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最終章 あおとみずいろと、あかいろと
希望を写していくこと
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話をしたその日から、お父さんは私との約束を実行した。
ことあるごとに私の写真を撮るのだ。それはもう全力で。
料理を作ってるところをカメラでパチリ、食事をしてるところをカメラでパチリ、テレビを見て笑ってるところをパチリ。隙あらば私の写真を撮る。
父も仕事があるので毎日ではないけれど、芹沢家に来たときはカメラ片手に私のシャッターチャンスを常に狙っている状態だ。
これでは専属カメラマンというより、有名人を追いかけ回すバパラッチみたい。
もちろん、こんな状況を望んでいたわけではない。
けれど自分から私の写真を撮ってほしいと言い出したわけで。あからさまに拒否するわけにもいかないという哀しき現実なのだった。
「お父さん! 食事中に写真撮るのやめてったら! 口の中まで写ったらどうするの」
「メシ食ってるときの朱里が、あんまり幸せそうな顔をするから、つい撮りたくなるんだよ。朱里が可愛いからだ」
「お父さん! 私がうたた寝してるときに写真撮るってどうなの?」
「朱里が寝てる顔はあどけなくて可愛くて、まるで天使みたいだ。天使の寝姿を写真におさめなかったら、カメラマン失格だ」
一事が万事こんな調子だ。何を言っても、「朱里が可愛いから」という返事が返ってくる。
「朱里の写真を撮ってるとな、桃子がおまえの隣にいるのを感じるんだ。桃子も娘と写真が撮れて嬉しいってことだと思う」
こんなこと言うものだから、ますます拒否できなくなってしまった。
私にはお母さんの存在は感じられないけど、父には何かわかるのかもしれない。父が風景写真を撮るときは、お母さんのまぼろしが現れるって聞いたし。
まぼろしでも幽霊でもいいから、私もお母さんに会いたいって思う。父の写真を通して可能になるのなら、わずかな可能性に賭けてみるのも悪くないかもしれない。
そんなわけで私の部屋やお風呂など、ここだけは絶対に写真を撮ったらダメ! という場所を父に伝え、あとはもう好き勝手に撮ってもらうことにした。
けれど、さすがはプロの写真家だからだろうか。現像された写真を見ると、「これが私?」と思うぐらい、きれいに撮れていた。
古びた家を背景に私の写真を撮ると、まるで一枚の絵画やポストカードのような不思議な魅力があるのだから不思議だ。
「良い写真だろう? モデルが可愛いからってのもあるけど、桃子が近くにいてくれるからだと思うんだ」
父はそう言うけど、やっぱり私には何も感じられなかった。
写真の出来栄えは文句ないものだし、これはこれで良いことなのかもしれない。
なぜなら、私と父の会話が自然と増えてきたから。
「うん。まぁまぁ、いい写真なんじゃない?」
「おい、おい。それだけかよ」
「だって他になんて言ったらいいのかわかんないもん。私の写真なのに、『可愛い!』『きれい!』って絶賛するのもなんか変だし」
『朱里が可愛いのは当然として。いい写真だと僕も思うよ。何度も見たくなるっていうか、不思議な味わいがある」
「おじさんもそう思うよね。お父さん、風景だけじゃなく、人物モデルの写真も撮っていけばいいのに。きっと話題になるし仕事も来るよ」
人をモデルにした写真で仕事ができるなら、海外や危険な場所まで風景写真を撮りにいかなくてもいいのでは? と思ったのだ。
父は、静かに首を横に振った。
「人物の写真は、家族だけ撮ると決めてる。朱里と青葉と父さん、あとは朱里の彼氏もたまには、ほんのたまには撮ってやってもいいけどな。家族に何もしてやれなかった俺の、せめてもの償いだから」
お父さんの、切ない笑顔だった。
私とおじさんは、それ以上何も言えなくなってしまった。
私の写真を撮るという目的があるからか、父は芹沢家にいることが多くなってきた。
「お父さん」という呼び方にも慣れ、写真を通して和やかな会話を楽しむことも多くなってきた。
父は私だけでなく、おじさんの写真もたくさん撮っている。
被写体がいいからか、おじさんの写真もすごく素敵だ。こっそり飾っておきたくなるぐらいに。
家の中で父にカメラで追いかけられるという、スリリングな生活に疲れることも当然あった。
そんなときは海斗とデートする。
海斗は私の話を楽しそうに聞いてくれるのだ。面白がって笑ってるといったほうが正しいかもしれないけど。
「海斗、笑い事じゃないよ。父親に写真を撮られまくる日々って毎日大変なんだから!」
「わりぃ。でも面白いなって。写真を撮ることを条件に父親を受け入れた娘と、それを真に受けて本気になったプロの写真家。やっぱり面白いわ」
もうおかしくてたまらないといった様子で、クスクス笑っている。
「でもさ、やっぱりプロだよな。いい写真撮るよ」
お父さんが撮った写真を海斗も見たいというので、デートにもってきてあげたのだ。
「そこは私も同じ意見。でもさ、写真撮っては私のことを『可愛い!』って叫ぶんだよ。あれじゃあプロの写真家というより、ただの親バカだよ」
「いろいろ問題ありそうだった親父さんを、ただの親バカにしたのは朱里の力だよ。おまえだからできたんだ。そういうことをさらりとできるところ、すごいって思うよ」
「そ、そうかな? えへへ、ほめられて嬉しい」
「そうやって無邪気なところが、また朱里らしくていいけどね」
「なんかバカにされてる気がするんですけど?」
写真って不思議だ。
瞬間を切り取った形のものだと思うのに、撮られた写真を見てると、もっと見たくなる。嫌な表情を写真に残したくなくて、自然と笑顔になる。
私とおじさん、お父さん、そして海斗。
みんなで笑い合う日々が日毎に増えていく。
ことあるごとに私の写真を撮るのだ。それはもう全力で。
料理を作ってるところをカメラでパチリ、食事をしてるところをカメラでパチリ、テレビを見て笑ってるところをパチリ。隙あらば私の写真を撮る。
父も仕事があるので毎日ではないけれど、芹沢家に来たときはカメラ片手に私のシャッターチャンスを常に狙っている状態だ。
これでは専属カメラマンというより、有名人を追いかけ回すバパラッチみたい。
もちろん、こんな状況を望んでいたわけではない。
けれど自分から私の写真を撮ってほしいと言い出したわけで。あからさまに拒否するわけにもいかないという哀しき現実なのだった。
「お父さん! 食事中に写真撮るのやめてったら! 口の中まで写ったらどうするの」
「メシ食ってるときの朱里が、あんまり幸せそうな顔をするから、つい撮りたくなるんだよ。朱里が可愛いからだ」
「お父さん! 私がうたた寝してるときに写真撮るってどうなの?」
「朱里が寝てる顔はあどけなくて可愛くて、まるで天使みたいだ。天使の寝姿を写真におさめなかったら、カメラマン失格だ」
一事が万事こんな調子だ。何を言っても、「朱里が可愛いから」という返事が返ってくる。
「朱里の写真を撮ってるとな、桃子がおまえの隣にいるのを感じるんだ。桃子も娘と写真が撮れて嬉しいってことだと思う」
こんなこと言うものだから、ますます拒否できなくなってしまった。
私にはお母さんの存在は感じられないけど、父には何かわかるのかもしれない。父が風景写真を撮るときは、お母さんのまぼろしが現れるって聞いたし。
まぼろしでも幽霊でもいいから、私もお母さんに会いたいって思う。父の写真を通して可能になるのなら、わずかな可能性に賭けてみるのも悪くないかもしれない。
そんなわけで私の部屋やお風呂など、ここだけは絶対に写真を撮ったらダメ! という場所を父に伝え、あとはもう好き勝手に撮ってもらうことにした。
けれど、さすがはプロの写真家だからだろうか。現像された写真を見ると、「これが私?」と思うぐらい、きれいに撮れていた。
古びた家を背景に私の写真を撮ると、まるで一枚の絵画やポストカードのような不思議な魅力があるのだから不思議だ。
「良い写真だろう? モデルが可愛いからってのもあるけど、桃子が近くにいてくれるからだと思うんだ」
父はそう言うけど、やっぱり私には何も感じられなかった。
写真の出来栄えは文句ないものだし、これはこれで良いことなのかもしれない。
なぜなら、私と父の会話が自然と増えてきたから。
「うん。まぁまぁ、いい写真なんじゃない?」
「おい、おい。それだけかよ」
「だって他になんて言ったらいいのかわかんないもん。私の写真なのに、『可愛い!』『きれい!』って絶賛するのもなんか変だし」
『朱里が可愛いのは当然として。いい写真だと僕も思うよ。何度も見たくなるっていうか、不思議な味わいがある」
「おじさんもそう思うよね。お父さん、風景だけじゃなく、人物モデルの写真も撮っていけばいいのに。きっと話題になるし仕事も来るよ」
人をモデルにした写真で仕事ができるなら、海外や危険な場所まで風景写真を撮りにいかなくてもいいのでは? と思ったのだ。
父は、静かに首を横に振った。
「人物の写真は、家族だけ撮ると決めてる。朱里と青葉と父さん、あとは朱里の彼氏もたまには、ほんのたまには撮ってやってもいいけどな。家族に何もしてやれなかった俺の、せめてもの償いだから」
お父さんの、切ない笑顔だった。
私とおじさんは、それ以上何も言えなくなってしまった。
私の写真を撮るという目的があるからか、父は芹沢家にいることが多くなってきた。
「お父さん」という呼び方にも慣れ、写真を通して和やかな会話を楽しむことも多くなってきた。
父は私だけでなく、おじさんの写真もたくさん撮っている。
被写体がいいからか、おじさんの写真もすごく素敵だ。こっそり飾っておきたくなるぐらいに。
家の中で父にカメラで追いかけられるという、スリリングな生活に疲れることも当然あった。
そんなときは海斗とデートする。
海斗は私の話を楽しそうに聞いてくれるのだ。面白がって笑ってるといったほうが正しいかもしれないけど。
「海斗、笑い事じゃないよ。父親に写真を撮られまくる日々って毎日大変なんだから!」
「わりぃ。でも面白いなって。写真を撮ることを条件に父親を受け入れた娘と、それを真に受けて本気になったプロの写真家。やっぱり面白いわ」
もうおかしくてたまらないといった様子で、クスクス笑っている。
「でもさ、やっぱりプロだよな。いい写真撮るよ」
お父さんが撮った写真を海斗も見たいというので、デートにもってきてあげたのだ。
「そこは私も同じ意見。でもさ、写真撮っては私のことを『可愛い!』って叫ぶんだよ。あれじゃあプロの写真家というより、ただの親バカだよ」
「いろいろ問題ありそうだった親父さんを、ただの親バカにしたのは朱里の力だよ。おまえだからできたんだ。そういうことをさらりとできるところ、すごいって思うよ」
「そ、そうかな? えへへ、ほめられて嬉しい」
「そうやって無邪気なところが、また朱里らしくていいけどね」
「なんかバカにされてる気がするんですけど?」
写真って不思議だ。
瞬間を切り取った形のものだと思うのに、撮られた写真を見てると、もっと見たくなる。嫌な表情を写真に残したくなくて、自然と笑顔になる。
私とおじさん、お父さん、そして海斗。
みんなで笑い合う日々が日毎に増えていく。
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