あおとみずいろと、あかいろと

蒼真まこ

文字の大きさ
66 / 70
最終章 あおとみずいろと、あかいろと

十五年間分の写真

しおりを挟む
 一週間後、おじさんから連絡を受けた父が芹沢家にやってきた。
 戸惑っているのか、遠慮がちに私の顔をちらちらと見てくる。なかなか家にあがろうとしないので、しかたなく声をかけた。

「お父さん、いらっしゃい。どうぞ中に入って」

 「お父さん」と、呼んだ。
 まだ呼び慣れなくて、はずかしい気がする。

「朱里……。ありがとう、お邪魔します」

 父は軽く鼻をすすり、目元をこする。
 私が涙ぼろいところは、父に似たのかもしれない。

「お父さん、おじさん。話があります」

 父とおじさんは、じっと見つめている。
 今度は私がふたりに向き合って、話をする番が来たのだ。

「わかったよ、朱里」

 おじさんは変わらず、優しい微笑みで私を見つめている。

「いろいろと悩ませて悪かったな。しばらくしたら、また海外に戻るから」

 父は目を細め、悲しげに笑った。

 居間で話すことにした私たちは、静かに腰を下ろした。
 父とおじさんは横に並ぶ形で、私の反対側に座った。
 おじさんは正座して、お父さんはあぐらをかいて座っている。顔はよく似ているのに、こんなところにも性格の違いが表れている。

「おじさん、お父さん。昔のことを全部話してくれてありがとう。私の思ったことを話すね」

 ふたりの視線を感じながら、軽く深呼吸をする。

「お父さんにも、いろんな事情があることはよくわかりました。それでも、お父さんのことは許せないって気がする。だって私、お父さんのこと、何ひとつ知らなかったんだもの。お父さんだってそうでしょ? 私のこと、何も知らない。親子なのに十五年も離れていたんだから当然だよね。十五年の空白は簡単には埋められない。だから私、考えたの」

 お父さんの顔をじっと見つめる。
 おじさんによく似た、けれど性格が違う、おじさんの双子の弟。そして私の父親だ。

「お父さんは写真家でしょ? 会えなかった十五年間分の、私の写真を撮ってほしいの。私が小さい頃の写真はもう撮れないけど、これからの私なら写真を撮れるでしょう? そうして会えなかった十五年間分のうめ合わせをしてくれたら、私はあなたのことを『お父さん』として認めたいって思う」

 それは意地っ張りな私の、最大の譲歩だった。
 海斗が聞いたら、「朱里らしいよ」って笑うかな?

 おじさんもお父さんも、目を丸くしたまま私を見ている。
 驚いた表情は子供みたいで、くすりと笑いたくなるぐらい、ふたりはよく似ていていた。きっと十代の頃はもっとそっくりだったんだろう。
 お母さんはそんなふたりを愛したのだ。

「会えなかった十五年間分の写真を、これから撮っていくことが、俺ができる朱里への償いってわけか……」

 父の言葉に、私は黙ったままうなずいた。
 父を許します、と言葉にするのは簡単だ。けれど心のどこかに、父を許せないという気持ちがくすぶっている。それはきっと、すぐに消えていくものではない。
 ならば父にできる形で、償ってもらおうと思ったのだ。普通の父娘なら、たくさんの写真を撮るだろうから。
 幼い頃の私の写真を撮ることはもうできないけれど、これからの私なら撮っていけるもの。

「そう来るか……。まさかそんな答えがもらえるとは予想もしていなかったよ……」

 父は目頭を抑え、下を向いている。
 泣いているのかもしれない。
「泣かないで」と言うつもりはなかった。私だって何度も泣いて、苦しんだのだから。

「十五年間分の写真を水樹に撮ってもらうこと。それが朱里が出した答えなんだね」

 おじさんは変わらぬ姿で優しく微笑んでいたけれど、その目には涙がきらりと光っているように見えた。

「おじいちゃんから、お母さんが最後に書き残した手紙を受け取ったの。お母さんは私が幸せになることを願っていた。だから私が幸福になれる道を選んだつもり。誰かを恨み続けていくのは辛いし、幸せにはなれないと思うから」
「そうか……。朱里は成長したね。びっくりするぐらいだ」
「えっ、そうかな?」

 突然おじさんにほめられて、なんだかくすぐったい。
 成長したかどうかはわからないけど、気持ちは晴れやかだった。

「ほら、水樹。泣いてないで、朱里に答えてやれよ」

 うつむいたまま肩を震わせている父の肩を、おじさんが軽く叩く。
 それが合図とでもいうように、父は急に顔をあげた。

「朱里、よくわかったよ。一年が365日で毎日写真を撮ったとして。十五年間分で五千枚以上になるかな。うん、早速撮り始めるぞ」

 今度は私が目を丸くする番だった。
 ご、五千枚?

「ちょ、ちょっと待って。十五年分の写真を撮って、確かに言ったけど。五千枚以上なんてさすがに無理でしょ? それにどんな親子でも、毎日は写真を撮らないだろうし」
「そうだそ、水樹。五千枚以上の写真なんて、どれだけ時間が必要だと思ってるんだ?」
「おじさんの言う通りだよ。一般的な親子が撮るぐらいの写真でいいってば。十五年間毎日写真を撮り続ける父親なんて、いないでしょ?」

 頼んだのは私だけど、予想を超える枚数の写真を撮るつもりの父を、慌てて止めようとした。

「おまえら、プロの写真家なめてるだろ? 無茶ぶりしてくるクライアントなんて山ほどいるし、良い写真を撮るためなら、どんな苦労でもやり通すのがプロってもんだ。五千枚どころか、一万枚だって撮ってやるっ!」

 私の言葉が、父のプロ魂に火をつけてしまったことに気づいた。けれども、すでに時遅し。

「朱里の写真なら、いくらでも撮ってやるさ。おまえの彼氏より、ずうっといい写真を撮るぞ。のほほんとした顔のアイツが、『参りました』って言うぐらいのやつをな!」

 海斗を異様にライバル視しながら、写真を撮ることに闘志を燃やしている。本気で五千枚、ううん、あの勢いなら一万枚だって撮りそうだ。

 ひぇぇ……ど、どうしよう?

 助けを求めるようにおじさんに視線を送ったが、おじさんは苦笑いを浮かべるばかりで、弟を止めようとはしなかった。むしろ楽しんでいるようにさえ思えた。

「朱里、世界一可愛く撮ってやるからなっ!!」

 すくっと立ち上がった父は、天高く拳をあげてその目を輝かせる。とても止められる雰囲気ではなかった。

 こうして熱血親バカ専属カメラマンを、私自らの言葉で誕生させてしまったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

【完結】黒の花嫁/白の花嫁

あまぞらりゅう
恋愛
秋葉は「千年に一人」の霊力を持つ少女で、幼い頃に龍神――白龍の花嫁として選ばれていた。 だが、双子の妹の春菜の命を救うために、その霊力を代償として失ってしまう。 しかも、秋葉の力は全て春菜へと移り、花嫁の座まで奪われてしまった。 それ以来、家族から「無能」と蔑まれながらも、秋葉は失われた力を取り戻すために静かに鍛錬を続けていた。 そして五年後、白龍と春菜の婚礼の日。 秋葉はついに霊力が戻らず、一縷の望みも消えてしまった。 絶望の淵に立つ彼女の前に、ひとりの青年が現れる。 「余りもの同士、仲良くやろうや」 彼もまた、龍神――黒龍だった。 ★ザマァは軽めです! ★後半にバトル描写が若干あります! ★他サイト様にも投稿しています!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

処理中です...