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最終章 あおとみずいろと、あかいろと
ただひとつの願い
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「そう、そう。桃子さんのことを聞きたいんだったね」
話を少し変えたのが良かったのか、祖父は顔を上げて微笑んだ。
おじいちゃんが辛そうな顔をしていると、私まで悲しくなるもの。
「桃子さんは情が深い人だったけど、反面孤独感を抱えてる人でもあったねぇ」
「孤独……お母さんが?」
「桃子さんのお父さん、水樹にとっては義父にあたる人だけど、その人といろいろあったらしくてね……」
頷きながら、祖父の話を聞いた。
おじさんたちの話では、桃子お母さんの両親は離婚してたって聞いてる。
「あちらにもいろんな事情があっただろうから、あまり悪くは言いたくないけれど。桃子さんの葬儀も『そちらで処理していただければ』って聞いたときは、さすがに耳を疑ったね……」
「なにそれ。ひどすぎる……」
親に冷たい対応をされたら子どもは深く傷つく。存在を否定される気持ちになるもの。
「だからだろうね、桃子さんは常に家族愛に飢えているところがあった。朱里ちゃんのおばあちゃんによく会いに来たのも、今思えば『母親』という存在を恋しがっていたのだろうねぇ」
「そうだったんだ……」
お母さんは心の奥底で孤独を抱えていた。だからこそ、父である水樹と結婚したんだ。
「朱里ちゃんをお腹に宿したことも、それはそれは喜んでいてね。『立派なお母さんになりたいです』って、とてもはり切っていたよ」
「桃子お母さんは私が生まれること、そんなに楽しみにしていたの?」
「そうだよ。少しでも貯えが欲しいからって、妊娠中でも無理して働いていた。あのとき、仕事を休むように伝えていれば……。いや、あれはきっと、だれの責任でもないと思うんだ。だれかだけのせいにするのは辛すぎる」
おじいちゃんはそれ以上のことを言わなかった。
祖父にとっても、桃子お母さんの死は悲しく辛いことだったことがよくわかる気がした。
私が少しうつむいていると、おじいちゃんは私の片手にそっとふれた。
「朱里ちゃん、人の人生というものはね。時として誰も予想してなかったことが起こるものなんだよ。『ああしていればよかった』『こうしておけばよかった』と後で言うのは簡単だけれど、それができたらだれも苦しんだり、悲しんだりしない」
そうなのかもしれない。
十代の私は人生を語れるほど生きてはいないけれど、そんな私でも未来には何があるかわからないのだ。
桃子お母さんだって、産後すぐに亡くなるなんて未来は、想像したくもなかっただろう。
「朱里ちゃん。子ども愛する親が、心から願うことはなんだと思う?」
「え、なんだろう。健康とか?」
「それも正解だよ。朱里ちゃんは賢いねぇ。でもね、もうひとつあるんだ。それはね……」
祖父は私の手を、両手でしっかりとつつみこんだ。温かくて、優しい温もりだった。
「愛する我が子が、幸せであること。それだけが親の願いなんだよ」
「幸せであること……」
おじいちゃんは私の目をまっすぐに見つめながら、力強く告げた。大きな声ではないのに、頭の中に響いてくる。
不思議と目頭が熱くなるのを感じた。私は父と母の愛を、知らないはずなのに。
「桃子さんも朱里ちゃんが幸せになることを願っていたと思う。あの水樹だって、朱里ちゃんが日本で健やかに暮らせるようにと海外で頑張っていたんだ。あの子はちょっとまぁ、不器用すぎるけれどね。そして青葉も、朱里ちゃんが幸せになることだけを願っている」
「おじさんが……? でも青葉おじさんは私のために、何もかも犠牲にしてきたのに」
私の存在が、おじさんの二十代、三十代前半という貴重な青年期を潰してしまった。大切に愛してくれたと思うほど、おじさんに申し訳ないと思ってしまう。
「朱里ちゃんが青葉の負担になってると思ってるのかい? それはちょっと違うよ」
「でも私がいたから、おじさんは恋愛ひとつしてこれなかったのに」
祖父はゆっくりと首を左右に振り、私の手を優しくさすった。
「青葉はね、朱里ちゃんの存在に心を救われていたんだよ。なぜなら朱里ちゃんは、桃子さんがこの世に残したただひとりの娘で、宝物だったから」
「私が、宝物……?」
私が宝物だなんて、信じられない気がした。子どもを育てるのは簡単なことじゃないって、私だってわかるもの。
「青葉たちの話を聞いたのなら朱里ちゃんも知ってると思うけど。青葉も水樹も、桃子さんのことが好きだったんだよ。共に同じ女性を愛し、別々に苦しみ、人生の岐路に立たされた。そして、桃子さんが選んだのは水樹だった。誰にも言わないけど、青葉は心の奥底では傷ついていたんだと思うんだよ。それでも自分の気持ちに決着をつけて、水樹と桃子さんの結婚生活を応援することにした。三人それぞれで幸せになれるはずだったのに、桃子さんが突然亡くなって、青葉も水樹もこの世に絶望してしまった。水樹は半狂乱になったが、桃子さんの愛があの子を立ち直らせた。そして青葉は朱里ちゃんの存在に、心を救われたんだよ。朱里ちゃんを育てることで未来に希望を抱けるようになり、朱里ちゃんの存在に生きる意味を見出せるようになった」
おじいちゃんの言葉のひとつひとつが、私の心に静かに深く、染みこんでいく。おじさんに対する後ろめたさも罪悪感も、消えてはいないけれど、少しずつうすれていくのを感じていた。
「わたし、おじさんが幸せになるのを邪魔していたわけじゃないの……?」
ささやくように聞くと同時に、頬に涙がこぼれ落ちていく。
ああ、私はずっと、おじさんに対して心苦しくてたまらなかったんだ。
「青葉にとって朱里ちゃんは、本当の娘のようなものなんだよ。朱里ちゃんを見つめる青葉の眼差しは、幸福感で満たされていたからねぇ」
両の目からとめどなく涙があふれてくる。おじいちゃんの前で泣いたら駄目だと思うのに、もはや堪えることはできなかった。
私にとっても、おじさんの存在はたったひとつの希望だった。父も母の愛も知らない私を、本当の娘のように大切に育ててくれたのだから。
同じように、おじさんにとっても私の存在が救いだったのかもしれない。初恋の人である桃子お母さんを失い、双子の弟である父も海外へ行くことになってしまった。心にぽっかりと空いた穴を、私と生きることで少しでも埋めることができたのなら、これほど嬉しいことはない。
「青葉に対して申し訳ないと思う気持ちがあるなら。まずは朱里ちゃんが、幸せになることだよ。それが青葉への一番の恩返しなんだから」
「うん、うん……」
もはや言葉にならず、嗚咽しながら必死にうなずいた。
祖父は何も言わず、泣き続ける私の頭をずっと撫でてくれていた。
ああ、私はずっと泣きたかったんだ。自分の心の奥底の思いを全部さらけ出して。
「そう、そう。最後に朱里ちゃんに渡すものがあったんだ」
何かを急に思い出したように、おじいちゃんを両手をぽんと叩いた。
「会ったらすぐに渡そうと思っていたのに、つい忘れちゃって。年寄りは嫌だねぇ。すぐに記憶が飛んでしまうんだから。だって朱里ちゃんがあんまり可愛いもんだから。ええっと、どこにしまったっけ?」
どうやら私に渡すものがあるらしい。でもしまった場所を忘れてしまったみたいだ。
腕を組み、首を傾けて思い出そうとする祖父の仕草に、つい笑ってしまった。
「えーっと……」
「手伝おうか、おじいちゃん」
涙をハンカチでぬぐい取り、祖父の探し物を手伝うことにした。
「笑いねぇ。今思い出すから、ちょっと手伝ってくれる?」
「はい」
「えーっとね、えっと……。あ、そうだ、引き出しだ!」
ようやく思い出せたことが嬉しいようで、祖父はパチパチと軽く拍手をした。
「そこの引き出しの二段目にしまったと思うんだ。封筒なんだけど、あるかどうか朱里ちゃん見てくれる?」
祖父がベッドサイトのローチェストを指さしたので、歩いてチェストの前に行くと二段目の引き出しを開く。老眼鏡や手帳などに交じって、桃色の封筒を見つけることができた。
「おじいちゃん、これかな?」
桃色の色の封筒をそっと取り出すと、祖父に確認してもらうため、軽く掲げて見せた。
「そう、そう、それ! 朱里ちゃん、その封筒の宛名を見てごらん」
「宛名?」
言われるまま、封筒の宛名を確認する。宛先となる住所は何も書かれておらず、中央にうっすらと鉛筆で、「朱里へ」と書かれていた。
「おじいちゃん、これって……」
「それが朱里ちゃんに渡すものだよ。桃子さんが最後に書き残した手紙だ。入院していた病院の引き出しにしまわれていたんだ。担当の看護師さんが、あとで発見してくれたらしい。桃子さんは勘の鋭い人だったから、何かを感じ取っていたのかもしれないねぇ」
「わたしが、もらってもいいの?」
「もちろん。だって『朱里へ』って書いてあるだろう?」
「ありがとう、おじいちゃん」
お母さんのことを聞きたくて祖父のところへ来たけれど、手紙という思わぬ形で母の思いを受け取ることができたみたいだ。
「青葉にこの手紙を託そうと思ったこともあったけど、なぜかわたしが保管していなければいけない気がしていた。今思えば、朱里ちゃんにこの手紙を渡すために、ここまで生きてきたのかもしれないねぇ。最後の務めが終わって、ほっとしたよ」
安堵したような微笑みが日の光の中に溶けていき、祖父がそのまま消えていってしまう気がした。
「おじいちゃん、そんなこと言わないで、長生きして」
「ありがとう。でもおじいちゃんはもう十分生きたから。桃子さんの手紙は確かに渡したからね。おじいちゃんはちょっと疲れたから休んでもいいかな?」
「長居しちゃって、ごめんなさい。もう帰ります。おじいちゃん、また会いに来るからね」
祖父は満面の笑みを浮かべながら、私を見送ってくれた。
おじいちゃんに会いにきて良かった。
今度どうするかまだ決まってないけれど、心のわだかまりは確かに消えていたのを感じていた。
話を少し変えたのが良かったのか、祖父は顔を上げて微笑んだ。
おじいちゃんが辛そうな顔をしていると、私まで悲しくなるもの。
「桃子さんは情が深い人だったけど、反面孤独感を抱えてる人でもあったねぇ」
「孤独……お母さんが?」
「桃子さんのお父さん、水樹にとっては義父にあたる人だけど、その人といろいろあったらしくてね……」
頷きながら、祖父の話を聞いた。
おじさんたちの話では、桃子お母さんの両親は離婚してたって聞いてる。
「あちらにもいろんな事情があっただろうから、あまり悪くは言いたくないけれど。桃子さんの葬儀も『そちらで処理していただければ』って聞いたときは、さすがに耳を疑ったね……」
「なにそれ。ひどすぎる……」
親に冷たい対応をされたら子どもは深く傷つく。存在を否定される気持ちになるもの。
「だからだろうね、桃子さんは常に家族愛に飢えているところがあった。朱里ちゃんのおばあちゃんによく会いに来たのも、今思えば『母親』という存在を恋しがっていたのだろうねぇ」
「そうだったんだ……」
お母さんは心の奥底で孤独を抱えていた。だからこそ、父である水樹と結婚したんだ。
「朱里ちゃんをお腹に宿したことも、それはそれは喜んでいてね。『立派なお母さんになりたいです』って、とてもはり切っていたよ」
「桃子お母さんは私が生まれること、そんなに楽しみにしていたの?」
「そうだよ。少しでも貯えが欲しいからって、妊娠中でも無理して働いていた。あのとき、仕事を休むように伝えていれば……。いや、あれはきっと、だれの責任でもないと思うんだ。だれかだけのせいにするのは辛すぎる」
おじいちゃんはそれ以上のことを言わなかった。
祖父にとっても、桃子お母さんの死は悲しく辛いことだったことがよくわかる気がした。
私が少しうつむいていると、おじいちゃんは私の片手にそっとふれた。
「朱里ちゃん、人の人生というものはね。時として誰も予想してなかったことが起こるものなんだよ。『ああしていればよかった』『こうしておけばよかった』と後で言うのは簡単だけれど、それができたらだれも苦しんだり、悲しんだりしない」
そうなのかもしれない。
十代の私は人生を語れるほど生きてはいないけれど、そんな私でも未来には何があるかわからないのだ。
桃子お母さんだって、産後すぐに亡くなるなんて未来は、想像したくもなかっただろう。
「朱里ちゃん。子ども愛する親が、心から願うことはなんだと思う?」
「え、なんだろう。健康とか?」
「それも正解だよ。朱里ちゃんは賢いねぇ。でもね、もうひとつあるんだ。それはね……」
祖父は私の手を、両手でしっかりとつつみこんだ。温かくて、優しい温もりだった。
「愛する我が子が、幸せであること。それだけが親の願いなんだよ」
「幸せであること……」
おじいちゃんは私の目をまっすぐに見つめながら、力強く告げた。大きな声ではないのに、頭の中に響いてくる。
不思議と目頭が熱くなるのを感じた。私は父と母の愛を、知らないはずなのに。
「桃子さんも朱里ちゃんが幸せになることを願っていたと思う。あの水樹だって、朱里ちゃんが日本で健やかに暮らせるようにと海外で頑張っていたんだ。あの子はちょっとまぁ、不器用すぎるけれどね。そして青葉も、朱里ちゃんが幸せになることだけを願っている」
「おじさんが……? でも青葉おじさんは私のために、何もかも犠牲にしてきたのに」
私の存在が、おじさんの二十代、三十代前半という貴重な青年期を潰してしまった。大切に愛してくれたと思うほど、おじさんに申し訳ないと思ってしまう。
「朱里ちゃんが青葉の負担になってると思ってるのかい? それはちょっと違うよ」
「でも私がいたから、おじさんは恋愛ひとつしてこれなかったのに」
祖父はゆっくりと首を左右に振り、私の手を優しくさすった。
「青葉はね、朱里ちゃんの存在に心を救われていたんだよ。なぜなら朱里ちゃんは、桃子さんがこの世に残したただひとりの娘で、宝物だったから」
「私が、宝物……?」
私が宝物だなんて、信じられない気がした。子どもを育てるのは簡単なことじゃないって、私だってわかるもの。
「青葉たちの話を聞いたのなら朱里ちゃんも知ってると思うけど。青葉も水樹も、桃子さんのことが好きだったんだよ。共に同じ女性を愛し、別々に苦しみ、人生の岐路に立たされた。そして、桃子さんが選んだのは水樹だった。誰にも言わないけど、青葉は心の奥底では傷ついていたんだと思うんだよ。それでも自分の気持ちに決着をつけて、水樹と桃子さんの結婚生活を応援することにした。三人それぞれで幸せになれるはずだったのに、桃子さんが突然亡くなって、青葉も水樹もこの世に絶望してしまった。水樹は半狂乱になったが、桃子さんの愛があの子を立ち直らせた。そして青葉は朱里ちゃんの存在に、心を救われたんだよ。朱里ちゃんを育てることで未来に希望を抱けるようになり、朱里ちゃんの存在に生きる意味を見出せるようになった」
おじいちゃんの言葉のひとつひとつが、私の心に静かに深く、染みこんでいく。おじさんに対する後ろめたさも罪悪感も、消えてはいないけれど、少しずつうすれていくのを感じていた。
「わたし、おじさんが幸せになるのを邪魔していたわけじゃないの……?」
ささやくように聞くと同時に、頬に涙がこぼれ落ちていく。
ああ、私はずっと、おじさんに対して心苦しくてたまらなかったんだ。
「青葉にとって朱里ちゃんは、本当の娘のようなものなんだよ。朱里ちゃんを見つめる青葉の眼差しは、幸福感で満たされていたからねぇ」
両の目からとめどなく涙があふれてくる。おじいちゃんの前で泣いたら駄目だと思うのに、もはや堪えることはできなかった。
私にとっても、おじさんの存在はたったひとつの希望だった。父も母の愛も知らない私を、本当の娘のように大切に育ててくれたのだから。
同じように、おじさんにとっても私の存在が救いだったのかもしれない。初恋の人である桃子お母さんを失い、双子の弟である父も海外へ行くことになってしまった。心にぽっかりと空いた穴を、私と生きることで少しでも埋めることができたのなら、これほど嬉しいことはない。
「青葉に対して申し訳ないと思う気持ちがあるなら。まずは朱里ちゃんが、幸せになることだよ。それが青葉への一番の恩返しなんだから」
「うん、うん……」
もはや言葉にならず、嗚咽しながら必死にうなずいた。
祖父は何も言わず、泣き続ける私の頭をずっと撫でてくれていた。
ああ、私はずっと泣きたかったんだ。自分の心の奥底の思いを全部さらけ出して。
「そう、そう。最後に朱里ちゃんに渡すものがあったんだ」
何かを急に思い出したように、おじいちゃんを両手をぽんと叩いた。
「会ったらすぐに渡そうと思っていたのに、つい忘れちゃって。年寄りは嫌だねぇ。すぐに記憶が飛んでしまうんだから。だって朱里ちゃんがあんまり可愛いもんだから。ええっと、どこにしまったっけ?」
どうやら私に渡すものがあるらしい。でもしまった場所を忘れてしまったみたいだ。
腕を組み、首を傾けて思い出そうとする祖父の仕草に、つい笑ってしまった。
「えーっと……」
「手伝おうか、おじいちゃん」
涙をハンカチでぬぐい取り、祖父の探し物を手伝うことにした。
「笑いねぇ。今思い出すから、ちょっと手伝ってくれる?」
「はい」
「えーっとね、えっと……。あ、そうだ、引き出しだ!」
ようやく思い出せたことが嬉しいようで、祖父はパチパチと軽く拍手をした。
「そこの引き出しの二段目にしまったと思うんだ。封筒なんだけど、あるかどうか朱里ちゃん見てくれる?」
祖父がベッドサイトのローチェストを指さしたので、歩いてチェストの前に行くと二段目の引き出しを開く。老眼鏡や手帳などに交じって、桃色の封筒を見つけることができた。
「おじいちゃん、これかな?」
桃色の色の封筒をそっと取り出すと、祖父に確認してもらうため、軽く掲げて見せた。
「そう、そう、それ! 朱里ちゃん、その封筒の宛名を見てごらん」
「宛名?」
言われるまま、封筒の宛名を確認する。宛先となる住所は何も書かれておらず、中央にうっすらと鉛筆で、「朱里へ」と書かれていた。
「おじいちゃん、これって……」
「それが朱里ちゃんに渡すものだよ。桃子さんが最後に書き残した手紙だ。入院していた病院の引き出しにしまわれていたんだ。担当の看護師さんが、あとで発見してくれたらしい。桃子さんは勘の鋭い人だったから、何かを感じ取っていたのかもしれないねぇ」
「わたしが、もらってもいいの?」
「もちろん。だって『朱里へ』って書いてあるだろう?」
「ありがとう、おじいちゃん」
お母さんのことを聞きたくて祖父のところへ来たけれど、手紙という思わぬ形で母の思いを受け取ることができたみたいだ。
「青葉にこの手紙を託そうと思ったこともあったけど、なぜかわたしが保管していなければいけない気がしていた。今思えば、朱里ちゃんにこの手紙を渡すために、ここまで生きてきたのかもしれないねぇ。最後の務めが終わって、ほっとしたよ」
安堵したような微笑みが日の光の中に溶けていき、祖父がそのまま消えていってしまう気がした。
「おじいちゃん、そんなこと言わないで、長生きして」
「ありがとう。でもおじいちゃんはもう十分生きたから。桃子さんの手紙は確かに渡したからね。おじいちゃんはちょっと疲れたから休んでもいいかな?」
「長居しちゃって、ごめんなさい。もう帰ります。おじいちゃん、また会いに来るからね」
祖父は満面の笑みを浮かべながら、私を見送ってくれた。
おじいちゃんに会いにきて良かった。
今度どうするかまだ決まってないけれど、心のわだかまりは確かに消えていたのを感じていた。
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