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最終章 あおとみずいろと、あかいろと
十五年間分の写真
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一週間後、おじさんから連絡を受けた父が芹沢家にやってきた。
戸惑っているのか、遠慮がちに私の顔をちらちらと見てくる。なかなか家にあがろうとしないので、しかたなく声をかけた。
「お父さん、いらっしゃい。どうぞ中に入って」
「お父さん」と、呼んだ。
まだ呼び慣れなくて、はずかしい気がする。
「朱里……。ありがとう、お邪魔します」
父は軽く鼻をすすり、目元をこする。
私が涙ぼろいところは、父に似たのかもしれない。
「お父さん、おじさん。話があります」
父とおじさんは、じっと見つめている。
今度は私がふたりに向き合って、話をする番が来たのだ。
「わかったよ、朱里」
おじさんは変わらず、優しい微笑みで私を見つめている。
「いろいろと悩ませて悪かったな。しばらくしたら、また海外に戻るから」
父は目を細め、悲しげに笑った。
居間で話すことにした私たちは、静かに腰を下ろした。
父とおじさんは横に並ぶ形で、私の反対側に座った。
おじさんは正座して、お父さんはあぐらをかいて座っている。顔はよく似ているのに、こんなところにも性格の違いが表れている。
「おじさん、お父さん。昔のことを全部話してくれてありがとう。私の思ったことを話すね」
ふたりの視線を感じながら、軽く深呼吸をする。
「お父さんにも、いろんな事情があることはよくわかりました。それでも、お父さんのことは許せないって気がする。だって私、お父さんのこと、何ひとつ知らなかったんだもの。お父さんだってそうでしょ? 私のこと、何も知らない。親子なのに十五年も離れていたんだから当然だよね。十五年の空白は簡単には埋められない。だから私、考えたの」
お父さんの顔をじっと見つめる。
おじさんによく似た、けれど性格が違う、おじさんの双子の弟。そして私の父親だ。
「お父さんは写真家でしょ? 会えなかった十五年間分の、私の写真を撮ってほしいの。私が小さい頃の写真はもう撮れないけど、これからの私なら写真を撮れるでしょう? そうして会えなかった十五年間分のうめ合わせをしてくれたら、私はあなたのことを『お父さん』として認めたいって思う」
それは意地っ張りな私の、最大の譲歩だった。
海斗が聞いたら、「朱里らしいよ」って笑うかな?
おじさんもお父さんも、目を丸くしたまま私を見ている。
驚いた表情は子供みたいで、くすりと笑いたくなるぐらい、ふたりはよく似ていていた。きっと十代の頃はもっとそっくりだったんだろう。
お母さんはそんなふたりを愛したのだ。
「会えなかった十五年間分の写真を、これから撮っていくことが、俺ができる朱里への償いってわけか……」
父の言葉に、私は黙ったままうなずいた。
父を許します、と言葉にするのは簡単だ。けれど心のどこかに、父を許せないという気持ちがくすぶっている。それはきっと、すぐに消えていくものではない。
ならば父にできる形で、償ってもらおうと思ったのだ。普通の父娘なら、たくさんの写真を撮るだろうから。
幼い頃の私の写真を撮ることはもうできないけれど、これからの私なら撮っていけるもの。
「そう来るか……。まさかそんな答えがもらえるとは予想もしていなかったよ……」
父は目頭を抑え、下を向いている。
泣いているのかもしれない。
「泣かないで」と言うつもりはなかった。私だって何度も泣いて、苦しんだのだから。
「十五年間分の写真を水樹に撮ってもらうこと。それが朱里が出した答えなんだね」
おじさんは変わらぬ姿で優しく微笑んでいたけれど、その目には涙がきらりと光っているように見えた。
「おじいちゃんから、お母さんが最後に書き残した手紙を受け取ったの。お母さんは私が幸せになることを願っていた。だから私が幸福になれる道を選んだつもり。誰かを恨み続けていくのは辛いし、幸せにはなれないと思うから」
「そうか……。朱里は成長したね。びっくりするぐらいだ」
「えっ、そうかな?」
突然おじさんにほめられて、なんだかくすぐったい。
成長したかどうかはわからないけど、気持ちは晴れやかだった。
「ほら、水樹。泣いてないで、朱里に答えてやれよ」
うつむいたまま肩を震わせている父の肩を、おじさんが軽く叩く。
それが合図とでもいうように、父は急に顔をあげた。
「朱里、よくわかったよ。一年が365日で毎日写真を撮ったとして。十五年間分で五千枚以上になるかな。うん、早速撮り始めるぞ」
今度は私が目を丸くする番だった。
ご、五千枚?
「ちょ、ちょっと待って。十五年分の写真を撮って、確かに言ったけど。五千枚以上なんてさすがに無理でしょ? それにどんな親子でも、毎日は写真を撮らないだろうし」
「そうだそ、水樹。五千枚以上の写真なんて、どれだけ時間が必要だと思ってるんだ?」
「おじさんの言う通りだよ。一般的な親子が撮るぐらいの写真でいいってば。十五年間毎日写真を撮り続ける父親なんて、いないでしょ?」
頼んだのは私だけど、予想を超える枚数の写真を撮るつもりの父を、慌てて止めようとした。
「おまえら、プロの写真家なめてるだろ? 無茶ぶりしてくるクライアントなんて山ほどいるし、良い写真を撮るためなら、どんな苦労でもやり通すのがプロってもんだ。五千枚どころか、一万枚だって撮ってやるっ!」
私の言葉が、父のプロ魂に火をつけてしまったことに気づいた。けれども、すでに時遅し。
「朱里の写真なら、いくらでも撮ってやるさ。おまえの彼氏より、ずうっといい写真を撮るぞ。のほほんとした顔のアイツが、『参りました』って言うぐらいのやつをな!」
海斗を異様にライバル視しながら、写真を撮ることに闘志を燃やしている。本気で五千枚、ううん、あの勢いなら一万枚だって撮りそうだ。
ひぇぇ……ど、どうしよう?
助けを求めるようにおじさんに視線を送ったが、おじさんは苦笑いを浮かべるばかりで、弟を止めようとはしなかった。むしろ楽しんでいるようにさえ思えた。
「朱里、世界一可愛く撮ってやるからなっ!!」
すくっと立ち上がった父は、天高く拳をあげてその目を輝かせる。とても止められる雰囲気ではなかった。
こうして熱血親バカ専属カメラマンを、私自らの言葉で誕生させてしまったのだった。
戸惑っているのか、遠慮がちに私の顔をちらちらと見てくる。なかなか家にあがろうとしないので、しかたなく声をかけた。
「お父さん、いらっしゃい。どうぞ中に入って」
「お父さん」と、呼んだ。
まだ呼び慣れなくて、はずかしい気がする。
「朱里……。ありがとう、お邪魔します」
父は軽く鼻をすすり、目元をこする。
私が涙ぼろいところは、父に似たのかもしれない。
「お父さん、おじさん。話があります」
父とおじさんは、じっと見つめている。
今度は私がふたりに向き合って、話をする番が来たのだ。
「わかったよ、朱里」
おじさんは変わらず、優しい微笑みで私を見つめている。
「いろいろと悩ませて悪かったな。しばらくしたら、また海外に戻るから」
父は目を細め、悲しげに笑った。
居間で話すことにした私たちは、静かに腰を下ろした。
父とおじさんは横に並ぶ形で、私の反対側に座った。
おじさんは正座して、お父さんはあぐらをかいて座っている。顔はよく似ているのに、こんなところにも性格の違いが表れている。
「おじさん、お父さん。昔のことを全部話してくれてありがとう。私の思ったことを話すね」
ふたりの視線を感じながら、軽く深呼吸をする。
「お父さんにも、いろんな事情があることはよくわかりました。それでも、お父さんのことは許せないって気がする。だって私、お父さんのこと、何ひとつ知らなかったんだもの。お父さんだってそうでしょ? 私のこと、何も知らない。親子なのに十五年も離れていたんだから当然だよね。十五年の空白は簡単には埋められない。だから私、考えたの」
お父さんの顔をじっと見つめる。
おじさんによく似た、けれど性格が違う、おじさんの双子の弟。そして私の父親だ。
「お父さんは写真家でしょ? 会えなかった十五年間分の、私の写真を撮ってほしいの。私が小さい頃の写真はもう撮れないけど、これからの私なら写真を撮れるでしょう? そうして会えなかった十五年間分のうめ合わせをしてくれたら、私はあなたのことを『お父さん』として認めたいって思う」
それは意地っ張りな私の、最大の譲歩だった。
海斗が聞いたら、「朱里らしいよ」って笑うかな?
おじさんもお父さんも、目を丸くしたまま私を見ている。
驚いた表情は子供みたいで、くすりと笑いたくなるぐらい、ふたりはよく似ていていた。きっと十代の頃はもっとそっくりだったんだろう。
お母さんはそんなふたりを愛したのだ。
「会えなかった十五年間分の写真を、これから撮っていくことが、俺ができる朱里への償いってわけか……」
父の言葉に、私は黙ったままうなずいた。
父を許します、と言葉にするのは簡単だ。けれど心のどこかに、父を許せないという気持ちがくすぶっている。それはきっと、すぐに消えていくものではない。
ならば父にできる形で、償ってもらおうと思ったのだ。普通の父娘なら、たくさんの写真を撮るだろうから。
幼い頃の私の写真を撮ることはもうできないけれど、これからの私なら撮っていけるもの。
「そう来るか……。まさかそんな答えがもらえるとは予想もしていなかったよ……」
父は目頭を抑え、下を向いている。
泣いているのかもしれない。
「泣かないで」と言うつもりはなかった。私だって何度も泣いて、苦しんだのだから。
「十五年間分の写真を水樹に撮ってもらうこと。それが朱里が出した答えなんだね」
おじさんは変わらぬ姿で優しく微笑んでいたけれど、その目には涙がきらりと光っているように見えた。
「おじいちゃんから、お母さんが最後に書き残した手紙を受け取ったの。お母さんは私が幸せになることを願っていた。だから私が幸福になれる道を選んだつもり。誰かを恨み続けていくのは辛いし、幸せにはなれないと思うから」
「そうか……。朱里は成長したね。びっくりするぐらいだ」
「えっ、そうかな?」
突然おじさんにほめられて、なんだかくすぐったい。
成長したかどうかはわからないけど、気持ちは晴れやかだった。
「ほら、水樹。泣いてないで、朱里に答えてやれよ」
うつむいたまま肩を震わせている父の肩を、おじさんが軽く叩く。
それが合図とでもいうように、父は急に顔をあげた。
「朱里、よくわかったよ。一年が365日で毎日写真を撮ったとして。十五年間分で五千枚以上になるかな。うん、早速撮り始めるぞ」
今度は私が目を丸くする番だった。
ご、五千枚?
「ちょ、ちょっと待って。十五年分の写真を撮って、確かに言ったけど。五千枚以上なんてさすがに無理でしょ? それにどんな親子でも、毎日は写真を撮らないだろうし」
「そうだそ、水樹。五千枚以上の写真なんて、どれだけ時間が必要だと思ってるんだ?」
「おじさんの言う通りだよ。一般的な親子が撮るぐらいの写真でいいってば。十五年間毎日写真を撮り続ける父親なんて、いないでしょ?」
頼んだのは私だけど、予想を超える枚数の写真を撮るつもりの父を、慌てて止めようとした。
「おまえら、プロの写真家なめてるだろ? 無茶ぶりしてくるクライアントなんて山ほどいるし、良い写真を撮るためなら、どんな苦労でもやり通すのがプロってもんだ。五千枚どころか、一万枚だって撮ってやるっ!」
私の言葉が、父のプロ魂に火をつけてしまったことに気づいた。けれども、すでに時遅し。
「朱里の写真なら、いくらでも撮ってやるさ。おまえの彼氏より、ずうっといい写真を撮るぞ。のほほんとした顔のアイツが、『参りました』って言うぐらいのやつをな!」
海斗を異様にライバル視しながら、写真を撮ることに闘志を燃やしている。本気で五千枚、ううん、あの勢いなら一万枚だって撮りそうだ。
ひぇぇ……ど、どうしよう?
助けを求めるようにおじさんに視線を送ったが、おじさんは苦笑いを浮かべるばかりで、弟を止めようとはしなかった。むしろ楽しんでいるようにさえ思えた。
「朱里、世界一可愛く撮ってやるからなっ!!」
すくっと立ち上がった父は、天高く拳をあげてその目を輝かせる。とても止められる雰囲気ではなかった。
こうして熱血親バカ専属カメラマンを、私自らの言葉で誕生させてしまったのだった。
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