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第二章
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しおりを挟む『アリス、一緒に遊ぼう』
『アリス、お茶会しよう』
忘れたくなんてない。
それなのに、時間の流れは残酷で…。
とても大切なものなのに、積み重なる記憶の片隅に押し流されてしまいそうになっていた。
けれど今、大切な二人の姿が、声が、アリシティアの脳裏に鮮やかに蘇る。
アリシティアの大切な友人。
大好きな双子。
──── 二人を返して!!
息が苦しい。喉を締め付けられたように、呼吸ができない。
アリシティアは呼吸の仕方を忘れたように、何度も息を吸う。急激過ぎる胸の痛みに、目の表面を涙の膜が覆った。
アリシティアは自分自身で制御出来ない体を必死に押さえ込もうと、目の前のベアトリーチェの胸に顔を埋める。息をゆっくりと吐こうとしたが、上手くいかなかった。
「なに? どうしたの??」
その行動に驚いたようにベアトリーチェが問うが、アリシティアは答えなかった。
息苦しさから零れ落ちた涙が、ベアトリーチェの服に吸い寄せられていく。
「見つ…た……。あ、あい……つ…」
荒く短い呼吸の合間。アリシティアは必死に言葉を繋ぐ。冷や汗が流れる。
身体を強ばらせたアリシティアの異変に気付いたベアトリーチェがアリシティアの身体をぎゅっと抱きしめた。
短く早い呼吸をくり返すアリシティアに、ベアトリーチェが、囁くように話しかける。
「毒…ではないわよね。パニック発作…、過呼吸?」
その言葉に、アリシティアは混乱する思考を総動員して、前世の知識を思い出す。そして短い呼吸を何度も繰り返しながら、彼女は2度頷いた。
優しい手が背中をゆっくりとなでる。
「大丈夫よ。大丈夫。今すぐ帰りましょう」
低い声と共に、アリシティアの両脇と膝の後ろに腕が回され、足元がふわりと浮かび上がった。
瞬間、酷く目眩がした。アリシティアは不安定さに耐えられず、無意識にベアトリーチェの首にしがみついた。
だが、ベアトリーチェが歩き出した事に気づき、荒い息の合間に、短く言葉を繋ぐ。
「ダメ……、今……ダメ…」
アリシティアを抱き上げたベアトリーチェは、宥めるように彼女を抱き上げた手にぎゅっと力を入れた。
「私はともかく、あんたは必要以上に目立つわけにはいかないでしょ?」
「でも、ダメ…。あい…つ、ら…」
早く短い呼吸を繰り返しながら、涙を浮かべるアリシティアの視線の先を、ベアトリーチェが追う。
「……いい?よく聞きなさい?できるだけゆっくりと細く息を吐くの。できる?」
アリシティアはベアトリーチェの言葉に、何度も首を横に振る。
「大丈夫よ。ゆっくりで良いから。あの、葉巻を吸ってる二人組? 白髪混じりのブラウンの髪に、紺のシャツの男と、ダークブラウンの髪の。あんた、あの二人組みを探してたの?」
ベアトリーチェの言葉に、深くアリシティアは頷いた。
アリシティアの視線の先には、四十代前半の男が二人、ソファーに腰をおろしていた。男達は神妙な顔をして葉巻のような物を燻らせている。
ベアトリーチェが周囲を見渡す。男たちの座るソファーと対角線上にあたるソファーが空いていて、その辺りはさらに灯りが絞られているようだった。
アリシティアを抱き上げたまま、ベアトリーチェは歩き出す。
薄暗くなった一角、不自然に窓に向けられたソファーに腰をおろした。そして、ベアトリーチェは自らの膝の上にアリシティアの硬くなった身体をのせる。
「この角度で向こうは見える?」
なんとかゆっくりと呼吸しようとするも、すぐに短く何度も息を吸ってしまう。それでもアリシティアは、ベアトリーチェの言葉に頷く。
「大丈夫よ、落ち着きなさい」
ベアトリーチェの大きな手が何度も優しくアリシティアの背を撫でる。だが、一向に呼吸が落ち着く様子はなかった。
華奢な肩を揺らしながら荒い呼吸を繰り返すアリシティアを膝に載せたまま、ベアトリーチェは短く息をはいた。
そして、彼女の涙が浮かぶ瞳を、神妙な表情で覗き込む。
「言っておくけどこれは医療行為だからね。わかったら身体の力を抜きなさい」
言葉と同時にアリシティアの口を、ベアトリーチェの口が塞いだ。
「ふっ……ん」
アリシティアが目を見開き、身体がびくりと大きく震えた。それをなだめるように優しい手に背中が撫でられる。
息を吸うために開かれたアリシティアの唇の間から、舌が滑り込む。息ができないほどに口内を蹂躙された。
室内には多くの人がいるが、他の人たち同様、傍目には恋人たちが痴態を繰り広げているようにしか見えないだろう。
誰もその行為の目的が、過呼吸の応急処置だなどとは疑いもしない。
きっと最善ではないだろう。けれど、この場の雰囲気を考えると、誰にも気づかれないように早急に発作を抑えるには、それが最適解だと思えた。
「……ふっ」
長く息もできないような濃厚な口づけの後に、ほんの一瞬唇が離れた。
刹那的に空気を吸い込むアリシティアの視線と、ベアトリーチェの視線が絡む。
そこに熱は欠片もなく、その瞳には冷酷で冷たい笑みが浮かんでいた。
──── 殺意……?
親友から向けられた視線の冷たさに、アリシティアは凍りつく。ベアトリーチェの瞳の中の一瞬の感情には、明確な殺意と憎しみが入り混じっていた。
なぜこんな風に、ベアトリーチェに隠れた殺意を抱かれているのか。
アリシティアには想像も出来なかった。
アリシティアは呆然と考えた。やはり自分を殺すのは、この男なのだろうかと…。
再び重ねられた唇に呼吸を奪われる。
朦朧とした意識下で、アリシティアは影としての訓練で培った冷静さを取り戻していった。
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