あやかし三つ子のすぅぷやさん

蒼真まこ

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別れの味

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***


『ごめん、琴羽ことは。別れてほしいんだ』

 スマホの画面には、夜空の月のように別れの言葉だけがぽっかり浮かんで見えた。

「別れてほしい、か……。六年も付き合ってそれだけですか」

 恋人からの別れの言葉は、実にそっけないものだった。

『了解です。今までありがとうございました』

 別れを受け入れる言葉と感謝の気持ちを手早く送信すると、スマホをカバンにしまった。

「『了解です』か。私も大概よね。仕事のメールじゃるまいし」

 六年付き合った雄太ゆうたとは、最近はほとんど会えてなかった。お互いの仕事が忙しかったからで、気持ちが離れたわけではない。共に仕方ないことだと理解していた。
 会えなくても毎日メールやSNSでやり取りをしていたし、電話もしていた。会えなくても心は通じ合えてる。だって六年も付き合ったのだから。
 少なくとも私はそう信じていた。雄太とは、将来も共に生きられたらいいと願っていた。

「雄太は私と同じではなかったってことよね。それなら私たちはもう潮時ってことだわ」

 大好きな人と別れることなった理由を自分なりに分析する。状況を素早く理解して対応するのは得意なほうだ。いちいち泣いたりもしない。だって泣いてる時間がもったいないもの。泣くよりも先にすべきことが、私にはたくさんある。

「さて、明日も仕事だ。早く寝ないと」

 恋人との別れを粛々と受け入れると、ベッドにもぐりこみ電気を消した。
 明日に備えてしっかり休もう。明日も仕事を頑張るために。
 元気に働けるように、毎日適度な量を食べて、しっかり休む。社会人ならば、当然のことだ。
 休むことは問題なくできていた。仮眠をとるのも得意だから。
 雄太とは、いずれ別れる日が来るかもしれないと予感していた。それが現実になっただけの話。生きていれば様々な出会いがあり、同時に別れもやってくる。雄太とは別れる運命だったということだろう。
 私は平気。恋人との別れなんて、どうってことはない。世の中には、もっともっと辛い思いをしている人が大勢いるだから、いちいち感傷に浸っているべきではない。私は、大丈夫。何も問題はない。
 自らに言い聞かせながら、ますます仕事に没頭した。常に仕事は山積みだったけれど、それはむしろありがたいことだった。他の人の仕事も積極的に手伝い、感謝されることも多々あった。へとへとに疲れるまで働いたら、家に帰ってぐっすり眠る。スマホの着信音を待つことがなくなったぶん、安眠できるようになったぐらいだ。 
 これまでと変わらない充実した毎日。
 そう思っていたのに。

「なにこれ、ゴムか砂でも食べてるみたい……」

 雄太と別れて一ヶ月後。意外なところで、影響が出てきてしまった。
 食べ物に味を感じない。感覚は舌に感じるので、味覚がなくなったわけではないと思う。何を食べても『美味しい』と感じることがなくなってしまったのだ。

「ストレスかな……」

 ストレスの理由は、すぐにわかる気がした。恋人との別れが、自分でも気づかないうちに心身に悪影響を与えていたということだろう。

「ってことは、一時的なものだよね。うん、病院に行くほどじゃない」

 冷静に分析できたことで解決した気分になった私は病院を受診せず、自己治癒力に任せることにした。

「何食べてもおいしくないなら、サプリメントや固形の栄養食品バーとかで済ませておけばいいかな。今はいろんな種類があるしね。手っ取り早く食事を終わらせることができるから、むしろ助かるわ」

 ネットで大量のサプリメントや栄養食品を購入し、日々の食事はそれで済ませた。ずっと続くと体に良くないかもしれないけれど、しばらくなら問題はない。味覚が正常になったら、普通の食事に戻ればいい。
 ところが、さらに一ヶ月経っても、食事を『おいしい』とは感じられなかった。食べたものはちゃんと消化できているので、少しずつ食事を元に戻してみたけれど、結果は同じ。
 私の食生活から、『おいしい』が消えてしまった。

「食事なんて、胃に入れて消化さえできれば何でもいいわ。おいしく感じられなくても問題ない」

 おいしいとは感じない食べ物を、口の中に押し込むだけの食事時間。消化できていれば、きっと大丈夫。
 食への喜びが消えた毎日を、仕事をこなしながら過ごしていく。
 私は、大丈夫。何も問題はない。
 仕事は精力的にこなしていたけれど、一日の業務が終わると、ぼんやりとすることが増えてしまった。仕事帰りの電車の中でも、何をするでもなく窓の外を眺める。ぼうっと外を見ているうちに、降りる駅を間違えていたことに気づいていなかった。

「ここ、どこの駅? 終着駅まで気づかなかったなんて。私、やっぱりどうかしてるの……?」

 さすがに自分自身の状態が心配になってきた気がする。

「と、とりあえずタクシー見つけよう。タクシーで自分のアパートに帰ればいいものね」

 見知らぬ夜の街を、タクシーを求めて歩き始めた。駅の近くなら、きっとタクシーはあるはず。

「なんでタクシーが一台もないの? どれだけ田舎なのよ、この駅」

 駅の周辺をぐるっと回ってみたけれど、タクシーどころか、人さえも見かけない。ぼんやりと光る街灯はあるので、暮らしている人はいると思うのに。
 
「タクシーが見つからないなら、呼べばいいのよ。スマホでね」

 スマホを取りだし、画面をタップした。ところが、スマホがまったく反応しないのだ。

「え、うそ。もしかして壊れた?」

 お昼ぐらいまで問題なく使えていたのに、どうして急に。ありえない話ではないけれど、なぜ今なのだろう。
 ということはスマホを使えず、人にも出会えない場所で、一人きりになってしまったということになる。

「さすがにこの状況は、かなり危ないのでは……?」

 状況を冷静に分析するのは得意だったはずなのに、解決策をすぐに思い浮かべることはできなかった。

「ど、どうしよう……」

 あてもなく周辺を歩くことしかできない。せめて店でもあってくれたらいいのに。
 今にも消えてしまいそうな街灯の下を、とぼとぼ歩く。行く場所が見つからず、気持ちがどんどん暗くなっていく。どれだけ気持ちを奮い立たせても、不安が強くなっていく一方だ。足はすでに棒のよう。ついに歩くのを止めてしまった私は、暗闇にひとり立ち尽くした。

「なんだかもう、疲れちゃった……。私なんて、いっそいなくなってしまえばいいのに」

 これまで思ってもいなかったことを、ぽつりとつぶやいてしまった。本当は心のどこかでずっと、消えてしまいたいと思っていたのだろうか。

「いたっ」

 左のふくらはぎに、急に痛みを感じた。とっさに手で確認すると、うっすら血が出ているようだ。ケガというほどではないけれど、何か鋭利なもので軽く引っかかれたような傷に思える。

「何かで切ったのかな? とりあえず消毒したほうがいいかも」

 足に傷ができたおかげか、冷静さを取り戻した私は、改めて周囲を見渡してみた。せめて明るい場所で手当てしたい。すると少し先に、お店らしき灯りが闇夜の月明かりのように光っていた。

「コンビニかな? さっきまでなかったような気もするけど。とりあえず行ってみよう」

 目的地が決まったことで勇気が出てきた気がする。ゆっくり歩き始めると、目的のお店は案外近くにあったようで、すぐに到着した。着いた先はコンビニではなく、古びた雰囲気の小さなレストランだった。店名を示す看板が、穏やかな光を放っている。

「えっと。『すぅぷや 鎌切亭かまきりてい』……? なんだか物騒な名前のお店ね」

 鎌切亭かまきりていという店名の横には、かまらしき三本の棒が重なるように描かれていて、それがこの店のロゴマークのようだ。

「でもスープなら体も温まるし、今の私でもなんとか食べられそうね。ついでに足の手当てもできると思うし」

 鎌切亭という、どこか物騒な名前のスープ屋。少し奇妙で、不思議なお店との出会いだった。

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