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第四章 対 決
蓉子の怨念
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「九尾、わしはあのとき、おぬしの誘いを断った。九桜院家を陥れたのは、それが原因だったというのか?」
にたりと、蓉子は満足そうに笑った。
「ええ、その通りです」
ぬらりひょんは膝においていた手を、きつく握りしめた。できればちがうと思いたかったのだ。よもやおのれが、すべてのきっかけを生みだしてしまったということを。
「おぬしに会ったのは、ただ一度だけだ。いきなり会った者の誘いを受けいれるやつはおらぬだろう。それでも、わしを恨み、そのためだけに九桜院家を利用したというのか!?
声を荒げるぬらりひょんを見た蓉子は、声をあげて笑った。!
「おほほほ! わたくしはね、一度受けた屈辱はけっして忘れないの。どんなことがあっても、どれだけの時間と労力をかけても、必ず報復するわ」
「ならば、わしだけに向かってこればよいだろう? なぜ九桜院家を巻き込んだ! 壱郎を利用し、さちをとことん苦しめ、わしがさちを愛するようしむけた。その後にさちを奪い去れば、わしが苦しむと知っていたからだ。そこまで、わしが憎いのか!!」
常に冷静で、穏やかなぬらりひょんが、大声で怒りをあらわにしている。抑えようと思っても、おのれを制することができないのだ。
「うふふ。その顔よ、その表情が見たかったのです。飄々としていて、つかみどころのないあなた様が、慌てふためく姿を見たかった。ああ、うれしい。うれしすぎて、ぞくぞくするわ。怒るあなた様は、ますます魅力的。でもね、あなた様はひとつだけ勘違いしてますわ」
「勘違い? それはなんだ」
ぬらりひょんが怪訝な表情を見せる。
「わたくしの誘いを断った恨みは、確かに忘れません。でもそれだけが理由ではないのです。わたくしは、あなた様が、ぬらりひょんが欲しい。身も心も屈服させて、わたくしの下僕としたい。憎らしいほどに、ぬらりひょんが恋しいの……」
初々しい少女のように頬を赤らめた蓉子は、あでやかに微笑んだ。どれだけ華やかな雰囲気をもっていても、その禍々しさだけは消すことはできない。
「ではわしが、おぬしの下僕になったら、さちを解放するというのか」
「いいえ。それはありません。だってわたくしは、さちも欲しいの。あの子は本当に愛らしいもの。ぬらりひょんを下僕とし、さちはわたくしが愛でる人形とする。それがわたくしの望みですのよ」
あっけらかんと自らの欲望をさらす蓉子に、ぬらりひょんは怒りでどうにかなりそうだ。
「おぬし……どこまで欲が深いのだ」
「ええ。自覚してますわ。でも我慢できないのですもの。しかたないでしょう? でもね、あなた様が、わたくしに服従を誓うのなら、さちの待遇を考えてあげてもよろしくてよ?」
「どういう意味だ」
ぬらりひょんの問いに答えるよりも先に、蓉子は両手を合わせ、ぱんぱんと叩いた。
「さち、いらっしゃい。お客様がお待ちよ」
蓉子がさちを呼ぶと、しばらくして、お茶をもったさちが入室してきた。
「失礼致します。蓉子様」
「さち、お客様にお紅茶を……あら、お客様だけほうじ茶なの?」
さちがもったトレーには、蓉子が好む紅茶と、ぬらりひょんが頼んだほうじ茶がのっていた。
蓉子から笑みが消え、さちをぎろりとにらんだ。
「おもてなしなのですから、お客様と同じものにするのが礼儀でしょう? さちはそんなこともわからないの?」
「も、申し訳ございません。蓉子様はこのお紅茶がお好きなので……」
「いいわけするんじゃないの!」
蓉子は紅茶のカップをつかむと、さちに向かって投げつけた。小柄なさちの体に、淹れたての紅茶が容赦なくかけられる。中身がなくなったカップは床に落ちて砕けた。
「あっ!」
熱い紅茶を体にかぶったことで、さちは苦しそうに顔をゆがめた。
「やめよ! ほうじ茶を頼んだのはわしだ。さちはわしの望みを受けいれただけのこと」
「それが問題なのよ。さちがわたくしの命令にそむくことはあってはならない。さち、さっさとここをかたずけなさい!」
「はい、わかりました。蓉子様……」
紅茶で濡れた髪を拭くことすら許されず、さちは床にはいつくばるようにして、割れたカップを拾い集める。
「ああ、さち。足がお紅茶で汚れてしまったわ。先に拭いてちょうだい」
「はい、蓉子様」
蓉子の足元にひざまつくと、もっていた手拭いで、さちは丁寧に蓉子の足を拭いていく。料理を作るさちの瞳はあれほど輝いていたのに、今のさちの目は暗くよどんでいた。
哀れなさちを見ていられなくなったぬらりひょんは、そっと目をそらした。
「この通り、今のさちはわたくしの下僕も同然の扱いよ。使用人たちにも、これでもかと虐められているしね。でもね、ぬらりひょん。あなた様がわたくしに服従を誓ってひれ伏すならば、さちの待遇を良くしてあげてもよろしくてよ? わたくしの可愛い妹として良い服を着させ、不自由なく暮らさせてあげる。命令には従ってもらうけれど、今の生活よりずっと待遇は良くなるわ。どうかしら?」
さちは無言で蓉子の足を拭き続けている。今のさちには、物事を考えることさえもできない。
ぬらりひょんはしばし目を伏せたのち、ゆっくりと視線を蓉子に向けた。
「承知した……。で、わしはどうすれば良いのだ?」
高らかに笑った蓉子は愉快そうに、ぬらりひょんを指差した。
「そうね、まずはそこで、土下座でもしてくれるかしら。そしてわたくしにひれ伏すの。『これより蓉子様の下僕となります』とね」
ぬらりひょんとさちに固執している蓉子は、ふたりが自分の足元にひれ伏す姿を、見たくてたまらないのだ。
「わかった。それでさちが、穏やかに暮らせるならば従おう。その前に、さちに少しだけ話をさせてくれ。忘れものを渡したいのだ。おぬしの下僕となったら、さちにも会えぬだろうから」
蓉子に服従したあとは、さちの姿を見せつけるだけで、二度とふたりで会わせてもらえないことを、ぬらりひょんは理解していた。醜悪な悪女が考えそうなことだった。
「ふふ……。まぁ、いいわ。その代わり、さちと話をするのは、これで最後にしてもらう。そしてわたくしへは常に敬意もって話してちょうだい」
「かしこまりました。蓉子様」
蓉子様と呼んだぬらりひょんは腰を上げ、蓉子に向かって丁寧に頭を下げる。
ぬらりひょんがすべて自分の要求を受け入れたことで気を良くしたのか、蓉子は不気味に笑いながら、さちに次の命令を伝えた。
「さち、わたくしのお客様があなたと話をしたいそうよ。あちらに行って、聞いておあげなさい。ただし少しの間だけよ」
「はい、蓉子様……」
蓉子の足元にひざまついていたさちは、蓉子の命令に従って体を起こし、ぬらりひょんのほうへ向かって歩き始めた。
にたりと、蓉子は満足そうに笑った。
「ええ、その通りです」
ぬらりひょんは膝においていた手を、きつく握りしめた。できればちがうと思いたかったのだ。よもやおのれが、すべてのきっかけを生みだしてしまったということを。
「おぬしに会ったのは、ただ一度だけだ。いきなり会った者の誘いを受けいれるやつはおらぬだろう。それでも、わしを恨み、そのためだけに九桜院家を利用したというのか!?
声を荒げるぬらりひょんを見た蓉子は、声をあげて笑った。!
「おほほほ! わたくしはね、一度受けた屈辱はけっして忘れないの。どんなことがあっても、どれだけの時間と労力をかけても、必ず報復するわ」
「ならば、わしだけに向かってこればよいだろう? なぜ九桜院家を巻き込んだ! 壱郎を利用し、さちをとことん苦しめ、わしがさちを愛するようしむけた。その後にさちを奪い去れば、わしが苦しむと知っていたからだ。そこまで、わしが憎いのか!!」
常に冷静で、穏やかなぬらりひょんが、大声で怒りをあらわにしている。抑えようと思っても、おのれを制することができないのだ。
「うふふ。その顔よ、その表情が見たかったのです。飄々としていて、つかみどころのないあなた様が、慌てふためく姿を見たかった。ああ、うれしい。うれしすぎて、ぞくぞくするわ。怒るあなた様は、ますます魅力的。でもね、あなた様はひとつだけ勘違いしてますわ」
「勘違い? それはなんだ」
ぬらりひょんが怪訝な表情を見せる。
「わたくしの誘いを断った恨みは、確かに忘れません。でもそれだけが理由ではないのです。わたくしは、あなた様が、ぬらりひょんが欲しい。身も心も屈服させて、わたくしの下僕としたい。憎らしいほどに、ぬらりひょんが恋しいの……」
初々しい少女のように頬を赤らめた蓉子は、あでやかに微笑んだ。どれだけ華やかな雰囲気をもっていても、その禍々しさだけは消すことはできない。
「ではわしが、おぬしの下僕になったら、さちを解放するというのか」
「いいえ。それはありません。だってわたくしは、さちも欲しいの。あの子は本当に愛らしいもの。ぬらりひょんを下僕とし、さちはわたくしが愛でる人形とする。それがわたくしの望みですのよ」
あっけらかんと自らの欲望をさらす蓉子に、ぬらりひょんは怒りでどうにかなりそうだ。
「おぬし……どこまで欲が深いのだ」
「ええ。自覚してますわ。でも我慢できないのですもの。しかたないでしょう? でもね、あなた様が、わたくしに服従を誓うのなら、さちの待遇を考えてあげてもよろしくてよ?」
「どういう意味だ」
ぬらりひょんの問いに答えるよりも先に、蓉子は両手を合わせ、ぱんぱんと叩いた。
「さち、いらっしゃい。お客様がお待ちよ」
蓉子がさちを呼ぶと、しばらくして、お茶をもったさちが入室してきた。
「失礼致します。蓉子様」
「さち、お客様にお紅茶を……あら、お客様だけほうじ茶なの?」
さちがもったトレーには、蓉子が好む紅茶と、ぬらりひょんが頼んだほうじ茶がのっていた。
蓉子から笑みが消え、さちをぎろりとにらんだ。
「おもてなしなのですから、お客様と同じものにするのが礼儀でしょう? さちはそんなこともわからないの?」
「も、申し訳ございません。蓉子様はこのお紅茶がお好きなので……」
「いいわけするんじゃないの!」
蓉子は紅茶のカップをつかむと、さちに向かって投げつけた。小柄なさちの体に、淹れたての紅茶が容赦なくかけられる。中身がなくなったカップは床に落ちて砕けた。
「あっ!」
熱い紅茶を体にかぶったことで、さちは苦しそうに顔をゆがめた。
「やめよ! ほうじ茶を頼んだのはわしだ。さちはわしの望みを受けいれただけのこと」
「それが問題なのよ。さちがわたくしの命令にそむくことはあってはならない。さち、さっさとここをかたずけなさい!」
「はい、わかりました。蓉子様……」
紅茶で濡れた髪を拭くことすら許されず、さちは床にはいつくばるようにして、割れたカップを拾い集める。
「ああ、さち。足がお紅茶で汚れてしまったわ。先に拭いてちょうだい」
「はい、蓉子様」
蓉子の足元にひざまつくと、もっていた手拭いで、さちは丁寧に蓉子の足を拭いていく。料理を作るさちの瞳はあれほど輝いていたのに、今のさちの目は暗くよどんでいた。
哀れなさちを見ていられなくなったぬらりひょんは、そっと目をそらした。
「この通り、今のさちはわたくしの下僕も同然の扱いよ。使用人たちにも、これでもかと虐められているしね。でもね、ぬらりひょん。あなた様がわたくしに服従を誓ってひれ伏すならば、さちの待遇を良くしてあげてもよろしくてよ? わたくしの可愛い妹として良い服を着させ、不自由なく暮らさせてあげる。命令には従ってもらうけれど、今の生活よりずっと待遇は良くなるわ。どうかしら?」
さちは無言で蓉子の足を拭き続けている。今のさちには、物事を考えることさえもできない。
ぬらりひょんはしばし目を伏せたのち、ゆっくりと視線を蓉子に向けた。
「承知した……。で、わしはどうすれば良いのだ?」
高らかに笑った蓉子は愉快そうに、ぬらりひょんを指差した。
「そうね、まずはそこで、土下座でもしてくれるかしら。そしてわたくしにひれ伏すの。『これより蓉子様の下僕となります』とね」
ぬらりひょんとさちに固執している蓉子は、ふたりが自分の足元にひれ伏す姿を、見たくてたまらないのだ。
「わかった。それでさちが、穏やかに暮らせるならば従おう。その前に、さちに少しだけ話をさせてくれ。忘れものを渡したいのだ。おぬしの下僕となったら、さちにも会えぬだろうから」
蓉子に服従したあとは、さちの姿を見せつけるだけで、二度とふたりで会わせてもらえないことを、ぬらりひょんは理解していた。醜悪な悪女が考えそうなことだった。
「ふふ……。まぁ、いいわ。その代わり、さちと話をするのは、これで最後にしてもらう。そしてわたくしへは常に敬意もって話してちょうだい」
「かしこまりました。蓉子様」
蓉子様と呼んだぬらりひょんは腰を上げ、蓉子に向かって丁寧に頭を下げる。
ぬらりひょんがすべて自分の要求を受け入れたことで気を良くしたのか、蓉子は不気味に笑いながら、さちに次の命令を伝えた。
「さち、わたくしのお客様があなたと話をしたいそうよ。あちらに行って、聞いておあげなさい。ただし少しの間だけよ」
「はい、蓉子様……」
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