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雪とばり

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ソーダ味の海

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ナギ 「あちー...」
ミサキ「俺らもこのアイスみたいにいつか溶けちゃったりして。」
ナギ 「うわー。本当にありそうで笑えねー。」

日差しがじりじりと肌を焼く。燃えるような暑さだ。
潮風はいくぶん涼しさを運んでくるが、じっとりと肌にまとわりついたシャツでは風すら通らない。
買ったばかりのソーダ味の棒アイスは、既に汗をかいている。

ミサキ「ナギはさー。どうすんの?」
ナギ 「何を?アイスを?」
ミサキ「アイスは普通に食えばいいだろ。」
ナギ 「食うけど。」
ミサキ「進路だよ。今日配られただろ。進路希望調査表。」
ナギ 「あー。」
ミサキ「いー。」
ナギ 「うー。」
ミサキ「バカじゃねぇの。」
ナギ 「お前が先に『いー』って言ったんだろうが!」
ミサキ「...アイス落ちるぞ。」
ナギ 「えっ?うっわヤバッ!!」

ナギは今にも落ちそうになっていたアイスを一口にパクリとたいらげた。キーンとした痛みを感じたのか、こめかみを押さえ悶えている。
俺は自分のアイスをたいらげ、残った棒を天に掲げ、眺めた。

ミサキ「...今日も『ハズレ』か。」
ナギ 「何?そんなにアタリ欲しいの?じゃあこれあげる。」
ミサキ「は?当たったのか?」
ナギ 「んにゃ、ハズレ。」
ミサキ「ぶっとばすぞ。」
ナギ 「ふはっ。んで、当たると何かあんの?」
ミサキ「んー。なんて言うか願掛け?てか普通に当たると嬉しいやん。」
ナギ 「ふーん。そういうもんかね。」
ミサキ「ナギは当たっても嬉しくないのか?」
ナギ 「うーん。今まで当たったことないからわからん。」
ミサキ「それもそうか。あの駄菓子屋多分当たり仕入れてねぇよ。」
ナギ 「こんな田舎の島で当たりがある方が驚きだけどな。」
ミサキ「だなー。」

セミの声がうるさいぐらいするのに、今はもう環境音と化して耳に馴染んでいる。どこかで海鳥が鳴く声がした。

ナギ 「ミサキはさー。将来とか考えてる人間?」
ミサキ「考えてない。ってか今が大事だから考えられない。」
ナギ 「俺が隣にいるからですかー?」
ミサキ「ははっバーカ。高校2年の夏はもう二度と来ないって意味だよ。」
ナギ 「ふーん。よく分かんないけどエモい。」
ミサキ「よく分かんないのかよ。」

湿気をはらんだ潮風が俺たち二人の間を通り過ぎていく。

ナギ 「なぁ。海の向こうってどうなってんだろう。」
ミサキ「は?普通に本州だろ。」
ナギ 「そういうことじゃなくてさ。」
ミサキ「じゃあどういうことだよ。」
ナギ 「なんて言うか、例え?比喩?...ほら、見てみろよ。ここからだと海の向こうって俺らには見えないだろ。見えないものの先ってどうなってるんだろ?先人たちは分からないままこの大海原を進んで大陸を見つけたのかな?」
ミサキ「...そうなんじゃないか。海の上には目印を立てることすら出来ないからな。」
ナギ 「進んだ先で新しい大陸を見つけられたとして、帰りはどうするんだろ?」
ミサキ「帰りか...、うーん。もう帰れない覚悟で出発したんじゃないか?」
ナギ 「そうだとしたらすごい勇気だな。」
ミサキ「...」
ナギ 「...」
ミサキ「えっ?なんの話?」
ナギ 「大航海時代についての考察。」
ミサキ「どうした。突然秀才になったのか?」
ナギ 「俺は元々秀才だ。」
ミサキ「...」
ナギ 「何か言えよ。悲しくなるだろ。」

額に滲んだ汗が頬をつたい、地面にシミを作った。しかし、そのシミも瞬く間に地面と溶け合い、シミがあったことさえ分からなくなった。

ミサキ「...見えないものを見ようとして、」
ナギ 「望遠鏡を覗き込んだ?」
ミサキ「覗き込まねぇよ。見えないもの、例えばまだ買っていないアイスのアタリ・ハズレが分かるとしたらお前ならどうする?」
ナギ 「そりゃあ、アタリのアイスを選んで買うだろうな。」
ミサキ「あぁ。俺もそうする。」
ナギ 「なんだ?論点がわからんよ。超能力の話か?」
ミサキ「いや例え話。じゃあナギはアタリだと分かってアイスを買って案の定アタリが出たらどう思う?」
ナギ 「嬉しい...いや、正直嬉しくはないな。アタリが出ると分かっているだけで高揚感はない気がする。」
ミサキ「だろうな。アイスのアタリを分かってちゃダメなんだよ。楽しみが半減する。」
ナギ 「つまり、見えないものを見ようとするのはナンセンスってこと?」
ミサキ「そっ。だから、大航海時代の海の先は、アイスのアタリだったんじゃないか?」
ナギ 「なるほどなー。...ちょっと待って、お前それ真剣に考えてたのかよ?」
ミサキ「おう。」
ナギ 「...お前も大概バカだよなー。」
ミサキ「は?」
ナギ 「ウソウソ。考えてくれてありがとうございます。」
ミサキ「よろしい。」

気づけば海に面した公園の近くに来ていた。ずっと持て余していたハズレが分かっているアイスの棒を公園のゴミ箱へ投げ入れる。ナギはホールインワンに失敗して、とぼとぼとゴミを捨てなおしに行った。俺はその背中に笑い声をかける。

ナギ 「で、なんでこんな話になったんだっけ?」
ミサキ「進路の話してたんだろ。」
ナギ 「そうだそうだ。」
ミサキ「...さっきさ、俺進路とか考えられないって言っただろ?」
ナギ 「あー。言ってたな。」
ミサキ「あれ、半分ウソ。」
ナギ 「半分ウソ?」
ミサキ「うん。考えられないんじゃなくて、考えることから逃げてるってのが正しい。」
ナギ 「逃げてる、か。」
ミサキ「結局、御託を並べても先の見えないことに関しては恐怖がつきものだ。これはアイスのアタリ・ハズレとは別物だからな。」
ナギ 「それはそうだ。アイスのアタリには人生はかかってないからな。」
ミサキ「まぁ、たかが大学受験で人生を語るなと言われればそれまでだが、俺にとっては海の先を覗き込むようなもんなんだよ。」
ナギ 「海の先...ね。...俺はさ、ミサキはお前の親父さんみたいになりたいのかと思ってた。」
ミサキ「えっ?」
ナギ 「親父さん、地質学者だから世界中飛び回ってるだろ?ミサキも世界を回る!とか言い出すと思ってた。」
ミサキ「...確かに、親父の仕事は格好いいと思う。けど、それを自分がって考えるとちょっと違う気がする。」
ナギ 「まぁ、父親と自分は血が繋がってるとは言え、別人だもんなー。」
ミサキ「そう言うナギは?お前は親父さんの後継ぐのか?」
ナギ 「俺?うーん。俺は別に漁師になりたいとか思ったことねぇなー。」
ミサキ「おぉ、親父さんが聞いたら泣きそうなセリフだな。」
ナギ 「ははっ。海の男って響きは格好いいけどな。」
ミサキ「それは格好いい。」
ナギ 「んふふっ。...あーでも俺さ...笑わないで聞いてくれよ?...漁師じゃなくて大学で心理学の勉強したいんだ。」
ミサキ「あれ?ナギは行きたい大学決まってんの?」
ナギ 「いや、考え中。俺は体動かすタイプだから難しい事は苦手なんだよ。」
ミサキ「うん。確かに脳筋のナギが心理学やるってのは意外だな。」
ナギ 「脳筋って...。まぁ興味があるだけだよ。」
ミサキ「ふーん。でもやった後悔より、やらない後悔だぞ。ナギ。」
ナギ 「えっ?やった航海より、やらない航海?」
ミサキ「なんか漢字変換ミスってないか?海の話は終わったぞ。後で悔しい方の後悔な。」
ナギ 「そっちか。」
ミサキ「さすが海の男だな。」
ナギ 「へへっ照れる。」
ミサキ「それは置いといてだ。後悔はするなよ。やりたいことはやるべきだ。」
ナギ 「...そう言うミサキは?願掛けだの、先が見えないのは怖いだの。尻込みしてるのはお前だって同じなんじゃないのか?」
ミサキ「ははっ。バレてたか。」
ナギ 「遠回しなサイン出しやがって。何年一緒にいると思ってんだ。」
ミサキ「ははっ、すまん。後悔したくないけど、勇気が出ないのは俺の方。」
ナギ 「ミサキも将来やりたいことあるんだろ?」
ミサキ「俺は...学芸員になりたいんだ。」
ナギ 「学芸員って美術館とかの?」
ミサキ「そっ。」
ナギ 「えっめっちゃ格好いいじゃん。」
ミサキ「ありがと。ただ、学芸員の資格がとれる大学は近くになくて、設備も整ってる行きたいって思える大学は...東京なんだ。」
ナギ 「東京...。なるほど、それで願掛け?」
ミサキ「あぁ。アタリが出たら東京の大学行く。出なかったら地元から近い大学に行く。」
ナギ 「でもミサキは、本当はアタリが出るのを待ってる。」
ミサキ「本当に、人の事よく見てるなー、お前。」
ナギ 「自分では一歩が踏み出せないからアイスのアタリに託してるわけね。で、アタリがでなかったら本当に妥協するのか?」
ミサキ「...どうだろう。分からないな。アタリにはただ、勇気を貰いたかっただけ。出なくても何かのきっかけで東京に行くって覚悟を決めるかもしれない。」
ナギ 「...なぁ。海はソーダ味になると思うか?」
ミサキ「は?いきなり何...、...なるわけないだろ。」
ナギ 「ははっそれはどうかな?俺たちがまだ知らない技術で海がソーダ味になるかもしれない。」
ミサキ「つまり何が言いたい?」
ナギ 「未来は誰にも分からないぞ、ミサキ。なら持てる力全て使って今を生きるしかない。」
ミサキ「...はははっ、勇気を貰うのもいいけど、自分の力で掴み取れってことか?」
ナギ 「よく分かってるじゃないか。ミサキ!地に足つけて行こうぜ!」

ナギはダンッと地面を強く蹴ると、コンクリートで出来た海と陸を隔てる堤防の上に飛び乗った。ナギの髪が風になびく。その様子を、俺はただ何も言わずに眺めた。

ナギ 「なぁ。もう一回アイス食べたくねぇか?」
ミサキ「アイス。」
ナギ 「そっ。アイス。おばちゃんにまたかって顔されそうだけどな。」
ミサキ「ははっ。そうだな。行くか。」

空を見上げると、遠くには入道雲。キラキラとした太陽がまぶしい。
二人して海辺の道を走り出した。目的地は絵に描いたような田舎の駄菓子屋だ。少し気の強い腰の曲がった老女が店主の、俺たちの行きつけの店。
クーラーすらない店内は蒸し暑い。案の定店主はまたかという顔をして素っ気なく俺たちにお釣りを渡す。
店の外へ出ると爽やかな風が頬を滑った。
アイスは口の中に爽快なソーダ味を残して喉を滑り落ちて行く。

ナギ 「あれ?ミサキ、お前それ...」
ミサキ「え?あっ。アタリだ...」

―END―
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