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最終章 あおとみずいろと、あかいろと
母の思いを受けとる
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祖父の部屋を出ると、受け取った手紙を見つめた。
鉛筆で書かれた「朱里へ」という文字は、今にも消えそうになっている。それでも一切よれてないから、これまで祖父は大切に保管してくれたのだろう。いずれ私が受け取りにくると思って。
「ありがとう、お母さん。ありがとう、おじいちゃん。手紙は確かに受け取りました」
すぐに読みたい気持ちはあったけれど、カバンの中にそっとしまった。平常心で読める自信はなかったし、大切な手紙だからこそ自分の部屋で開封したかったから。
おじいちゃんの介護施設を出たところで、海斗にSNSで連絡をとった。
『おじいちゃんとの話、終わったよ。今どこにいますか?』
すぐに既読がつき、まもなく返事が届いた。
『迎えに行くから、ちょっと待ってて。ちゃんとわかるところにいてくれよ』
送信してすぐに既読になったということは、海斗は私からの連絡をずっと待っていたみたいだ。
「海斗ってば、過保護な保護者みたい」
小さく笑いながら、『OK』というスタンプを送っておいた。
施設前のバス停付近で待っていると、走ってくる海斗の姿が見えた。慌てる必要はないのに、ずいぶんと急いでいる様子だ。私の前にたどり着くと、ぜぃぜぃと苦しげに呼吸をしている。
「急いで来なくても大丈夫なのに。バスの時間まで余裕もあるし」
背中をさすってあげると、海斗はゆっくりと呼吸を整えてから口を開けた。
「おまえがまた泣いてるかもしんないと思って、急いで来てやったんだよ」
「私のこと、心配してくれてたの?」
「あったりまえだろ。でなきゃ、こんなところまでついてくるかよ……」
私がまたひとりで泣いてると思って、海斗は息せき切って走ってきたんだ。
「海斗は心配性だなぁ。私なら大丈夫だよ」
おじいちゃんの部屋で泣いてしまったことは、海斗には黙っておいた。海斗にこれ以上心配させたくなかったし、悲しい涙ではないから、きっと問題ないだろう。
「大丈夫って言うわりに、朱里の目が赤くなってる気がするんだけど」
どきっとした。
海斗ってば、意外とするどい。
「えっとね。意外なものを受けとったから、ちょっと感動しちゃって」
「感動? じゃあ、悲しくて泣いたわけじゃないんだな?」
「うん、そこは大丈夫」
「なら良かった……」
海斗は心底ほっとしたように胸をなでおろし、にかっと笑った。眩しいほど、さわやかな笑顔だった。
再び、どきっとしてしまった。先程とは違い、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。おまけに顔まで火照ってきて、慌てて下を向いた。
「海斗、かっこよくなりすぎだよ……」
彼に聞こえないように、ひとり言ちた。
海斗が私のことを心配してくれるのは嬉しいし、すごくありがたい。
でもそのたびにときめいていたら、私の心臓はどこまで耐えてくれるのだろう?
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないよ。あっ、バスが来た!」
赤くなってるだろう顔をごまかすため、わざとらしくバスを指さした。
「ちがうって。あれは逆方向のバスだよ」
「そ、そっか。私ってば、あわてんぼうだね」
「朱里って、しっかりしてるように見えて、案外ドジっ子だよな」
「え、それちょっとヒドイ。私はしっかりしてますよぅ~」
「しっかり者というより、天然系だな」
海斗との会話を楽しんでいると、高鳴っていた心臓も、少し前まで流していた涙も、彼の優しさと共に青い空に溶けていく気がする。
海斗がいてくれてよかった。
「おじいちゃんからね、『朱里へ』って手紙を受け取ったんだ。お母さんの最後の手紙みたい。後でひとりで読んでみようって思う」
さらりと、海斗へ今日の報告をした。
私のことを心配してくれているのだから、ちゃんと伝えておかないとね。
「そうか。ならここに来た甲斐があったってことだな。手紙を読んで、話したいことがあったらまた教えてくれ。話したくなかったら別にいいから」
「うん、ありがとう」
「お、今度こそバスが来たみたいだな」
最寄りの駅に向かうバスが、私たちがいるバス停に向かってくるのが見えた。
海斗と共にバスに乗り込みながら、今日という日を忘れないようにしておこうと思った。
*
海斗とは家の近くで別れ、私はおじさんが待つ家へと帰ってきた。
慣れ親しんだキッチンに行くと、おじさんはテーブルで読書をしていたらしく、本から静かに顔をあげた。
「おかえり、朱里」
おじさんはいつも通り、穏やかな微笑みで迎えてくれた。おじさんの顔を見るたび、ああ、家に帰ってきたんだって実感する。
「ただいま、おじさん」
「海斗くんと一緒だったんだろう? あがってもらえば良かったのに」
「海斗はもう帰るから……って、おじさん。なんで海斗と一緒だったって知ってるの?」
「朱里が家を出た後、海斗くんが後ろをついていくのが見えたからね。朱里のことを心配してたんだろうね。案外心配性だね、あの子は」
ふふふと楽しそうに笑うおじさんの表情は、おじいちゃんに似ている気がした。親子だから当然だけれど、なぜだか少し嬉しかった。
「あと少ししたら夕飯にするからね」
「私も手伝うね、おじさん。とりあえず部屋で休んでくる」
「そうしなさい」
自分の部屋へと向かいながら、おじさんが何も聞いてこない理由を考えていた。
以前のおじさんは過保護なほど私のことを心配していたけれど、最近はそこまで気にしていない様子だ。
あえて私と少し距離をおくようにしているのかもしれない。私の負担にならないように。直接聞いたわけではないけど、おじさんらしい大人の気遣いだと思った。
「私も考えていかないとね。自分の幸せってものを」
私が幸せになること。
それがおじさんへの恩返しに繋がると、おじいちゃんが教えてくれたから。
上着をクローゼットにしまうと、カバンの中からお母さんの手紙を取り出した。
桃色の封筒は色が少し薄くなっているみたいで、年月の経過を感じた。中身がちゃんと読めるといいのだけれど。
手洗いを済ませ、ゆっくりと呼吸を整える。きちんと心を落ち着かせてから、手紙を開封したかったのだ。
「お母さん、手紙を読ませてもらいますね」
中身を切ってしまわないように、慎重に手紙の封を切った。
鉛筆で書かれた「朱里へ」という文字は、今にも消えそうになっている。それでも一切よれてないから、これまで祖父は大切に保管してくれたのだろう。いずれ私が受け取りにくると思って。
「ありがとう、お母さん。ありがとう、おじいちゃん。手紙は確かに受け取りました」
すぐに読みたい気持ちはあったけれど、カバンの中にそっとしまった。平常心で読める自信はなかったし、大切な手紙だからこそ自分の部屋で開封したかったから。
おじいちゃんの介護施設を出たところで、海斗にSNSで連絡をとった。
『おじいちゃんとの話、終わったよ。今どこにいますか?』
すぐに既読がつき、まもなく返事が届いた。
『迎えに行くから、ちょっと待ってて。ちゃんとわかるところにいてくれよ』
送信してすぐに既読になったということは、海斗は私からの連絡をずっと待っていたみたいだ。
「海斗ってば、過保護な保護者みたい」
小さく笑いながら、『OK』というスタンプを送っておいた。
施設前のバス停付近で待っていると、走ってくる海斗の姿が見えた。慌てる必要はないのに、ずいぶんと急いでいる様子だ。私の前にたどり着くと、ぜぃぜぃと苦しげに呼吸をしている。
「急いで来なくても大丈夫なのに。バスの時間まで余裕もあるし」
背中をさすってあげると、海斗はゆっくりと呼吸を整えてから口を開けた。
「おまえがまた泣いてるかもしんないと思って、急いで来てやったんだよ」
「私のこと、心配してくれてたの?」
「あったりまえだろ。でなきゃ、こんなところまでついてくるかよ……」
私がまたひとりで泣いてると思って、海斗は息せき切って走ってきたんだ。
「海斗は心配性だなぁ。私なら大丈夫だよ」
おじいちゃんの部屋で泣いてしまったことは、海斗には黙っておいた。海斗にこれ以上心配させたくなかったし、悲しい涙ではないから、きっと問題ないだろう。
「大丈夫って言うわりに、朱里の目が赤くなってる気がするんだけど」
どきっとした。
海斗ってば、意外とするどい。
「えっとね。意外なものを受けとったから、ちょっと感動しちゃって」
「感動? じゃあ、悲しくて泣いたわけじゃないんだな?」
「うん、そこは大丈夫」
「なら良かった……」
海斗は心底ほっとしたように胸をなでおろし、にかっと笑った。眩しいほど、さわやかな笑顔だった。
再び、どきっとしてしまった。先程とは違い、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。おまけに顔まで火照ってきて、慌てて下を向いた。
「海斗、かっこよくなりすぎだよ……」
彼に聞こえないように、ひとり言ちた。
海斗が私のことを心配してくれるのは嬉しいし、すごくありがたい。
でもそのたびにときめいていたら、私の心臓はどこまで耐えてくれるのだろう?
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないよ。あっ、バスが来た!」
赤くなってるだろう顔をごまかすため、わざとらしくバスを指さした。
「ちがうって。あれは逆方向のバスだよ」
「そ、そっか。私ってば、あわてんぼうだね」
「朱里って、しっかりしてるように見えて、案外ドジっ子だよな」
「え、それちょっとヒドイ。私はしっかりしてますよぅ~」
「しっかり者というより、天然系だな」
海斗との会話を楽しんでいると、高鳴っていた心臓も、少し前まで流していた涙も、彼の優しさと共に青い空に溶けていく気がする。
海斗がいてくれてよかった。
「おじいちゃんからね、『朱里へ』って手紙を受け取ったんだ。お母さんの最後の手紙みたい。後でひとりで読んでみようって思う」
さらりと、海斗へ今日の報告をした。
私のことを心配してくれているのだから、ちゃんと伝えておかないとね。
「そうか。ならここに来た甲斐があったってことだな。手紙を読んで、話したいことがあったらまた教えてくれ。話したくなかったら別にいいから」
「うん、ありがとう」
「お、今度こそバスが来たみたいだな」
最寄りの駅に向かうバスが、私たちがいるバス停に向かってくるのが見えた。
海斗と共にバスに乗り込みながら、今日という日を忘れないようにしておこうと思った。
*
海斗とは家の近くで別れ、私はおじさんが待つ家へと帰ってきた。
慣れ親しんだキッチンに行くと、おじさんはテーブルで読書をしていたらしく、本から静かに顔をあげた。
「おかえり、朱里」
おじさんはいつも通り、穏やかな微笑みで迎えてくれた。おじさんの顔を見るたび、ああ、家に帰ってきたんだって実感する。
「ただいま、おじさん」
「海斗くんと一緒だったんだろう? あがってもらえば良かったのに」
「海斗はもう帰るから……って、おじさん。なんで海斗と一緒だったって知ってるの?」
「朱里が家を出た後、海斗くんが後ろをついていくのが見えたからね。朱里のことを心配してたんだろうね。案外心配性だね、あの子は」
ふふふと楽しそうに笑うおじさんの表情は、おじいちゃんに似ている気がした。親子だから当然だけれど、なぜだか少し嬉しかった。
「あと少ししたら夕飯にするからね」
「私も手伝うね、おじさん。とりあえず部屋で休んでくる」
「そうしなさい」
自分の部屋へと向かいながら、おじさんが何も聞いてこない理由を考えていた。
以前のおじさんは過保護なほど私のことを心配していたけれど、最近はそこまで気にしていない様子だ。
あえて私と少し距離をおくようにしているのかもしれない。私の負担にならないように。直接聞いたわけではないけど、おじさんらしい大人の気遣いだと思った。
「私も考えていかないとね。自分の幸せってものを」
私が幸せになること。
それがおじさんへの恩返しに繋がると、おじいちゃんが教えてくれたから。
上着をクローゼットにしまうと、カバンの中からお母さんの手紙を取り出した。
桃色の封筒は色が少し薄くなっているみたいで、年月の経過を感じた。中身がちゃんと読めるといいのだけれど。
手洗いを済ませ、ゆっくりと呼吸を整える。きちんと心を落ち着かせてから、手紙を開封したかったのだ。
「お母さん、手紙を読ませてもらいますね」
中身を切ってしまわないように、慎重に手紙の封を切った。
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