ぬらりひょんのぼんくら嫁〜虐げられし少女はハイカラ料理で福をよぶ〜

蒼真まこ

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第四章 対 決

ぬらりひょんの思い

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「さち、その蓉子とやらに記憶を操作されているのだな。もっと早く気づくべきだった。さちの姉である蓉子がすべての鍵を握っているのだと。いや、本当の姉ではあるまい。そやつの正体は、あやかし。人間にできる所業ではない」

 呆けたさちには、何を言われているのか理解できない。

「あの、蓉子お姉様は、お優しい方ですよ? 愚鈍なぼんくら娘の私でも、妹として可愛がってくださるのですもの。それで失礼ですが、あなたはどちら様ですか?」

 愛しい人を目の前にしても、さちの心は呆けたままだ。蓉子という闇に支配され、助けを求めることもできない。幼い頃からくりかえし何度も暗示をかけられ、心を掌握されてきたのだから。

 以前のさちがぎりぎりのところで自我を保つことができたのは、父である壱郎のおかげだった。さちを何度も怒鳴りつけることで、娘の心を醒まさせ、蓉子の呪縛をといていたのだ。蓉子によって九桜院家を支配され、あやつり人形と化した壱郎にできる精一杯の抵抗だった。心の中で詫びながら、壱郎は娘を理由もなく叱り、さちの心をどうにか守っていた。
 しかしその壱郎は、すでに九桜院家にはいない。さちを守ってくれるものは誰もいない。

「わしか? わしはぬらりひょんだ。あやかしの総大将と言われることもあるが、それは周囲が勝手につけたもの。わしは自由と気ままな生活を楽しむ、一匹のあやかしでしかない。そんなわしを、おぬしは慕ってくれたな。まことの嫁になりたいと願い、まっすぐな愛情を注いでくれた。さち、おぼえているか? おぬしはわしを喜ばせようと、ハイカラな洋食を作ってくれたな。コロッケにぽてとすーぷ、じゃがいものサラドにフライ。どれも実にうまかった。パンケークもシチューも絶品だったぞ」

 ぼんやりと立ちつくすさちの指先が、ぴくりと動いた。いまだ目覚めることはないが、それでも料理のことを言われた瞬間、なにかがさちの心を刺激した。

「ハイカラ料理……? それはわたしが、作ったのですか?」
「そうだ、さち。おぬしがわしのため、そして一つ目小僧や油すまし、ろくろ首のおりんを喜ばせようと作ってくれた。化け火もかまどでおぬしを待っておるぞ」

 今のさちにとっては聞いたこともない、あやかしたちの名前だった。けれどなぜか、さちの心をざわつかせる。

「わたし、九桜院家を出たことは一度もないはずなのに。なのにどうして……なつかしく感じるの?」

 闇の中に消えてしまった大切な記憶。哀れな人形となったさちの心には何も残ってない。そのはずなのに、さちの心はふるえ、動き出そうともがいている。

「わしはな、さち。おぬしが夜祭から姿を消してからずっと探していた。さちが心配でたまらず、頭がおかしくなりそうだった。そこでようやく、おのれの気持ちに気がついた。わしは、このぬらりひょんはな、おぬしのことが大好きだ。さちを愛している。おぬしが人間だろうと関係ない。わしの嫁は、さちだけだ」

 ぬらりひょんから、さちへの愛の告白だった。
 これまではさちが人間で、自分はあやかしだからと気持ちをごまかしていたのに、今はまっすぐに思いを伝えている。

「さち、わしのところへ戻ってこい。わしにはおぬしが必要だ。さちがおらねば、生きていく意味もない」

 ぬらりひょんがさちに向かって手を伸ばす。真摯な眼差しは、さちの心をしめつける。

「わたし、わたし……」

 自らをぬらりひょんと呼ぶ人の手をとりたい。知らない人のはずなのに、その胸元に飛び込んでいきたい衝動にかられる。

「わたし、あなた様のところへ……」

 さちが足を踏み出そうとした瞬間だった。

「だめよ、さち。許可もなく、他の者と話しては。わたくしの可愛い妹……」

 その声を聞いたとたん、動き始めていた、さちの心と体は完全に凍り付いてしまった。

 蓉子が妖しく微笑みながら、さちのほうへ向かって歩いていた。ぬらりひょんに気配を感じさせることなく、さちの背後に姿をあらわしていたのだ。

「さち、わたくしのお客様よ。勝手にお相手してはいけないわ。お客様は、わたくしの部屋に通さなくては」
「は、はい。蓉子様、申し訳ございません。勝手なふるまい、どうかご容赦ください」
「いいのよ、さち。あなたはわたくしの可愛い妹ですもの」

 蓉子はさちの体に両の手をのばし、静かに抱いた。驚くぬらりひょんの視線を感じながら、さちの頬を撫でつける。

「なんて愛らしい子なのかしら……。わたくしの可愛いお人形。これからもずっと、わたくしのそばにいてね。どににもいってはだめ」
「はい、蓉子様。さちはお姉様の人形です。ずっとおそばにおります」

 蓉子から漂う甘い香りと優しい抱擁ほうよう。さちの体は支配され、開き始めていた心は再び閉じてしまった。

「さぁ、さち。お客様のためにお茶を用意してちょうだい。おもてなしをしなくては。ねぇ、ぬらりひょん様?」

 蓉子はさちを抱きしめながら、にたりと笑った。美しい瞳は、不気味なほどに輝いていた。

「わしをあえて客人と呼ぶか。よかろう、その招き、受けいれた。どこへでも行ってやろう」

 大切なさちを蓉子に抱かれていては、ぬらりひょんには何もできない。それでも大切な娘を守るため、あえて敵地へとやってきた。ここでひき返すことはできない。

「うふふふ……。嬉しいですわ、ぬらりひょん様。ようやくわたくしに会いに来てくださったのですもの。丁重におもてなししてよ? ねぇ、さち。わたくしの可愛い妹」
「はい、蓉子お姉様……」

 蓉子の腕から今すぐさちを取り戻したい欲求をどうにか抑えながら、ぬらりひょんは厳しい顔つきで、九桜院家の屋敷の中へと入っていった。








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