余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第二章

41.淡い希望と咎人の烙印

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 風はやいばとなり、大気を切り裂きながら、女性の悲鳴にも似た咆哮をあげて雷を呼び寄せた。大粒の雨が窓を叩く。

 空を覆う暗雲は、幾度となく白い光を放った。時折、建物を揺らす程の雷鳴の轟きと共に、その白く鋭い切先が大地を穿つ。



 雷光が室内を白く染めるたび、ルイスの顔にいくつもの感情が過ぎる。それは亡き父に向けたものなのか、無知で無力だったルイス自身へか、それとも彼に何一つ真実を告げる事なく、なのに何一つ守る事ができなかった役立たずのアリシティアにか。

 アリシティアの視界の中で、ルイスはゆっくりと息を吐き出し、顔に当てた手を離した。手のひらをきつく握りしめる。激情と葛藤を覆い隠すように、彼はその美しい青紫の瞳を閉じた。






 再び暗雲が白い光に切り裂かれ、大地を抉る衝撃に窓ガラスが共鳴する。

「ごめんなさい…」

 ともすれば、聞き逃してしまうような声で、アリシティアは謝罪の言葉を口にした。



 幼い日のアリシティアは、自分にも事件を阻止する為に何かできると思っていた。
けれど、その慢心があの嵐の中のローヴェル邸での悲劇を招いた。



 まるであの日を再現したような嵐の中。アリシティアはギリギリと喉を締め付けられるような息苦しさと、心臓に剣を突き刺されたような痛みを自覚する。
彼女の中に感情が荒れ狂う。



 『ごめんなさい』『ゆるして』とどれだけ言えば、許しは与えられるのか。

 だが、もはや誰に何を許されたいのかすらも、今のアリシティアには分からなかった。それ以前に、アリシティアが許しを乞うなど、とてつもなく強欲で罪深い行為だと思えた。


 何度となく考えた。

 小説の中のルイスは、彼の父親が彼に似た子供を陵辱している所を母親に目撃され殺された事しか知らなかった。
それだけでもそれをルイスは自身の罪だと思い込んでしまった。

 アリシティアがルイスに両親の惨劇の現場を見せなかったから、なんだというのだろう。アリシティアの行動は、より残酷な真実を、ルイスが知らなくても良かった真実を知るきっかけを作ってしまった。
 アリシティアさえ何もしなければ。アリシティアが関わらなければ。

 何かを望めば、その代償が必要になる。

 あの頃のアリシティアは、代償を支払う必要性など考える事さえせずに、ただ運命を変えられると思っていた。思い上がった、あまりにも無知な子供。

 アリシティアは抜けない棘のように、心に刺さったままの言葉を思い出した。




────── なんの役にも立たない、出来損ないの人形……



 その通りだと彼女は思った。
アリシティアさえ何もしなければ、双子はあの場所に今もいたかもしれない。

 前ラローヴェル侯爵夫妻のすべての罪をもみ消されたルイスが、数え切れない犠牲の上で、呪縛のような罪悪感に絡めとられながら、生きる事もなかった。
何も知らない子供だったルイスに、罪などありはしないのに。


 がらんどうの人形が、運命を変えようなどと思う事自体、おこがましいのかもしれない。それでも…。

 アリシティアは心の中で自嘲し、気持ちを切り替えるように、深く息を吐いた。




「…前侯爵とあの男達の関係性まではわかりません。けれど、今の彼らは襲撃や誘拐を専門にしていて、昔と同じように、高位貴族の顧客を抱えている事だけはわかりました」

「それで、あの2人の今の雇い主が、さっき言ってたリスティアード子爵って訳なの?」

 ベアトリーチェの問いに、アリシティアは頷く。

「ええ。そうみたい。多くの貴族は、多かれ少なかれ、闇社会の人間との繋がりを持っているの。こういう事は犯罪を実行する側と依頼者側、双方の信頼が必要で、一度信頼関係が成立すると、同じ人を使う。その辺のゴロツキに依頼する方が安いけど、高位の貴族はそんなことはしない。だから彼らを探ると令嬢誘拐事件に関わった人間がわかるはずなの」


 だが、それだけではない。それはアリシティアが、ようやく探し当てた、過去のリーベンデイルの生きた人形への手掛かりだ。小さな小さな、とても淡く儚い、それでも消えた双子につながる唯一の希望。






 わずかに目を眇めたベアトリーチェはソファーの肘置きに腕を置き、頬杖をついた。

「…ねぇ。今更なんだけどさぁ。その話、私が聞いてもいいのかしら? 私、知ってはいけない秘密を知ったとか言われて、陛下や王太子殿下に暗殺されるのは嫌よ?」


「大丈夫よ、あの温厚な陛下やお優しい王太子殿下が、暗殺なんてする訳無いじゃない。やるとしたら王弟殿下ね」

「お優しい…ねぇ。何にせよ、王弟殿下に狙われた時点で、大丈夫な要素が全くないんじゃない?」

 ベアトリーチェは秀麗な顔に苦笑を浮かべ、肩を竦める。
そんなベアトリーチェを見て、アリシティアは困ったように微笑んだ。
  


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