余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第二章

38.熊ちゃんと子猫と危険なお薬1

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 口を塞がれて呼吸を制限されたせいか、もしくはフロア全体に広がるように焚かれたダウナー系の香の鎮静効果のおかげか、アリシティアの過呼吸の発作は徐々に収まりつつあった。 

 

 落ち着くにつれて、アリシティアは前世で読んだ主治医のエッセイを思い出していた。 

 確かそこには、過呼吸の応急処置は不安を取り払い二酸化炭素濃度を調節する事が必要であり、呼吸をリードしてくれる有能な恋人とのキスが有効だと思われると書かれていた。だが、最後には『まずは有能な恋人を手に入れる必要があるので、残念ながら現実的ではない』とも書かれていて、クスリと笑ったことを思い出した。  

  そんなめちゃくちゃどうでもよい記憶は残っているのに、大事な記憶は覚えていられない。そんな自分にアリシティアは落胆していた。何よりも有能な恋人ではないが、天才の親友が垣間見せた殺意に、別の不安が沸き上がっていた。
  

  



 「落ち着いてきた?」  

 耳元で響くベアトリーチェの声と、背中を撫でる手は優しい。アリシティアにゆったりとした心地よさを与えてくれる。  

「うん。ありがとう、ベアトリーチェ。おかげで発作の時間が短くて済んだわ。……でも、この事は王弟殿下には内緒にしてね。精神鍛錬が足りないって、何させられるか、わかったもんじゃないから」  

 ベアトリーチェはその秀麗な顔に、苦笑を含む呆れたような表情を浮かべた。 

 アリシティアはいつもと変わらないベアトリーチェの姿をぼんやりと眺める。先程彼の目に見た、刹那的な殺意も憎しみも、全ては苦しさゆえの勘違いだったのではと思いたくなった。

   


「それはいいけど……。あんたさぁ。私がいま何したかわかってて、そんな事言ってるの?」  

「何って、…キスだよね?」  

 質問の意図が分からないとでも言うかのように、アリシティアは気の抜けた返事をする。  

「あら、一応わかってはいるのね。それでその、うっすーい反応な訳?もっと恥ずかしがったり、驚いたりしないわけ?」  

「なにそれ。そんなの救命処置に対する冒涜じゃない。わたしが人工呼吸を恥ずかしがったり、心臓マッサージや、AEDでセクハラだとか、人前で服を脱がされるなんてとか、言い出すような女だとでも?」  

「……こう言うの、馬鹿な子程可愛いって言うのかしらね?」  

 ベアトリーチェは思わずといった風に、鼻で笑った。その小馬鹿にした表情に、アリシティアはむっと眉根を寄せる。  

  

「……ねぇ、なんで私は今、お礼を言ってバカにされたの?」  

 本当はベアトリーチェの言いたいことはなんとなくわかってはいる。けれどアリシティアは、そのことを深くは考えたくはなかった。 

「気のせいよ。とにかく、落ち着いたのなら、さっさと私の膝の上から降りてちょうだい。重いわよ」  

 照明が絞られたフロアの隅のソファーの上で、ベアトリーチェは気遣い等ほんの少しもみせることなく、膝の上のアリシティアの身体を乱雑に押しのけた。  

「はぁ?私は重くないわよ。女神様に失礼じゃない」  

 アリシティアがベアトリーチェを不快そうに睨みつけた。 



「ねえ、なんでここに女神様が出てくるのよ?」  

 ベアトリーチェは眉根を寄せる。 

「それは私が悪女に相応しいブラなしでも垂れない巨乳と、ダイエットの必要無い体を、女神様に与えられてるから」  

 アリシティアは本人以外には意味不明すぎる言葉を口にする。だが、いつものように、自慢げに余裕のある微笑みを浮かべようとして失敗し、へにゃりと力が抜けたように笑った。  

 そんなアリシティアを、ベアトリーチェは紫の瞳でじっと意味ありげに見つめる。しばらくしてベアトリーチェはふっと息を吐いた。  

  


「確かにあんたって、見た目より遥かに軽いわね。体幹がしっかりしてる人を抱き上げると軽く感じるって言うけど、どんなカラクリなの?」  

 アリシティアはゆったりとした幅のあるソファーに乗り上げ、ベアトリーチェの隣に横向きになり、座り直した。気だるげにベアトリーチェの肩に頭をもたせかける。  

 呼吸を落ちつけたアリシティアの視線の先には、数十分前と変わらず、葉巻を持ち話し込んでいる男達がいた。  

 


「ん――― 。……体重計に乗る時って、そーっと、足の指先から、出来るだけゆっくり乗ると、軽く表示されるでしょ? あんな感じ?」 

「いや、意味わかんないわ。どんな乗り方をしても、体重計が壊れるか重力が変わらない限り、あんたの体重は変わんないからね?」 

「だから、重力が変わるようにね、乗るのよ」 

「さすがの私も、あんたがここまでお馬鹿だとは思わなかったわ」 

「ちょっと、いくらあなたが天才でも、私に失礼過ぎない?」 

 

  

 薄暗いフロアの奥の客を眺めながら、アリシティア達が意味の無い会話をはじめた時。 タイミングを見計らったように、ランドルフと名乗ったフロアの支配人が近づいてきた。  

   アリシティアの接客にあえてフロアの支配人がつくということは、アリシティア達は裏カジノなどでよく聞く初回・・特別扱い・・・・を受けているのかもしれない。 

  

 それは今後大金を落としてもらう為に、カジノが見込みのある客に使う方法だ。チューダー伯爵から直接招待されたとはいえ、伯爵はアリシティアを高級娼婦だと思っている。そのため彼女自身が上客になるとは思われていない筈だった。  

 この扱いをみるに、彼女が上客となりうる客を連れてきたと期待はされているのかもしれない。だが、申し訳ないが連れてきたのは稀代の天才と呼ばれるベアトリーチェだ。 

 裏カジノが破産しないレベルで遊ぶように言っておかなければならない。まあ、こういったところで勝ちすぎると殺される可能性があるから、ベアトリーチェもさすがに法外な勝ち方はしないだろう。 

 
 多分...。 ベアトリーチェなら、返り討ちにしてしまう可能性もある気はするが。




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