余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第二章

2※

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 フロアの支配人であるランドルフの押すカートの上には、繊細な泡が立ち上る美しい琥珀色のスパークリングワインと、特別な薬が用意されていた。 
 
「お待たせ致しました。こちらにご要望に近い物を2種類ご用意させて頂きました。紙と煙管、どちらをご利用になりますか?」 
 
 アリシティア達の前にはワイングラスの他に、薬草とそれを吸う道具が並べられていく。
刻んだブレンドハーブ、綿か苔のような塊、美しい細工の煙管、巻き紙とフィルター、プレート、水が入った小皿、灰皿と思われる美しい装飾の施された皿、そして種火用のロウソクと火をつける為の細く木の入ったグラス。 
 
  まるで美しく並べられた、上品な料理のようだ。
 
「ああ、後は自分でやるから構わない。説明も必要ないから下がっていい」 
 
 ランドルフが並べ終わったところで、ベアトリーチェが口をはさんだ。
普段の彼女、いや、今は青年の姿をしているから彼と呼ぶべきか。普段の彼とは違い、今のベアトリーチェからは気品と高位貴族特有の存在感を感じる。

 本当にベアトリーチェが前世で良い家のボンボンであり、素地が出来ていたとしても、この世界での所作や気品は、一朝一夕では身につかない筈だ。たとえ彼が天才であったとしても。
 それでもなぜか、アリシティアは彼のことを調べようとは思えなかった。それが一年後、アリシティアの破滅の原因になるとしても。
 
「畏まりました。それでは、ごゆっくりお楽しみください。御用の際には、いつでもお声掛けくださいませ」 
 
 ベアトリーチェの言葉に、ランドルフは頭を下げて、2人の前から去っていった。 
 
  

  アリシティアは見慣れないものを眺めながら、ベアトリーチェに問う。

「ねぇ、自分でするって何を?」 
 
「こういうのはね、タバコのように紙で巻いたり、煙管に入れる為に丸めたりするのだけど、丸め方によって、火の付き方や煙の出方なんかも変わってきて、効能もかわってしまうの。だから、専属のプロがいるのよ」 
 
「へー。くわしいね。ねぇ、こういう所に出入りして、悪い事してるの?」 
 
「お馬鹿な子ね。私は薬屋よ」

「魔女なのに?」

「抗生物質なんかは、魔女の薬ではないわ。薬屋のお仕事よ」

「薬屋なの?薬師じゃなく?」

 貴族の中では医師と調剤師は分業だが、平民は主に医師であり薬剤師でもある薬師に頼る。

「はあ? 患者の愚痴なんて聞いてられないわ」

 まるで散々患者の愚痴を聞いてきたような口ぶりだ。この国で無数の命を救うことになった抗生物質の作り方を広め、手指衛生やうがいを徹底させ、伝染病の蔓延を防ぎ、産褥熱での死亡率を下げ 、画期的に医療の質を向上させたのはベアトリーチェだ。

 だが、ベアトリーチェの功績はすべて王宮医師の功績になっていた。
それを不審に思ったアリシティアが抗生物質を作った人間に会わせろと、ガーフィールド公爵の首を絞めて吐かせたのが、アリシティアとベアトリーチェの出会いだ。

「乾燥させた大麻? こっちはワイルドレタスを濃縮させたブレンドハーブかしら。ふーん意外。依存性もない、本当にかなり緩い奴よ」 

「この世界にも、大麻があるのね」 
 
「そりゃあるわよ。前世と同じ野菜や花があるんだもの。それ以外にも、前世の合成の化学物に類似した成分が、その辺の植物に含まれてたりするの」 
 
「ああ。リカルド様が食べたチョコレートみたいな。あれ、ベアトリーチェでしょ」 
 


 ベアトリーチェはアリシティアの言葉を無視して、皿の上の大麻を摘まんだ。指先でその弾力を確かめながら、僅かに口角を上げる。 
 
「……ねぇ。そんな事より、あんたはあの2人組、どうしたいの?」 
 
「そうねぇ……。とりあえず、捕まえて拷問して殺してくれと言うまで痛めつけたいかなぁ。まあ、必要なことを聞いてからね。自白剤を作っておいてね。最悪廃人になってもいいわ」 
 
 アリシティアは何の感情を浮かべることもなく、淡々と答えた。

「あら、珍しく過激ね。本当は剣が得意なのに、人を殺したくないなんて理由で、殺傷力の高い武器を使わず、鞭を使ってるあんたが」 
 
「鞭を使ってるのは、私が悪女だからよ」 

「……あらそう。あんたの中の悪女像は、鞭が装備されてるのね」 
 
  

 ベアトリーチェは抑揚なく答えながら、プレートの上に巻紙を置き、その上にフィルターと刻んだ葉を乗せ、器用にくるくるとまいていった。最後に指先を糊を溶かした水で濡らし、紙の端を撫でてとめる。出来上がったものは普通のタバコにしか見えなかった。 
 ベアトリーチェはそのままフィルター部分を口に咥えた。くるくると回しながら火をつけて、ゆっくりと煙を吐き出す。
 
 
「ん、大丈夫ね。魔女の薬液がほんの少し含まれてはいるけど、問題ないわ。ねぇ、あんたタバコを吸った事は?」 

「ないわ。ニコチンはお肌の大敵だもの。毛細血管が縮むと老化を加速させるでしょ」 
 
「あっそ。じゃあこれ、ニコチンフリーよ。最初はゆっくりと少しずつ肺まで吸って、しばらく息を止めてからゆっくり細く吐き出しなさい」 

 ベアトリーチェは火のついた紙巻きのハーブを、アリシティアの口元に持って行く。アリシティアはそれをぱくりと咥えて息を吸い込んだ。しばらくして、ゆっくりと細い紫煙をはきだす。 

 
「……ニコチンがフリーでも、タールがキツい事はわかった。それ以外は何も感じないわよ?」 

 すべての煙を吐き出したアリシティアは、不満げに眉間を寄せた。 
 
  
 
「そうなの? 初心者用として、結構上手くブレンドされてるとは思うけど……。ああ、そういえば、あんたの体、毒や媚薬の耐性つけてるんだっけ。そりゃこんなの効かないわね」 
 
「内蔵に負担をかけないレベルだけどね。……ねぇ、こういう所で周りのピンサロを見るでもなく、男二人で普通の葉巻を吸って、お酒を飲んでもいない理由って、なんだと思う?」 
 
「さっきも言ってたけど、『ピンサロ』とか『ハプバー』って何よ」 

「わかんないのならいいわ。それより、なんでだと思う?」 
 
「そりゃ大事な話か大事な取引でもあるんじゃない?」 
 
「やっぱりそう思うよねえ」 
 
  
 
  うんうんと頷きながら、アリシティアは気だるげに右手を上げた。 
それに気づいたランドルフが直ぐにやってきて、テーブルの前で片膝をついた。 
 
 
「御用でしょうか、お嬢様」 
 
「ええ。あのねランドルフ、私ね、この人をベッドの上で動けなくして、意地悪して鳴かせたいの」 
 
「動けなく……でございますか?」 
 
 唐突なアリシティアの言葉にも、ランドルフは表情を崩す事なく、優雅な笑みで問い返す。
 

ただ、アリシティアの隣のベアトリーチェの纏う空気が冷たくなった気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。
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