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みずいろの章 水樹
恋は切なく、危うく
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恋というものは、太陽の光の中で咲き誇る花々のように輝いていると思っていた。恋する人の傍にいられれば、それだけで十分に幸せなのだと思っていた。恋は無情な現実に歓びと希望を与えてくれる、美しい夢なのだと憧れていた。
けれど、現実はどうだろう。恋する桃子の傍にいたいばかりに、彼女の奥底の思いに気付いてしまった。桃子の隣にいられたら幸せだったはずなのに、彼女が自分を見てくれない現実に絶望している。
桃子の幸せだけを願えば、俺は黙って彼女を見守り続ければいいのだ。桃子と青葉が付き合えるように、俺が導いてやってもいいのかもしれない。
青葉と桃子。この二人なら間違いなく幸せになれるだろう。二人が笑顔で共に生きてくれれば、俺も嬉しい。桃子も青葉も、俺にとっては大切な人だから。
俺さえ、我慢すればいいんだ。俺だけが──。
「そんなの、無理だよ……。俺、そこまで大人じゃない……」
頭の中で幸せそうに寄り添そう青葉と桃子の姿が浮かぶ。それを想像するだけで、体が引き裂かれそうになるほど辛かった。
桃子が青葉のものになってしまったら、俺はふたりの幸せをずっと、傍で見守り続けなければいけないのだから。
桃子への思いを、永遠に封印しておくことなんて、できやしない。それほど桃子のことを好きになってしまった。彼女を失った人生なんて考えたくない。
「俺はなんて、小さい人間なんだろう……。なんで、桃子の幸せだけを願えないんだよ? 青葉のことを考えてやれないんだよ。たったひとりの兄弟なのに」
俺はなんて醜い人間なのだろう。
自己嫌悪で、頭がおかしくなりそうだった。
知らなかった。
美しい夢と思っていた恋が、こんなにも辛いものだとは。
大切な人を失いたくないという思いが強ければ強いほど、独占欲と嫉妬で気が狂いそうになる。
好きな人の幸せだけを願って、静かに身を引くなんて聖人君子のような真似は、今の俺にはできそうもない。
芹沢水樹という人間は、どこまで愚かで浅はかな存在なのだろう。いっそこの世から消えてしまいたいほど自分自身が嫌になる。
けれどこの世から去っていまえば、桃子や青葉、父さんや母さんとも、もう会えなくなる。そんなのは嫌だ。
どれだけ惨めでも、情けなくても生きていきたい。大好きな人たちの近くにいたい……。
悶々と悩み、苦しむ日々が続いた。どれだけ考えても、堂々巡りになるばかりで、答えが出てこない。
苦しくとも、桃子と青葉の前では気付かれないように、お調子者の水樹を装った。それがちっぽけで醜い人間の俺ができる、せめてもの気遣いだった。
「ねぇ、水樹。最近、悩んでることでもあるの?」
勘が鋭い桃子に、少し気付かれてしまったようだ。
「進路のことで、ちょっとね。俺だってお年頃だからさ、先々のことは気になるわけ」
学生らしい悩みを、さりげなく打ち明けた。これなら疑われない。本当のことなんて、言えるわけがない。
「進路ね……。たしかに私たちには避けては通れない悩みよね」
どうやら桃子は信じてくれたようだ。
「だろ? 俺は青葉ほど勉強できないから、もうちょっと気楽な学校に行きたいんだよね。でもどこがいいかっていうと、それがわからなくて……」
嘘ではない。本当のことだ。
もう青葉と同じ学校には行きたくなかった。青葉のことは好きだけど、これ以上比べられたり、まちがわれたくない。
「たしかに水樹と青葉は、別々の高校に行ったほうが、のびのびできるかもね」
「桃子はそう思ってるの?」
意外だった。俺と青葉、そして桃子も同じ学校へ行くことを望んでいると思ったから。
「だって水樹も青葉も、双子であることをあまり騒がれたくないんでしょ? だったら、高校は別のところを選んだほうが穏やかに過ごせると思う」
桃子は、俺と青葉のことをよくわかってるんだ。その気遣いと優しさが嬉しかった。
「私も高校は少し、自由な校風のところへ行こうと思ってるんだ。アルバイトもしたいし」
「桃子は青葉と同じ高校へ行きたいんじゃないの?」
「だって私、青葉ほど勉強が得意じゃないもん」
桃子はいたずらっぽく笑った。その笑顔は少し寂しそうで、ずきりと心が痛んだ。ああ、やっぱり桃子は青葉のことを……。
「じゃ、じゃあさ! 俺と桃子、一緒の高校へ行かない?」
「水樹と?」
痛む心をごまかすように口にした言葉だったが、名案のように思えた。
「俺も桃子と同じで勉強できないバカだしさ、この際だから一緒の高校へ進学しようぜ!」
「バカは余計でしょ。でも、それもいいかもね~」
桃子は楽しそうに笑っている。その笑顔は眩しく、秘かに悩み続ける俺という闇の心に明かりを灯してくれる、夜明けの光だった。
ああ、俺はやっぱり彼女が好きだ。桃子の傍にいることをあきらめたくない、自分の気持ちを伝えたい。桃子と一緒の高校へ行けたら、どれだけ嬉しいだろう?
「青葉とも進路のことは話してるんでしょ?」
「え? う、うん。少しは話してるよ」
「同じところを選ぶ必要はないけど、よく相談しておくといいかもよ。せっかく仲良くなったんだから」
「そうだね……」
桃子との会話で、ふと気づいた。
まずは青葉に、桃子へ告白することを相談してみてはどうだろうか?
青葉は桃子への気持ちに、おそらくまだ気付いていない。勉強と家のことで忙しいからでもあるけど、自分の中に、ほのかな恋心が芽生えていることを知らないのだろう。
ならば今、俺が桃子への気持ちを青葉に話したら、優しくて真面目なあいつの性格から考えて、あっさり引き下がるのではないだろうか?
自分の恋に気付いていない今の青葉なら、あいつに与える傷も少なくてすむ。
その後で桃子に告白して、もしもフラれたら、潔くあきらめよう。
その時はどれだけ辛くとも、青葉と桃子の仲を後押しするんだ。それぐらい愚かな俺にだって、できるはすだ。
青葉に桃子への気持ちを先に告げる。
それが青葉の気持ちを欺く行為に繋がるとも気付かず、俺はようやく導きだせた答えにすがってしまった。
どうしても桃子だけは、あきらめたくなかった。希望の光のように輝く彼女の隣に、ただいたかったのだ。
けれど、現実はどうだろう。恋する桃子の傍にいたいばかりに、彼女の奥底の思いに気付いてしまった。桃子の隣にいられたら幸せだったはずなのに、彼女が自分を見てくれない現実に絶望している。
桃子の幸せだけを願えば、俺は黙って彼女を見守り続ければいいのだ。桃子と青葉が付き合えるように、俺が導いてやってもいいのかもしれない。
青葉と桃子。この二人なら間違いなく幸せになれるだろう。二人が笑顔で共に生きてくれれば、俺も嬉しい。桃子も青葉も、俺にとっては大切な人だから。
俺さえ、我慢すればいいんだ。俺だけが──。
「そんなの、無理だよ……。俺、そこまで大人じゃない……」
頭の中で幸せそうに寄り添そう青葉と桃子の姿が浮かぶ。それを想像するだけで、体が引き裂かれそうになるほど辛かった。
桃子が青葉のものになってしまったら、俺はふたりの幸せをずっと、傍で見守り続けなければいけないのだから。
桃子への思いを、永遠に封印しておくことなんて、できやしない。それほど桃子のことを好きになってしまった。彼女を失った人生なんて考えたくない。
「俺はなんて、小さい人間なんだろう……。なんで、桃子の幸せだけを願えないんだよ? 青葉のことを考えてやれないんだよ。たったひとりの兄弟なのに」
俺はなんて醜い人間なのだろう。
自己嫌悪で、頭がおかしくなりそうだった。
知らなかった。
美しい夢と思っていた恋が、こんなにも辛いものだとは。
大切な人を失いたくないという思いが強ければ強いほど、独占欲と嫉妬で気が狂いそうになる。
好きな人の幸せだけを願って、静かに身を引くなんて聖人君子のような真似は、今の俺にはできそうもない。
芹沢水樹という人間は、どこまで愚かで浅はかな存在なのだろう。いっそこの世から消えてしまいたいほど自分自身が嫌になる。
けれどこの世から去っていまえば、桃子や青葉、父さんや母さんとも、もう会えなくなる。そんなのは嫌だ。
どれだけ惨めでも、情けなくても生きていきたい。大好きな人たちの近くにいたい……。
悶々と悩み、苦しむ日々が続いた。どれだけ考えても、堂々巡りになるばかりで、答えが出てこない。
苦しくとも、桃子と青葉の前では気付かれないように、お調子者の水樹を装った。それがちっぽけで醜い人間の俺ができる、せめてもの気遣いだった。
「ねぇ、水樹。最近、悩んでることでもあるの?」
勘が鋭い桃子に、少し気付かれてしまったようだ。
「進路のことで、ちょっとね。俺だってお年頃だからさ、先々のことは気になるわけ」
学生らしい悩みを、さりげなく打ち明けた。これなら疑われない。本当のことなんて、言えるわけがない。
「進路ね……。たしかに私たちには避けては通れない悩みよね」
どうやら桃子は信じてくれたようだ。
「だろ? 俺は青葉ほど勉強できないから、もうちょっと気楽な学校に行きたいんだよね。でもどこがいいかっていうと、それがわからなくて……」
嘘ではない。本当のことだ。
もう青葉と同じ学校には行きたくなかった。青葉のことは好きだけど、これ以上比べられたり、まちがわれたくない。
「たしかに水樹と青葉は、別々の高校に行ったほうが、のびのびできるかもね」
「桃子はそう思ってるの?」
意外だった。俺と青葉、そして桃子も同じ学校へ行くことを望んでいると思ったから。
「だって水樹も青葉も、双子であることをあまり騒がれたくないんでしょ? だったら、高校は別のところを選んだほうが穏やかに過ごせると思う」
桃子は、俺と青葉のことをよくわかってるんだ。その気遣いと優しさが嬉しかった。
「私も高校は少し、自由な校風のところへ行こうと思ってるんだ。アルバイトもしたいし」
「桃子は青葉と同じ高校へ行きたいんじゃないの?」
「だって私、青葉ほど勉強が得意じゃないもん」
桃子はいたずらっぽく笑った。その笑顔は少し寂しそうで、ずきりと心が痛んだ。ああ、やっぱり桃子は青葉のことを……。
「じゃ、じゃあさ! 俺と桃子、一緒の高校へ行かない?」
「水樹と?」
痛む心をごまかすように口にした言葉だったが、名案のように思えた。
「俺も桃子と同じで勉強できないバカだしさ、この際だから一緒の高校へ進学しようぜ!」
「バカは余計でしょ。でも、それもいいかもね~」
桃子は楽しそうに笑っている。その笑顔は眩しく、秘かに悩み続ける俺という闇の心に明かりを灯してくれる、夜明けの光だった。
ああ、俺はやっぱり彼女が好きだ。桃子の傍にいることをあきらめたくない、自分の気持ちを伝えたい。桃子と一緒の高校へ行けたら、どれだけ嬉しいだろう?
「青葉とも進路のことは話してるんでしょ?」
「え? う、うん。少しは話してるよ」
「同じところを選ぶ必要はないけど、よく相談しておくといいかもよ。せっかく仲良くなったんだから」
「そうだね……」
桃子との会話で、ふと気づいた。
まずは青葉に、桃子へ告白することを相談してみてはどうだろうか?
青葉は桃子への気持ちに、おそらくまだ気付いていない。勉強と家のことで忙しいからでもあるけど、自分の中に、ほのかな恋心が芽生えていることを知らないのだろう。
ならば今、俺が桃子への気持ちを青葉に話したら、優しくて真面目なあいつの性格から考えて、あっさり引き下がるのではないだろうか?
自分の恋に気付いていない今の青葉なら、あいつに与える傷も少なくてすむ。
その後で桃子に告白して、もしもフラれたら、潔くあきらめよう。
その時はどれだけ辛くとも、青葉と桃子の仲を後押しするんだ。それぐらい愚かな俺にだって、できるはすだ。
青葉に桃子への気持ちを先に告げる。
それが青葉の気持ちを欺く行為に繋がるとも気付かず、俺はようやく導きだせた答えにすがってしまった。
どうしても桃子だけは、あきらめたくなかった。希望の光のように輝く彼女の隣に、ただいたかったのだ。
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