〖完結〗強欲令嬢ですが、誘拐事件に巻き込まれたら黒幕な王子様に捕まりました。

つゆり 花燈

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人生、安全が第一です

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「腹を切れ」


 可愛らしい声なのに、ドスが効いている。エリアス殿下は床に突き立てられたナイフを目にして、頬を引き攣らせた。だけど、同情はしない。だって本当に怖かったし、悲しかったのだ。


 そう、悲しかった。私は殿下にとって、綺麗に殺す価値もない、慰み者にするような女だったのかと…


「……ルイス様といいリアスといい、よくもまあ動けない女性に揃って似たような事を…。私は言ったわよね、リアス。あの薬は本当に怖かったって」

「…聞いた」

「なのに何故、こんな酷い事が出来るの?!」

「いや、それは…」

 いつのまにか、アリシティア様はエリアス殿下を名前どころか、愛称で呼んでいる。


「ちゃんとベアトリーチェの薬はのませたの?」

「それはもちろん」

「口移しで飲ませたりしてないでしょうね?」



 エリアス殿下が顔を背けた。薬って、あの媚薬みたいなやつ?

「……してない」

 その答えの微妙な間に、アリシティア様はご自分の足先で、座り込んだままのエリアス殿下の顔を正面に向ける。一応第二王子なのに、アリシティア様の殿下の扱いが雑すぎる。それにこの方、足癖が悪すぎないかしら?

「レティシア様がどんなにお美しくて、可愛くて、大好き過ぎても、今はまだリアスの恋人でも婚約者でもないのだから、口移しで飲ませたりするなと、予め言っておいたわよね?」

「だから、そんな事はしてないと」

「えっ?」

 エリアス殿下の言葉にかぶせるように、私は咄嗟に声を出してしまった。だって今……。

「私が……大好きって、どなたが?」

「今の会話の流れで、俺以外の誰がいるんだ」

 あたり前のように返事が返ってきた。

「俺とは?」

 私の言葉に、アリシティア様がぱちぱちと瞬きをした。まつ毛が長い。……ではなくて。



 思わず馬鹿みたいに聞いてしまったが、本気でわからない訳ではない。ぎゅっと胸が締め付けられた気がした。不整脈かしら。私の反応に、アリシティア様が首を傾げた。

「何度も求婚してるって言ってなかったっけ?」

「兄上のところに来るたびにしてるから、10日に一度の頻度だな」


 ぷっと吹き出す声が聴こえて、そちらを見ると、ルイス様が面白そうに声を出して笑っている。彼が声を出して笑う姿を初めて見た。今日のルイス様は、何故かめちゃくちゃ機嫌が良さげで、正直気持ち悪い。
 そんな事を考えていた時、扉がノックされた。外から「ヴェル様~」と男性の声がする。
 誰よ、ヴェル様って。

「ルイス、アリスも連れていってくれ。怖すぎる」

 エリアス殿下の声に、ルイス様がにっこりと微笑んだ。うん、よくわからないけど、やっぱりこいつは危険だ。




「いいよ。おいでドール。エリアスをいたぶるのは向こうが片付いてからにしてね」

 ルイス様は扉をあけながら、アリシティア様を呼んで外に出る。いや、『おいで』って、犬や猫じゃないんだから。だけど、アリシティア様は、そのまま素直にルイス様について行ってしまった。ただ、エリアス殿下に「絶対に、これ以上酷い事をしたら輪切りにするからね」と、釘を刺すのを忘れなかった。

 ほんの少しだけ、彼女が輪切りにこだわる理由が知りたい…。

 正直、ルイス様はめちゃくちゃ要らないが、アリシティア様を連れて行かないで欲しかった。





「殿下…。アリシティア様って何者ですか?」

「ああ、アリスか。影の騎士団についてはどこまで知っている?」

 もう取り繕ってドールと偽名で呼ぶのはやめたらしい。まあ、どちらでも良いのだけれど。

「確か王国と王家の影達の総称でしたわよね。その存在を知っているのは、上位貴族に近衞、あとは大臣以上の方々。わたくしも公爵家を継ぐ者として、存在位は教えられておりますが、詳しくは知りません」

「アリスはああ見えて、王国の影の一人だ。伯爵令嬢という表の顔があるし、本人はあんな感じであまりに自由すぎるからか、上からは放置されている。あ、でも優秀ではあるんだ」

 わざわざ付け足すようにフォローする必要は無いのだけれど、殿下はアリシティア様に何か弱みでも握られているのだろうか?

 ドールというのは、アリシティア・リッテンドールのドールからか。
 なんとなくだが、腑に落ちた。彼女は影としての顔を持つから、その辺りの理由で長い間社交の場に姿を見せなかったのだろう。だがそのせいで、ルイス様と王女の噂が増長されてしまった。


「ルイス様も?」


 ヴェル様はラローヴェルのヴェルか?名前つけた奴は誰よ。手抜き過ぎない?偽名にもなってない。



 アリシティア様のデビュタントでルイス様がみせた彼女への溺愛は、政治的なアピールかと思っていたが、先程の様子を見るに、ルイス様はあれを素でやっていたのだ。恐ろしすぎる。私とは絶対に相容れない存在だ。


「ルイスはアリスが勝手に連れてきた。それ以上聞くと、このまま帰れなくなるが、それでも良いか?」

「帰れないとは?」

「離宮の俺の部屋に持ち帰られて、兄上の婚約が決まるまで、部屋からは出られない」

「なんですの、それ。人を物みたいに」

「仕方ないだろう。秘密を知った人間を野放しにはできないから、妥協案だ。俺は兄上の婚約者が決まるまで、婚約できないからな、手っ取り早く拉致監禁しとこうかと」

「王太子殿下のご結婚が決まるまで結婚できないなど、そんなのは当たり前でしょう。第二王子ですもの。それが何で拉致……って、あら?」

 唐突に思い至った可能性に、私の胸が大きく脈打った。


「……なんだよ」

「……もしかして、殿下の求婚って本気でしたの?」

「もしかしなくとも本気に決まってるだろう。俺は第二王子だぞ? 冗談で求婚したりする訳がない」

 殿下の言葉に胸が早鐘を打つ。もしそれが本当なら…。

「でも、わたくし、自分の立場を利用されるのは嫌ですわ」

「腐っても第二王子だぞ、後ろ盾が欲しいわけでもない。君の立場を利用するような事をする訳がないだろう」

「後ろ盾が、必要ない?」

「ああ。強いて言えば、俺の後ろ盾は兄上で十分だ」

 たしかに、我が家の後ろ盾があったからと言って、別に彼には関係ないのかもしれない。王太子殿下とは兄弟仲も良いので、エリアス殿下の発言が軽んじられる事もない。

 だったら何故…とは、流石に思わない。でも、安全確認…いや、状況確認は必要だ。



「失礼ですが、エリアス殿下はわたくしの事が好きだったりしますか?」




「は?」

 ムードも何もない淡々とした私の質問に、殿下はとてつもなく怪訝な表情をしてみせた。
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