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1巻 あやかしの妹が家族になります
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第一章 あやかしの妹ができました
初めて会った幼い妹は、どう見ても人間ではなかった。
「杏菜、すまん。実はその、この子は、おまえの妹なんだ。ちょこっとばかり事情があって、今までおまえに言えなかった。そんでもって突然で悪いんだけどさ……。今日からこの家で一緒に暮らしたいと思ってる。杏菜、どうかな……?」
朝、家を出る時に少し遅くなると言っていた父が、小さな女の子と手を繋ぎ、申し訳なさそうな顔をして玄関に立っている。
明日は休みだし、今晩はお父さんの帰りを待って一緒に晩ごはんを食べようかな、なんて思っていたのだ。そうしたらその父が、幼女を連れて帰ってきた。
「お父さん……妹って、どういうこと?」
聞きたいのはそれだけじゃなかったけれど、頭が混乱していて、他の言葉がすぐには出てこなかった。
ひとりっ子である私に妹がいるなんて話、十七歳の今になるまで聞いたことがない。五年前に病気で亡くなったお母さんも、そんなこと言ってなかったはずだ。
「ごめんよ。杏菜だって驚くよな。でもさ、見てのとおりこの子は少しだけ、他の子と違うんだ。だから預けられるところもなくて……」
お父さんの視線が、手を繋いでいる幼女へと向けられる。つられて私も、小さな女の子を見つめた。
父の手をしっかりと握る幼女は、灰色の瞳で私をじっと見ている。ふわりとした髪の毛は栗色で、その頭には小さな銀色の角が二本生えていた。二本の角はきらりと光り、奇妙な存在感を示している。
小さな女の子の頭に出ている、ひょっこりとした角。他の子にはないものが、頭にあるのだ。
どれだけ元気な子でも、頭に角なんてないよね。普通の人間ならば。
角の生えた幼女をつい凝視してしまった。
私の視線に驚いたのか、幼女の体が、びくりと震える。小さな女の子をじろじろ観察するなんて申し訳ないとは思うけれど、それでも見ずにはいられなかった。
無言で見つめ合う形となった私と、銀色の角の幼女。
しばらくして、小さな女の子は目をそらすようにうつむいてしまった。
あっ、もしかして泣かせちゃった……? 初めて会う幼子とはいえ、泣かせるのはさすがに気まずい。
救いを求め、父に視線を向けようとした時だった。銀色の角の幼女が、何かを決意したように、ぐいっと顔をあげた。
「くり子でしゅ。よろちく、おねがい、しましゅっ!」
たどたどしい言葉遣いで懸命に挨拶をし、ぺこりと頭を下げたのだ。
「ど、どうも。野々宮杏菜です。よろしくお願いします」
反射的に挨拶を返してしまった。小さい女の子のあどけない仕草に、体と口が勝手に反応した気がする。
私が挨拶を返したことで、銀色の角の幼女は安心したのだろうか。嬉しそうに、にこっと笑った。その口元には、八重歯というにはあまりに鋭そうな牙が見え隠れしている。
頭には二本の角。口の中には牙。
「お父さん。ひょっとして、この子って人間の女の子じゃないの……?」
おそるおそる確認すると、父は気まずそうに頷いた。
「正確には半分人間だよ。『半妖』っていうらしい。くり子の母親が『あやかし』だから。そして、この子はお父さんの娘でもある。だから杏菜にとっては、半分血の繋がった妹ってことになるね」
新情報を一気に伝えられ、ますます頭が混乱してくる。
半妖。あやかし。お父さんの娘で、私の妹でもある。
聞き慣れない言葉が、私の頭の中をぐるぐると回っている。おまけにお腹もぐるっと鳴いた。
そういえば、お父さんを待っていたから晩ごはんを食べてなかったんだっけ。
あれれ、なんだか目が回ってきたぞ。お腹が空いているから? それとも、あまりにびっくりしたから? いや、両方か。
「もう、わけわかんない……」
受け止めきれない現実に、私はぺたりとその場に座り込んでしまった。空気を読めないお腹の虫だけが、ぐるるっと遠慮なく鳴いていた。
†
母が病気で亡くなったのは、今から五年前。私がまだ小学生だった頃のことだ。
自分の死期を悟った母は、家事の基本を私に教えた。自分がいなくなっても、私と父が共に生きていけるように。
限られた時間の中で一通りの家事を仕込まれるのは、当時の私には辛いことだった。何度か泣いたのを覚えている。
「いいこと、杏菜。何があっても、きちんとごはんを食べなさい。食べることは、いただく食物から命をもらうこと。『ごはんが美味しい』って思えたら、きっと元気も出てくるからね」
遺言ともいうべき、母の言葉を心の支えにして生きてきた。ひとりで泣く夜もあったけれど、「お父さんと私のために、明日もごはんを作ろう」と思うと、なんとか頑張れたのだ。
けれど母を、父にとっては妻を失った喪失感は、想像以上に大きかった。互いに気を遣ってはいるけれど、母がいた頃のようには笑えない。父とふたりでいても、どこかぎこちない空気が流れていくばかりだ。
私を笑わせたいのか、お父さんはくだらない冗談を言ってしきりに話しかけてくる。素直に笑えたらよかったけれど、意地っ張りな性格が邪魔をして、笑顔を見せることができなかった。慣れない家事と学校の勉強を両立させるのも大変で、心に余裕がなかったのかもしれない。私とお父さん。きっとたぶん、どちらも悪いわけではないと思う。
いつしか父は、仕事の付き合いだからと言い訳をして、週に二回ほど外でお酒を飲んでくるようになった。飲みすぎることはなかったし、遅くなる前には必ず帰ってきてくれたから、私もあえて何も言わなかった。お父さんが家にいないほうが、少しだけ気が楽だから、というのもあったのかもしれない。それでもお父さんと不仲になりたかったわけではないから、可能な範囲で食事は共にとるようにした。それがお母さんの願いでもあったと思うし。
だから今晩もお父さんと一緒に晩ごはんを食べようと、じっと帰りを待っていた。
そうしたらなんと、父が半妖の妹を連れて帰ってきたのだ。
「杏菜、驚かせて本当に申し訳ない!」
居間のこたつに座った父は、私に深々と頭を下げた。
こたつの上にはお茶とお菓子。まずは何かお腹に入れないと、と思って、急遽用意したのだ。
半分だけ血が繋がった妹――くり子は、父の腕にしがみつき、心配そうに私と父を交互に見ている。
突然現れた、頭に角がある妹に驚き、体の力が抜けてしまったけれど、ようやく気持ちも少し落ち着いてきた。
「いろいろ事情があって話せなかったのはわかったけど。それでもせめて、付き合っている女性がいることぐらい教えてほしかったよ。私が反対すると思って隠してたわけ?」
お父さんは申し訳なさそうに、体を縮めている。
「すまん。杏菜が傷つくかな、と思って」
確かに最初は戸惑うかもしれない。付き合っている女性がいるなら、再婚の話も出てくるだろうし。
「だとしても。こうして妹をいきなり連れてくるより、ずっとましだと思うんだけど」
「うん……。そのとおりだよな」
父なりに思うところがあったのか、私の言葉に反論はしなかった。
「それで、この子のお母さんはどうしたの? あやかし? なんだよね」
お父さんが連れて帰ってきたのは、この小さな女の子だけだ。母親と思われる女性は一緒にいなかった。
「それがその……」
よほど言いにくいことなのか、父はなかなか話してくれない。説明してくれなければ、私だってこの先どうすればいいのかわからないのに。
「ちゃんと全部話して」と少し大きい声を出そうとした時だった。
きゅる、きゅるるる~。
少し控えめな、可愛らしいお腹の音が響いた。
「え? 私?」
思わず自分のお腹を見つめてしまった。でも今のは私ではなかった。
きゅるきゅるっ。
返事をするように、銀色の角の幼女、くり子のお腹が鳴く。
「お腹がきゅるきゅる鳴っているのは、くり子ちゃん?」
小さな女の子が、びくりと体を揺らし、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ご、ごめんなしゃい……」
謝らなくてもいいよと伝えようとしたら、くり子の横から豪快な音が響いた。
ごるごるぐる~!
「なに? この不快な音は」
「すまん、俺だ。くり子につられて、俺までお腹が鳴り出してしまった」
「お父さんまで? 今は話し合いをする時でしょ。お腹なんて鳴らしてる場合じゃない……」
と言った瞬間。
ぐるっ、くるる~。
「杏菜、おまえのお腹も鳴ってる」
父に指摘されてしまった。くり子も私をじっと見ている。
ああ、食いしん坊な我がお腹が恨めしい。
「親子丼でいい? もう下準備はしてあるからすぐに作れるし」
「おぅ。いいぞ」
「親子丼」と私が言った途端、くり子の目がきらきらと輝き出した。好みかどうか聞くまでもないようだ。小さい子でも食べやすいように、鶏肉を小さく切っておこうかな。
本当は悠長に晩ごはんの用意なんかしている場合じゃないのかもしれないけど、三人揃ってお腹を鳴らしている状態では、まともに話し合いもできやしない。
「『腹が減っては戦はできぬ』っていうしね。うん、まずはごはんだ」
エプロンをつけて台所に立つと、自分が今何をすべきか落ち着いて考えられる気がした。
冷蔵庫から下準備を済ませてある鶏のもも肉と卵を取り出す。お母さんから教わった親子丼は、小さく切った鶏肉を甘辛く味付けした出汁で煮込むことから始まる。余計な水分が出ないように玉ねぎは入れない。ここまではすでに準備してあるので、鶏肉を菜箸で取り出してさらに小さく切ることにした。幼女でも食べやすいだろうし、量の調節もしやすくなる。
ひとり分ずつ小鍋に取り分けて温め直し、溶き卵でとじて、仕上げに三つ葉をのせたら完成だ。卵は一気に入れず、二回に分けるのが卵とじのこつだと教わった。あとはお味噌汁も添えておこう。
「お待たせ。親子丼とお味噌汁だよ」
親子丼をお父さんとくり子のところへ運ぶと、お父さんは嬉しそうに笑った。親子丼は父の好物なのだ。
銀色の角の幼女、くり子も親子丼を見るなり、「わぁい」と両手をあげて喜んだ。私が少しだけ驚いていると、くり子は恥ずかしそうにうつむいてしまった。半妖の女の子って聞いているけれど、中身は意外と普通の子なのかもしれない。
「くり子ちゃんもめしあがれ。食べやすいようにスプーン持ってきたからね」
小さめの器によそった親子丼を置いたら、くり子はすぐにスプーンを掴みとり、食べようとした。ところが何かを思い出したらしく、スプーンを元の位置に戻す。
あれ? どうしたんだろう。
くり子は小さな手をぺちんと合わせ、たどたどしい言葉で言った。
「いたーらきましゅ」
「いただきます」って言ってるのかな? 食事の前に、「いただきます」がちゃんと言える子なんだ。まだ小さいのに。この子のお母さんが礼儀作法を教えたのかもしれない。
親子丼をお父さんはかき込むように食べた。くり子もスプーンをせっせと口に運び、美味しそうに食べている。ぷにぷにのほっぺたには、ごはん粒がいくつもついていた。たぶん気がついていないのだろう。
「くり子ちゃん、ちょっとこっち向いて」
布巾で顔を拭いてあげると、くり子はにかっと笑った。
「おねいちゃん、おやこどん、おいちぃ!」
ちょっと発音が変だけれど、この子は私を「お姉ちゃん」と呼びたいらしい。不思議と悪い気はしなかった。
「ああ、美味しかった。杏菜、ありがとな」
ぺろりと親子丼を平らげたお父さんは、満足そうにお腹を撫でている。私もお腹が満たされたし、これならきちんと話を聞けそうだ。
「じゃあ食べ終えたことだし、そろそろ話の続きを……」
話し合いの続きを促そうとしたら、お父さんは口に人差し指を立て、「しーっ」とささやいた。もう片方の手で、くり子をそっと指さしている。
銀色の角の幼女は、うつらうつらと居眠りをしていた。お腹が満たされたことで、急に眠くなってしまったのかもしれない。
「とりあえず寝させてやっていいかな?」
私の顔色をうかがうように父が聞いてくるので、黙って頷いた。
居間の奥にある和室に布団を敷くと、お父さんはくり子を抱き上げて運び、そのまま寝かせた。
居間には私とお父さんのふたりだけになった。このあとに話し合いをするなら、幼女のくり子が寝てしまったのはむしろよかったかもしれない。
「さてと。お父さん。ちゃんと全部話してくれる? じゃないと私も、今後どうすればいいのかわからない」
お父さんと面と向かって話し合うのは、久しぶりのことかもしれない。
「わかってる。全部話す」
お父さんは私と向き合う形で座り、ゆっくり話し始めた。
「くり子のお母さんは、野分さんという名前の女性だ。たまたま迷い込んだ道の奥で見つけた居酒屋の店主だったんだ。小さな居酒屋なんだけど、人間ではない存在もいたような気がする。当時は気のせいだと思ってたけどね。野分さんも不思議な雰囲気の女性で、仕事の愚痴や思い出話なんかをつい話してしまった。彼女は嫌な顔ひとつせず聞いてくれたよ。それが嬉しくて、店に通うようになった。そこから少しずつ親しくなっていったんだ」
野分さんのことを話すお父さんは穏やかに微笑んでいる。きっといい関係だったのだろうなと思えた。
「おまえのお母さんのことを忘れたわけじゃない。さくらは今も俺の心の中にいる。さくらのことを大切に思いつつ、野分さんと一緒にいられたら嬉しいって思った。だから俺から申し込んで、正式にお付き合いすることになった」
お父さんと野分さんは、ゆっくりと愛情を育てていったみたいだ。
「付き合い始めた頃に、一度プロポーズしたんだ。でもやんわりと断られてしまった。自分はここでしか生きられない女だから、って。無理強いはしたくなかったし、彼女の気持ちが固まるまで待つことにした」
「ここでしか生きられない女」ってどういう意味なのだろう。不思議だけど、今はお父さんの話を聞くしかない。
「野分さんとお付き合いして一年ぐらいが経った頃、彼女から告げられた。お腹に子どもができたってね。それを聞いて、俺の心は決まったよ。野分さんを妻として我が家に迎えて、共に生きていこうって。優しい野分さんなら、杏菜とも仲良くなれるって思った。ところが野分さんは同居も結婚もしばらく待ってほしいって言うんだ」
「え、なんで?」
つい聞いてしまった。純粋に疑問だった。恋人であるお父さんからの求婚を嬉しいと思わなかったんだろうか?
会ったこともない野分さんと私が家族として仲良くなれるかどうかは勝手に決めないでほしいけれど。
「今は何も聞かず、子どもが生まれるまで待ってほしいと。杏菜さんにもまだ言わないでって言うんだ。それで杏菜には内緒にしたまま、野分さんとの交際をひっそりと続け、くり子が生まれた。生まれた赤ん坊を見て、驚いたよ。生まれた子の頭には小さな角が二本、ひょっこりと生えていたからね。それでようやく話せなかった事情がわかった気がした」
交際していた女性がいたことを私に話さなかったのは、野分さんが望んだことだったのだ。
「くり子を抱いた野分さんがやっと話してくれたよ。『わたしは人間ではありません。鬼と呼ばれるあやかしです。山彦さん、今まで黙っていてごめんなさい』ってね。自分の正体を隠していたのは、俺に嫌われるのが怖かったそうだ。そんなことで彼女との交際をやめる気はなかったんだけどね」
残っていたお茶をすすり、お父さんは少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「俺と交際を続けるうちに、野分さんは人間として俺や杏菜と暮らしたいと願うようになった。生まれてくる子が普通の人間の子と変わらなければ、自分の正体を隠したまま、ひっそりと人間の世界で生きていきたいと考えたそうだ。正体を事前に明かして俺や杏菜を困惑させたくなかったって。それで、くり子が生まれるまで同居も結婚も待ってほしいと俺に話したわけだ。ところが生まれてきた子には銀色の角がある。まさに鬼の子だった。その姿を見た瞬間、自分がどれだけ身勝手な願いを思い描いていたのか思い知ったって。野分さん、俺にも、くり子にも、そして杏菜さんにも申し訳ないって泣いていたよ」
野分さんはお父さんにずっと好きでいてほしくて、自分の正体を隠したまま生きていこうとしたのだろうか。
恋とか愛とか、私にはまだよくわからない。けれど正体を明かすことで、好きな人に嫌われたくないという気持ちはなんとなく理解できる気がした。
「それからの野分さんは、ひとりで思い悩むことが増えてきてね。俺にできることはなんでもするから、頼ってくれって何度も話したよ。鬼であってもかまわないから、俺の家で一緒に暮らそうって伝えても、無言で首を横に振るばかりだった。嫌がる彼女を無理やり連れてくるわけにはいかない。野分さんの店に通うことで、彼女とくり子を見守ることにしたんだ。せめてこれだけはと思って、くり子の養育費はこっそりと野分さんのお店に置いていくようにしてたけど、あまり使わなかったみたいだ。くり子の手荷物の中に、俺が渡した養育費の封筒が入っていたからね」
お父さんは野分さんの正体を知っても、くり子の頭に角があっても、ふたりを嫌ったりはしなかった。週に二回ほど、どこかのお店に行っていたのは知っていたけど、こんな事情があったなんて驚きだ。
「そんな生活を続けていたある日、野分さんから手紙が届いた。カラスが運んできてくれたよ。そこにはこんなふうに書いてあった。『山彦さん、あなたに出会えてわたしは幸せでした。つかの間ですが、人間の女性の気分を知ることができた気がします。わたしはもうじきこの世界から消えることになるでしょう。それが娘のくり子のためでもあるのです。わたしの願いは、山彦さん、杏菜さん、そしてくり子が幸せであってくれること。どうか娘のくり子をよろしくお願いします』って。驚いて野分さんの店に行ったら、くり子がひとりでぽつんといて、俺が来るのを待っていたんだ。くり子を抱いて、野分さんを必死に捜したけど、見つけられなかった……」
お父さんは悲しげにうつむいた。お父さんは、野分さんとくり子のことを大切にしていたんだ。いずれはふたりをこの家に連れてきて、私に紹介するつもりだったのだろう。
「それでくり子だけを我が家に連れてきたのね。それにしても野分さんはどこに行ってしまったの?」
「それがわからないんだ。野分さんはくり子のことをとても大切に思っていたし、娘ひとり残して失踪するなんて考えられない。だから何か事情があったんだと思ってる。だから野分さんのことが何かわかるまで、くり子をこの家で暮らさせてやりたい。杏菜、急で申し訳ないけど、どうか受け入れてもらえないだろうか」
お父さんに交際していた女性がいたこと。そしてその女性との間に娘が生まれていたこと。それらを私に話せなかった事情はよくわかった。
でもだからといって、半妖の妹の存在を受け入れられるかどうかは、また別の話に思えた。
お父さんが、天国に逝ってしまったお母さん以外の女性と恋仲になる。なんとなく覚悟はしていたけれど、実際に話を聞くと内心は複雑だった。
お父さんには再婚して幸せになってほしいと思う。お母さんの思い出を胸に、生涯ひとりで生きていってほしいなんて言えない。いずれ私が自立してこの家を出たら、お父さんはひとりぼっちになってしまうもの。
初めて会った幼い妹は、どう見ても人間ではなかった。
「杏菜、すまん。実はその、この子は、おまえの妹なんだ。ちょこっとばかり事情があって、今までおまえに言えなかった。そんでもって突然で悪いんだけどさ……。今日からこの家で一緒に暮らしたいと思ってる。杏菜、どうかな……?」
朝、家を出る時に少し遅くなると言っていた父が、小さな女の子と手を繋ぎ、申し訳なさそうな顔をして玄関に立っている。
明日は休みだし、今晩はお父さんの帰りを待って一緒に晩ごはんを食べようかな、なんて思っていたのだ。そうしたらその父が、幼女を連れて帰ってきた。
「お父さん……妹って、どういうこと?」
聞きたいのはそれだけじゃなかったけれど、頭が混乱していて、他の言葉がすぐには出てこなかった。
ひとりっ子である私に妹がいるなんて話、十七歳の今になるまで聞いたことがない。五年前に病気で亡くなったお母さんも、そんなこと言ってなかったはずだ。
「ごめんよ。杏菜だって驚くよな。でもさ、見てのとおりこの子は少しだけ、他の子と違うんだ。だから預けられるところもなくて……」
お父さんの視線が、手を繋いでいる幼女へと向けられる。つられて私も、小さな女の子を見つめた。
父の手をしっかりと握る幼女は、灰色の瞳で私をじっと見ている。ふわりとした髪の毛は栗色で、その頭には小さな銀色の角が二本生えていた。二本の角はきらりと光り、奇妙な存在感を示している。
小さな女の子の頭に出ている、ひょっこりとした角。他の子にはないものが、頭にあるのだ。
どれだけ元気な子でも、頭に角なんてないよね。普通の人間ならば。
角の生えた幼女をつい凝視してしまった。
私の視線に驚いたのか、幼女の体が、びくりと震える。小さな女の子をじろじろ観察するなんて申し訳ないとは思うけれど、それでも見ずにはいられなかった。
無言で見つめ合う形となった私と、銀色の角の幼女。
しばらくして、小さな女の子は目をそらすようにうつむいてしまった。
あっ、もしかして泣かせちゃった……? 初めて会う幼子とはいえ、泣かせるのはさすがに気まずい。
救いを求め、父に視線を向けようとした時だった。銀色の角の幼女が、何かを決意したように、ぐいっと顔をあげた。
「くり子でしゅ。よろちく、おねがい、しましゅっ!」
たどたどしい言葉遣いで懸命に挨拶をし、ぺこりと頭を下げたのだ。
「ど、どうも。野々宮杏菜です。よろしくお願いします」
反射的に挨拶を返してしまった。小さい女の子のあどけない仕草に、体と口が勝手に反応した気がする。
私が挨拶を返したことで、銀色の角の幼女は安心したのだろうか。嬉しそうに、にこっと笑った。その口元には、八重歯というにはあまりに鋭そうな牙が見え隠れしている。
頭には二本の角。口の中には牙。
「お父さん。ひょっとして、この子って人間の女の子じゃないの……?」
おそるおそる確認すると、父は気まずそうに頷いた。
「正確には半分人間だよ。『半妖』っていうらしい。くり子の母親が『あやかし』だから。そして、この子はお父さんの娘でもある。だから杏菜にとっては、半分血の繋がった妹ってことになるね」
新情報を一気に伝えられ、ますます頭が混乱してくる。
半妖。あやかし。お父さんの娘で、私の妹でもある。
聞き慣れない言葉が、私の頭の中をぐるぐると回っている。おまけにお腹もぐるっと鳴いた。
そういえば、お父さんを待っていたから晩ごはんを食べてなかったんだっけ。
あれれ、なんだか目が回ってきたぞ。お腹が空いているから? それとも、あまりにびっくりしたから? いや、両方か。
「もう、わけわかんない……」
受け止めきれない現実に、私はぺたりとその場に座り込んでしまった。空気を読めないお腹の虫だけが、ぐるるっと遠慮なく鳴いていた。
†
母が病気で亡くなったのは、今から五年前。私がまだ小学生だった頃のことだ。
自分の死期を悟った母は、家事の基本を私に教えた。自分がいなくなっても、私と父が共に生きていけるように。
限られた時間の中で一通りの家事を仕込まれるのは、当時の私には辛いことだった。何度か泣いたのを覚えている。
「いいこと、杏菜。何があっても、きちんとごはんを食べなさい。食べることは、いただく食物から命をもらうこと。『ごはんが美味しい』って思えたら、きっと元気も出てくるからね」
遺言ともいうべき、母の言葉を心の支えにして生きてきた。ひとりで泣く夜もあったけれど、「お父さんと私のために、明日もごはんを作ろう」と思うと、なんとか頑張れたのだ。
けれど母を、父にとっては妻を失った喪失感は、想像以上に大きかった。互いに気を遣ってはいるけれど、母がいた頃のようには笑えない。父とふたりでいても、どこかぎこちない空気が流れていくばかりだ。
私を笑わせたいのか、お父さんはくだらない冗談を言ってしきりに話しかけてくる。素直に笑えたらよかったけれど、意地っ張りな性格が邪魔をして、笑顔を見せることができなかった。慣れない家事と学校の勉強を両立させるのも大変で、心に余裕がなかったのかもしれない。私とお父さん。きっとたぶん、どちらも悪いわけではないと思う。
いつしか父は、仕事の付き合いだからと言い訳をして、週に二回ほど外でお酒を飲んでくるようになった。飲みすぎることはなかったし、遅くなる前には必ず帰ってきてくれたから、私もあえて何も言わなかった。お父さんが家にいないほうが、少しだけ気が楽だから、というのもあったのかもしれない。それでもお父さんと不仲になりたかったわけではないから、可能な範囲で食事は共にとるようにした。それがお母さんの願いでもあったと思うし。
だから今晩もお父さんと一緒に晩ごはんを食べようと、じっと帰りを待っていた。
そうしたらなんと、父が半妖の妹を連れて帰ってきたのだ。
「杏菜、驚かせて本当に申し訳ない!」
居間のこたつに座った父は、私に深々と頭を下げた。
こたつの上にはお茶とお菓子。まずは何かお腹に入れないと、と思って、急遽用意したのだ。
半分だけ血が繋がった妹――くり子は、父の腕にしがみつき、心配そうに私と父を交互に見ている。
突然現れた、頭に角がある妹に驚き、体の力が抜けてしまったけれど、ようやく気持ちも少し落ち着いてきた。
「いろいろ事情があって話せなかったのはわかったけど。それでもせめて、付き合っている女性がいることぐらい教えてほしかったよ。私が反対すると思って隠してたわけ?」
お父さんは申し訳なさそうに、体を縮めている。
「すまん。杏菜が傷つくかな、と思って」
確かに最初は戸惑うかもしれない。付き合っている女性がいるなら、再婚の話も出てくるだろうし。
「だとしても。こうして妹をいきなり連れてくるより、ずっとましだと思うんだけど」
「うん……。そのとおりだよな」
父なりに思うところがあったのか、私の言葉に反論はしなかった。
「それで、この子のお母さんはどうしたの? あやかし? なんだよね」
お父さんが連れて帰ってきたのは、この小さな女の子だけだ。母親と思われる女性は一緒にいなかった。
「それがその……」
よほど言いにくいことなのか、父はなかなか話してくれない。説明してくれなければ、私だってこの先どうすればいいのかわからないのに。
「ちゃんと全部話して」と少し大きい声を出そうとした時だった。
きゅる、きゅるるる~。
少し控えめな、可愛らしいお腹の音が響いた。
「え? 私?」
思わず自分のお腹を見つめてしまった。でも今のは私ではなかった。
きゅるきゅるっ。
返事をするように、銀色の角の幼女、くり子のお腹が鳴く。
「お腹がきゅるきゅる鳴っているのは、くり子ちゃん?」
小さな女の子が、びくりと体を揺らし、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ご、ごめんなしゃい……」
謝らなくてもいいよと伝えようとしたら、くり子の横から豪快な音が響いた。
ごるごるぐる~!
「なに? この不快な音は」
「すまん、俺だ。くり子につられて、俺までお腹が鳴り出してしまった」
「お父さんまで? 今は話し合いをする時でしょ。お腹なんて鳴らしてる場合じゃない……」
と言った瞬間。
ぐるっ、くるる~。
「杏菜、おまえのお腹も鳴ってる」
父に指摘されてしまった。くり子も私をじっと見ている。
ああ、食いしん坊な我がお腹が恨めしい。
「親子丼でいい? もう下準備はしてあるからすぐに作れるし」
「おぅ。いいぞ」
「親子丼」と私が言った途端、くり子の目がきらきらと輝き出した。好みかどうか聞くまでもないようだ。小さい子でも食べやすいように、鶏肉を小さく切っておこうかな。
本当は悠長に晩ごはんの用意なんかしている場合じゃないのかもしれないけど、三人揃ってお腹を鳴らしている状態では、まともに話し合いもできやしない。
「『腹が減っては戦はできぬ』っていうしね。うん、まずはごはんだ」
エプロンをつけて台所に立つと、自分が今何をすべきか落ち着いて考えられる気がした。
冷蔵庫から下準備を済ませてある鶏のもも肉と卵を取り出す。お母さんから教わった親子丼は、小さく切った鶏肉を甘辛く味付けした出汁で煮込むことから始まる。余計な水分が出ないように玉ねぎは入れない。ここまではすでに準備してあるので、鶏肉を菜箸で取り出してさらに小さく切ることにした。幼女でも食べやすいだろうし、量の調節もしやすくなる。
ひとり分ずつ小鍋に取り分けて温め直し、溶き卵でとじて、仕上げに三つ葉をのせたら完成だ。卵は一気に入れず、二回に分けるのが卵とじのこつだと教わった。あとはお味噌汁も添えておこう。
「お待たせ。親子丼とお味噌汁だよ」
親子丼をお父さんとくり子のところへ運ぶと、お父さんは嬉しそうに笑った。親子丼は父の好物なのだ。
銀色の角の幼女、くり子も親子丼を見るなり、「わぁい」と両手をあげて喜んだ。私が少しだけ驚いていると、くり子は恥ずかしそうにうつむいてしまった。半妖の女の子って聞いているけれど、中身は意外と普通の子なのかもしれない。
「くり子ちゃんもめしあがれ。食べやすいようにスプーン持ってきたからね」
小さめの器によそった親子丼を置いたら、くり子はすぐにスプーンを掴みとり、食べようとした。ところが何かを思い出したらしく、スプーンを元の位置に戻す。
あれ? どうしたんだろう。
くり子は小さな手をぺちんと合わせ、たどたどしい言葉で言った。
「いたーらきましゅ」
「いただきます」って言ってるのかな? 食事の前に、「いただきます」がちゃんと言える子なんだ。まだ小さいのに。この子のお母さんが礼儀作法を教えたのかもしれない。
親子丼をお父さんはかき込むように食べた。くり子もスプーンをせっせと口に運び、美味しそうに食べている。ぷにぷにのほっぺたには、ごはん粒がいくつもついていた。たぶん気がついていないのだろう。
「くり子ちゃん、ちょっとこっち向いて」
布巾で顔を拭いてあげると、くり子はにかっと笑った。
「おねいちゃん、おやこどん、おいちぃ!」
ちょっと発音が変だけれど、この子は私を「お姉ちゃん」と呼びたいらしい。不思議と悪い気はしなかった。
「ああ、美味しかった。杏菜、ありがとな」
ぺろりと親子丼を平らげたお父さんは、満足そうにお腹を撫でている。私もお腹が満たされたし、これならきちんと話を聞けそうだ。
「じゃあ食べ終えたことだし、そろそろ話の続きを……」
話し合いの続きを促そうとしたら、お父さんは口に人差し指を立て、「しーっ」とささやいた。もう片方の手で、くり子をそっと指さしている。
銀色の角の幼女は、うつらうつらと居眠りをしていた。お腹が満たされたことで、急に眠くなってしまったのかもしれない。
「とりあえず寝させてやっていいかな?」
私の顔色をうかがうように父が聞いてくるので、黙って頷いた。
居間の奥にある和室に布団を敷くと、お父さんはくり子を抱き上げて運び、そのまま寝かせた。
居間には私とお父さんのふたりだけになった。このあとに話し合いをするなら、幼女のくり子が寝てしまったのはむしろよかったかもしれない。
「さてと。お父さん。ちゃんと全部話してくれる? じゃないと私も、今後どうすればいいのかわからない」
お父さんと面と向かって話し合うのは、久しぶりのことかもしれない。
「わかってる。全部話す」
お父さんは私と向き合う形で座り、ゆっくり話し始めた。
「くり子のお母さんは、野分さんという名前の女性だ。たまたま迷い込んだ道の奥で見つけた居酒屋の店主だったんだ。小さな居酒屋なんだけど、人間ではない存在もいたような気がする。当時は気のせいだと思ってたけどね。野分さんも不思議な雰囲気の女性で、仕事の愚痴や思い出話なんかをつい話してしまった。彼女は嫌な顔ひとつせず聞いてくれたよ。それが嬉しくて、店に通うようになった。そこから少しずつ親しくなっていったんだ」
野分さんのことを話すお父さんは穏やかに微笑んでいる。きっといい関係だったのだろうなと思えた。
「おまえのお母さんのことを忘れたわけじゃない。さくらは今も俺の心の中にいる。さくらのことを大切に思いつつ、野分さんと一緒にいられたら嬉しいって思った。だから俺から申し込んで、正式にお付き合いすることになった」
お父さんと野分さんは、ゆっくりと愛情を育てていったみたいだ。
「付き合い始めた頃に、一度プロポーズしたんだ。でもやんわりと断られてしまった。自分はここでしか生きられない女だから、って。無理強いはしたくなかったし、彼女の気持ちが固まるまで待つことにした」
「ここでしか生きられない女」ってどういう意味なのだろう。不思議だけど、今はお父さんの話を聞くしかない。
「野分さんとお付き合いして一年ぐらいが経った頃、彼女から告げられた。お腹に子どもができたってね。それを聞いて、俺の心は決まったよ。野分さんを妻として我が家に迎えて、共に生きていこうって。優しい野分さんなら、杏菜とも仲良くなれるって思った。ところが野分さんは同居も結婚もしばらく待ってほしいって言うんだ」
「え、なんで?」
つい聞いてしまった。純粋に疑問だった。恋人であるお父さんからの求婚を嬉しいと思わなかったんだろうか?
会ったこともない野分さんと私が家族として仲良くなれるかどうかは勝手に決めないでほしいけれど。
「今は何も聞かず、子どもが生まれるまで待ってほしいと。杏菜さんにもまだ言わないでって言うんだ。それで杏菜には内緒にしたまま、野分さんとの交際をひっそりと続け、くり子が生まれた。生まれた赤ん坊を見て、驚いたよ。生まれた子の頭には小さな角が二本、ひょっこりと生えていたからね。それでようやく話せなかった事情がわかった気がした」
交際していた女性がいたことを私に話さなかったのは、野分さんが望んだことだったのだ。
「くり子を抱いた野分さんがやっと話してくれたよ。『わたしは人間ではありません。鬼と呼ばれるあやかしです。山彦さん、今まで黙っていてごめんなさい』ってね。自分の正体を隠していたのは、俺に嫌われるのが怖かったそうだ。そんなことで彼女との交際をやめる気はなかったんだけどね」
残っていたお茶をすすり、お父さんは少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「俺と交際を続けるうちに、野分さんは人間として俺や杏菜と暮らしたいと願うようになった。生まれてくる子が普通の人間の子と変わらなければ、自分の正体を隠したまま、ひっそりと人間の世界で生きていきたいと考えたそうだ。正体を事前に明かして俺や杏菜を困惑させたくなかったって。それで、くり子が生まれるまで同居も結婚も待ってほしいと俺に話したわけだ。ところが生まれてきた子には銀色の角がある。まさに鬼の子だった。その姿を見た瞬間、自分がどれだけ身勝手な願いを思い描いていたのか思い知ったって。野分さん、俺にも、くり子にも、そして杏菜さんにも申し訳ないって泣いていたよ」
野分さんはお父さんにずっと好きでいてほしくて、自分の正体を隠したまま生きていこうとしたのだろうか。
恋とか愛とか、私にはまだよくわからない。けれど正体を明かすことで、好きな人に嫌われたくないという気持ちはなんとなく理解できる気がした。
「それからの野分さんは、ひとりで思い悩むことが増えてきてね。俺にできることはなんでもするから、頼ってくれって何度も話したよ。鬼であってもかまわないから、俺の家で一緒に暮らそうって伝えても、無言で首を横に振るばかりだった。嫌がる彼女を無理やり連れてくるわけにはいかない。野分さんの店に通うことで、彼女とくり子を見守ることにしたんだ。せめてこれだけはと思って、くり子の養育費はこっそりと野分さんのお店に置いていくようにしてたけど、あまり使わなかったみたいだ。くり子の手荷物の中に、俺が渡した養育費の封筒が入っていたからね」
お父さんは野分さんの正体を知っても、くり子の頭に角があっても、ふたりを嫌ったりはしなかった。週に二回ほど、どこかのお店に行っていたのは知っていたけど、こんな事情があったなんて驚きだ。
「そんな生活を続けていたある日、野分さんから手紙が届いた。カラスが運んできてくれたよ。そこにはこんなふうに書いてあった。『山彦さん、あなたに出会えてわたしは幸せでした。つかの間ですが、人間の女性の気分を知ることができた気がします。わたしはもうじきこの世界から消えることになるでしょう。それが娘のくり子のためでもあるのです。わたしの願いは、山彦さん、杏菜さん、そしてくり子が幸せであってくれること。どうか娘のくり子をよろしくお願いします』って。驚いて野分さんの店に行ったら、くり子がひとりでぽつんといて、俺が来るのを待っていたんだ。くり子を抱いて、野分さんを必死に捜したけど、見つけられなかった……」
お父さんは悲しげにうつむいた。お父さんは、野分さんとくり子のことを大切にしていたんだ。いずれはふたりをこの家に連れてきて、私に紹介するつもりだったのだろう。
「それでくり子だけを我が家に連れてきたのね。それにしても野分さんはどこに行ってしまったの?」
「それがわからないんだ。野分さんはくり子のことをとても大切に思っていたし、娘ひとり残して失踪するなんて考えられない。だから何か事情があったんだと思ってる。だから野分さんのことが何かわかるまで、くり子をこの家で暮らさせてやりたい。杏菜、急で申し訳ないけど、どうか受け入れてもらえないだろうか」
お父さんに交際していた女性がいたこと。そしてその女性との間に娘が生まれていたこと。それらを私に話せなかった事情はよくわかった。
でもだからといって、半妖の妹の存在を受け入れられるかどうかは、また別の話に思えた。
お父さんが、天国に逝ってしまったお母さん以外の女性と恋仲になる。なんとなく覚悟はしていたけれど、実際に話を聞くと内心は複雑だった。
お父さんには再婚して幸せになってほしいと思う。お母さんの思い出を胸に、生涯ひとりで生きていってほしいなんて言えない。いずれ私が自立してこの家を出たら、お父さんはひとりぼっちになってしまうもの。
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