覗き込むように、美冬は笑顔で告げた。優しい笑顔が草太の心にゆっくりと染み込んでいく。作り笑顔ではなく、心からの笑顔だと伝わってくる。
(そうだ、無理しないでいいんだ。美冬さんみたいに、正直に自分の気持ちを伝えればいいんだ)
草太の緊張は美冬の笑顔によって溶け、夜景に消えていった。
「美冬さん、聞いてください」
美冬が草太を見つめている。もう緊張はしていなかった。
「美冬さん、僕はあなたが大好きです。そしてこれからもあなたと生きていきたい。僕でよかったら」
そこで言葉を止め、静かに一呼吸。夜景の荘厳さが草太の心に力をくれる気がした。
「僕で良かったら結婚してください。僕にどこまでできるのかわからないですが、六野家で頑張ってみます」
草太らしい、少し歯切れの悪い求婚プロポーズ。美冬の目が大きく見開かれ、とめどなく涙があふれ出した。
「私でいいの? 六野家のひとり娘で、ちょっと面倒くさい父がいて。なにより私は、ろくろ首の女よ。化け物だわ」
「美冬さんは化け物なんかじゃないです。僕にとってこんなに可愛らしい女性はいません。ろくろ首のあなたがいいんです。美冬さん、もう一度いいます。ろくろな嫁になって下さい。あなたを守って生きていきたい」
「ろくろな嫁……素敵ね、私にとってこんなに嬉しい言葉はないわ」
美冬の涙は溢れて止まらない。けれどその顔は笑顔で、少しも辛そうではなかった。
「美冬さん、泣かないで。あなたが泣いたら僕は辛いです。あなたにはいつも笑っていてほしいから」
「草太くん……」
「こんな時さっとハンカチ出せたらいいんですけど、持ってなくて。……って、もっと大事なもの忘れてたっ!」
草太は唐突に思い出した。仮にもプロポーズするなら、必要な小道具があることを。
「すみませんっ、僕ってば指輪を用意してません! 指輪どころか花とかアクセサリーとか、なぁんにも!」
想いを伝えることだけで頭がいっぱいで、すっからかんに忘れていた。女性というものはプレゼントを喜ぶ生き物であることを。
「今から指輪を買いに行くとか! でも閉店時間過ぎてるよね。じゃあネット注文……って、初めてのプレゼントがネット注文ってありえないですよね!」
慌てふためいて、支離滅裂な言葉を続ける草太。プロポーズの言葉は「決まったぜ」と思っていただけに、肝心なものを用意してなかった自分に嫌気がさしていた。
わずかの間をおいて、美冬の肩が小刻みに揺れ始めた。やがて笑い声が聞こえてくる。
「もうっ、草太くんってば。笑わせないで。指輪とか、そんなこと気にしないでいいの。私はそんなもの望んでないわ。たくさんのものを草太くんにもらったから、何もいらないの」
「え……僕、何かあげましたかね?」
草太は本気でわからないらしい。美冬は今、世界中の誰より幸せであることを。だからプレゼントなど必要ないのだ。
「草太くんが私だけを見ていてくれればいいの。それだけで十分よ」
泣きながら笑う美冬の頬は薔薇色に染まり、幸せの絶頂であることを物語っていた。夜景を背景に笑う美冬は、夜の女神のごとく美しい。
(ああ、美冬さんはキレイだ。この人が大好きだ)
草太は美冬の頬に手を伸ばすと、そっと触れた。手に触れる温もり。美冬が愛しくてたまらなかった。この人を自分だけのものにしたい。
「美冬さん……キスしていいですか?」
笑っていた美冬の笑顔が、急に消えた。優雅に笑っていた美冬は沈黙し、うつむいてしまった。
「美冬さん……?」
草太は急に不安になった。急ぎ過ぎたのかもしれない。美冬にもっと触れたくて、つい聞いてしまったが、怖がらせてしまったのだろうか?
「……じゃない」
「えっ?」
うつむいた美冬から、消え入りそうなほど小さな声が聞こえてきた。
「すみません! 急にキスとか何いってるんでしょうかね?ごめんなさい、もういいんです」
草太は平謝りした。それしか解決策が浮かばなかった。
「草太くん、違う、違うのよ。嫌じゃないの」
顔をあげた美冬の顔は、林檎のように真っ赤だった。
「私も草太くんにもっと近付きたいもの。でもどうしたらいいのかわからなくて。初めてだし、こういうの」
「初めて……なんですか?」
「だって、これまで男性とお付き合いしたことないから……」
考えてみれば当たり前だった。美冬はろくろ首体質であることを隠すため、周囲の人と必要以上に親しくならなかったのだから。友達もあまりいなかったと聞いているし、男性と付き合ったこともないのだ。
(つまり。僕が初めての彼氏で、初めての相手……)
意識した途端、草太の体はどうしようもなく熱くなった。
(やばい……こんなこと思っていいのかわかんないけど、超嬉しい)
憧れの上司であり、ずっと思い描いてきた理想の女性。永遠に自分のものにはならないだろうと思っていた女性、それが草太にとっての美冬だ。そんな大切な人のただひとりの恋人に選ばれたのであり、夫になっていくのだ。
(僕も美冬さんを大事にしたい。少しずつだ)
大切な宝物のように守りながら、美冬を愛していこう。草太は改めて決意した。
「美冬さん、すみません。やっぱり急ぎすぎましたね。またそのうちでいいんです。無理しないでください。そろそろ帰りましょう。家まで送りますよ」
美冬を今すぐ抱き締めてキスしたい。その肌に触れ、自分だけのものにしたい。いかに弟属性の草太とはいえ、彼も男なのだ。欲情は当然あった。けれど美冬を怖がらせたくない。不安にさせたくない。美冬を守りたい気持ちのほうが勝った。火照った体と欲情を必死に抑え、努めて冷静に、紳士的に振る舞った。
しかし美冬はなぜか、その場から動こうとしなかった。
「美冬さん……?」
気分でも悪くなったのだろうか? 草太は心配になって、美冬の顔を覗き込んだ。美冬は草太を真っすぐ見据えていた。その瞳は艶めいて色香を放っており、草太の火照りを刺激する。美冬はそっと手を伸ばし、草太の服を掴んだ。
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