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第二章
28.下僕と高級娼婦 1
しおりを挟む「頼む。お願いだ、見逃してくれ。俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ」
華やかな舞踏会場内の、人目につかない場所。豪華な細工のマホガニーでできた重厚なカウチソファーの上で、半身をソファーの背もたれに預けた青年が、懇願するような情けない声を出した。
「お願いで物事が何でも思い通りになるなら、貴方はこんなところにはいないでしょう?」
切羽詰まった声に被せるように、淡々とした声が響く。
「俺の家には、俺の帰りを待ち構えて勝負を挑んでくる幼い妹と弟に、新聞の泥沼人生相談コーナーを日々楽しみにしている父がいるんだ!!俺がこんな事で死ねば弟妹たちが悲しむし、父は絶対喜んで泥沼人生相談に投書するに決まってる。頼むから見逃してくれ」
「あら、お父様素敵なご趣味ね、私もあのコーナー大好きよ。大丈夫よ、リー様。痛くしないからね」
「い、嫌だ!!絶対嫌だ!!命だけは助けてくれ」
幾つかの観葉植物の影に隠れるように置かれたソファーの上で、リカルドは押し殺したような、悲痛な声を上げた。
「もう。いい加減、男らしく腹を括りなさい!ちょっと私を膝の上に乗せて、いちゃいちゃして、べろちゅーでもして、胸でももんで、好きなだけぱふぱふでもして、気持ちよーくなってれば良いだけだってば。信用してよ、王弟殿下から近衛暗殺禁止令が出てるから、いくら殺せる距離にいても、殺したりしないわよ」
アリシティアは意味不明とばかりに、呆れたように首をかしげた。
「いやいや、今しれっとクソ恐ろしい事を言ったぞ、お前。それにそれ、男らしく腹を括ったら、男の象徴がなくなるパターンのやつだろ!! だいたい、べろちゅーってなんだ?!べろちゅーって」
「あら、知らないの? 唇を互いにあわせて舌と舌を絡ませ合って、お互いに口内の性感帯を刺激しあい、時には唾液を飲ませ合ったりもする、ディープなキスの事よ。大丈夫、虫歯もないし、別に口の中に毒を仕込んだりもしてないから安心して」
「いや、全くもって安心できる要素がない。本気で意味わからん。お前ルイスの婚約者だろ」
今にもリカルドの膝の上に乗り上がろうとするアリシティアの肩を押して、リカルドは必死にアリシティアの猛攻に耐える。ついでに声を抑えつつも喚くという、器用な芸当も披露していた。
チューダー伯爵や、リヴィアの連れの男性と挨拶を交わした後、アリシティアはリカルドを会場の片隅へと連れて行った。会場からギリギリ見えないようで、実は見えているカウチソファーの上に、リカルドを突き飛ばすように座らせた。
そして生娘のように嫌がるリカルドを無理やり押さえつけたアリシティアは、リカルドの膝の上に乗ろうとして、必死の抵抗にあっているところだ。
「それが何?もう、貴方は先程から何を言ってるの。殺さないって言ってるでしょ?!」
「何を言ってるも何も、それはこっちの台詞だ」
今にも膝の上に乗ってきそうな呆れ顔のアリシティアの肩を押さえつけて、リカルドが涙目で睨みつける。重厚なソファーの上ではリカルドの命、もしくは男の象徴をかけた攻防が繰り広げられていた。
本気でわかってないようなアリシティアに、
「まずは相互理解を深めるべきだ。俺の身の安全の為にも、隣りに座ってくれ」
と、リカルドが懇願した。
アリシティアは渋々と隣に座るが、体はしっかりとリカルドの方に向いている。距離もとてつもなく近かった。
だが、そんなアリシティアから逃れるように、できるだけ上体を逸らせたリカルドは、アリシティアの目前にビシッと人差し指を立てた。
「まずひとつ。俺は人の婚約者に手を出す趣味はない」
「今の私は高級娼婦で貴方はパトロン。潜入捜査も習ったって言ってたわよね」
「う…、俺が習ったのはむさ苦しい男同士の潜入捜査だけだ」
「それが何? パートナーが男だろうが女だろうが、やることはおんなじよ」
「いや、ぜんぜん違う」
「もう、面倒な人ねぇ。何が不満なの、こんな美人で巨乳な悪女を膝にのせていちゃいちゃできるというのに」
「いや、お前の胸のそれ、上げ底だろ。俺の目はごまかせないぞ。って、いや今はそれはいい。それがふたつめだ。なんで俺がお前といちゃいちゃしなきゃいけないんだ?」
「この仮面舞踏会で背徳的な行為にふけって、楽しんでいるっていうアピールよ。この後の内緒のパーティーかなにかがあるなら、忍び込むんじゃなくて、出来るならご招待されたいからね」
「お前のそのアピールで、俺がルイスに殺されたら、どうしてくれるんだ?」
「……今の話の流れで、なぜ貴方がルイス様に殺されるという話になるのか、理解できないのだけれど」
アリシティアは心底不思議そうな顔をする。そんなアリシティアの表情に、思わずリカルドの眉間にシワが寄った。
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