あおとみずいろと、あかいろと

蒼真まこ

文字の大きさ
63 / 70
最終章 あおとみずいろと、あかいろと

母の思いを受けとる

しおりを挟む
 祖父の部屋を出ると、受け取った手紙を見つめた。
 鉛筆で書かれた「朱里へ」という文字は、今にも消えそうになっている。それでも一切よれてないから、これまで祖父は大切に保管してくれたのだろう。いずれ私が受け取りにくると思って。

「ありがとう、お母さん。ありがとう、おじいちゃん。手紙は確かに受け取りました」

 すぐに読みたい気持ちはあったけれど、カバンの中にそっとしまった。平常心で読める自信はなかったし、大切な手紙だからこそ自分の部屋で開封したかったから。

 おじいちゃんの介護施設を出たところで、海斗にSNSで連絡をとった。

『おじいちゃんとの話、終わったよ。今どこにいますか?』

 すぐに既読がつき、まもなく返事が届いた。

『迎えに行くから、ちょっと待ってて。ちゃんとわかるところにいてくれよ』

 送信してすぐに既読になったということは、海斗は私からの連絡をずっと待っていたみたいだ。

「海斗ってば、過保護な保護者みたい」

 小さく笑いながら、『OK』というスタンプを送っておいた。

 施設前のバス停付近で待っていると、走ってくる海斗の姿が見えた。慌てる必要はないのに、ずいぶんと急いでいる様子だ。私の前にたどり着くと、ぜぃぜぃと苦しげに呼吸をしている。

「急いで来なくても大丈夫なのに。バスの時間まで余裕もあるし」

 背中をさすってあげると、海斗はゆっくりと呼吸を整えてから口を開けた。

「おまえがまた泣いてるかもしんないと思って、急いで来てやったんだよ」
「私のこと、心配してくれてたの?」
「あったりまえだろ。でなきゃ、こんなところまでついてくるかよ……」

 私がまたひとりで泣いてると思って、海斗は息せき切って走ってきたんだ。

「海斗は心配性だなぁ。私なら大丈夫だよ」

 おじいちゃんの部屋で泣いてしまったことは、海斗には黙っておいた。海斗にこれ以上心配させたくなかったし、悲しい涙ではないから、きっと問題ないだろう。

「大丈夫って言うわりに、朱里の目が赤くなってる気がするんだけど」

 どきっとした。
 海斗ってば、意外とするどい。

「えっとね。意外なものを受けとったから、ちょっと感動しちゃって」
「感動? じゃあ、悲しくて泣いたわけじゃないんだな?」
「うん、そこは大丈夫」
「なら良かった……」

 海斗は心底ほっとしたように胸をなでおろし、にかっと笑った。眩しいほど、さわやかな笑顔だった。
 再び、どきっとしてしまった。先程とは違い、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。おまけに顔まで火照ってきて、慌てて下を向いた。

「海斗、かっこよくなりすぎだよ……」

 彼に聞こえないように、ひとり言ちた。
 海斗が私のことを心配してくれるのは嬉しいし、すごくありがたい。
 でもそのたびにときめいていたら、私の心臓はどこまで耐えてくれるのだろう?

「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないよ。あっ、バスが来た!」

 赤くなってるだろう顔をごまかすため、わざとらしくバスを指さした。

「ちがうって。あれは逆方向のバスだよ」
「そ、そっか。私ってば、あわてんぼうだね」
「朱里って、しっかりしてるように見えて、案外ドジっ子だよな」
「え、それちょっとヒドイ。私はしっかりしてますよぅ~」
「しっかり者というより、天然系だな」

 海斗との会話を楽しんでいると、高鳴っていた心臓も、少し前まで流していた涙も、彼の優しさと共に青い空に溶けていく気がする。
 海斗がいてくれてよかった。

「おじいちゃんからね、『朱里へ』って手紙を受け取ったんだ。お母さんの最後の手紙みたい。後でひとりで読んでみようって思う」

 さらりと、海斗へ今日の報告をした。
 私のことを心配してくれているのだから、ちゃんと伝えておかないとね。

「そうか。ならここに来た甲斐があったってことだな。手紙を読んで、話したいことがあったらまた教えてくれ。話したくなかったら別にいいから」
「うん、ありがとう」
「お、今度こそバスが来たみたいだな」

 最寄りの駅に向かうバスが、私たちがいるバス停に向かってくるのが見えた。
 海斗と共にバスに乗り込みながら、今日という日を忘れないようにしておこうと思った。


  *


 海斗とは家の近くで別れ、私はおじさんが待つ家へと帰ってきた。
 慣れ親しんだキッチンに行くと、おじさんはテーブルで読書をしていたらしく、本から静かに顔をあげた。

「おかえり、朱里」

 おじさんはいつも通り、穏やかな微笑みで迎えてくれた。おじさんの顔を見るたび、ああ、家に帰ってきたんだって実感する。

「ただいま、おじさん」
「海斗くんと一緒だったんだろう? あがってもらえば良かったのに」
「海斗はもう帰るから……って、おじさん。なんで海斗と一緒だったって知ってるの?」
「朱里が家を出た後、海斗くんが後ろをついていくのが見えたからね。朱里のことを心配してたんだろうね。案外心配性だね、あの子は」

 ふふふと楽しそうに笑うおじさんの表情は、おじいちゃんに似ている気がした。親子だから当然だけれど、なぜだか少し嬉しかった。

「あと少ししたら夕飯にするからね」
「私も手伝うね、おじさん。とりあえず部屋で休んでくる」
「そうしなさい」

 自分の部屋へと向かいながら、おじさんが何も聞いてこない理由を考えていた。
 以前のおじさんは過保護なほど私のことを心配していたけれど、最近はそこまで気にしていない様子だ。
 あえて私と少し距離をおくようにしているのかもしれない。私の負担にならないように。直接聞いたわけではないけど、おじさんらしい大人の気遣いだと思った。

「私も考えていかないとね。自分の幸せってものを」

 私が幸せになること。
 それがおじさんへの恩返しに繋がると、おじいちゃんが教えてくれたから。


 上着をクローゼットにしまうと、カバンの中からお母さんの手紙を取り出した。
 桃色の封筒は色が少し薄くなっているみたいで、年月の経過を感じた。中身がちゃんと読めるといいのだけれど。
 
 手洗いを済ませ、ゆっくりと呼吸を整える。きちんと心を落ち着かせてから、手紙を開封したかったのだ。

「お母さん、手紙を読ませてもらいますね」

 中身を切ってしまわないように、慎重に手紙の封を切った。




 





 
 





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

処理中です...