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第二章
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しおりを挟むアリシティアはベアトリーチェの言葉に納得した。
あの二人の男はアリシティアの追っていた人間であると同時に、王弟ガーフィールド公爵の標的でもある。
ルイスの父である前侯爵の犯罪もローヴェル邸での惨劇も、関わった者はすべてガーフィールド公爵に消される。
それはルイスにもラローヴェルにも何一つ汚点があってはならないと、アリシティア自身が、ガーフィールド公爵と契約した事でもあった。
ルイス自身に傷がつかないように、王女が降嫁するにふさわしい人物であるように。
アリシティアは他にもいくつかガーフィールド公爵と契約を交わしている。
リーベンデイルの生きた人形については、公爵は彼が知り得た情報をすべてアリシティアに教えると約束してくれた。
それでも、あの男達は王妹の降嫁先でおきた、王家の威信を地に落とし国を揺るがす程の事件の関係者でもある。
過去に売買されたリーベンデイルの生きた人形と呼ばれる被害者達も、今現在起こっている令嬢誘拐事件すらも切り捨て、ガーフィールド公爵が早々にあの男達の口を封じないとは限らない。
彼らの周辺を調べる前に、彼らを殺したりはしないとは思う。だが、万が一ということもある。
(まずは、エリアスより先に王弟殿下の所に行かなくちゃ。彼に獲物を横取りされないようにしないと)
考えを巡らせながら、アリシティアはベアトリーチェを見た。
「冗談よ。ベアトリーチェは魔女だもん。たとえ王族でも決して手を出してはならない。それはこの国が出来た時からの不文律だもの。そして魔女である貴方は、俗世のしがらみには関わらない。でしょ?」
ベアトリーチェがこの世の理から外れた魔女である限り、たとえ国を揺るがすような事件であろうと、ベアトリーチェが誰かにこの件を吹聴するような事はない。
「まあ、一応は そうなんだけどねぇ……。まあいいわ、嵐が過ぎるまで私は高額な賭け金の裏カジノで四時間程豪遊してくるわ。もし私が負けたら、その分のお金は経費としてあんたに請求するからね。着替えも届いた事だし、あんたは体を温めなさい」
一人掛けのソファーから立ち上がったベアトリーチェは、アリシティアの座るソファーの後ろを通る時、彼女の頭をペチンと軽く指先で叩き、「毛染めの薬液は私の荷物の中」と言葉を残して扉を開いた。
「ありがとう、ベアトリーチェ。カジノで勝ちすぎて命を狙われないようにしてね」
ベアトリーチェの背中にアリシティアが礼を言うと、彼は振り返ることなく片手を上げた。
「心得ているわ」
ベアトリーチェは短い言葉を残して、扉を閉めた。彼が気を利かせて、わざと部屋を出たのは考えなくとも理解できた。
「こんな雨だと、カジノのある本館まで行くのも大変なんじゃ…」
アリシティアは不安を滲ませた声音で、独り言のように呟いた。
その時、ふいにアリシティアの身体が抱き寄せられて、彼女の肩口に柔らかなプラチナブロンドの髪の毛がかかった。隣に座ったルイスが、すがるようにアリシティアの肩に額を押し当てる。
「…ここの本館と別館は地下からも繋がっている筈だから、雨には濡れない」
「そうなんですか」
「うん…」
ルイスは飲み込み切れない程の感情を抑えようとしているのか、アリシティアの肩に顔を伏せたまま動かない。アリシティアは無意識のうちに、その柔らかいプラチナブロンドの髪に頬を寄せ、背中を撫でた。
窓の外では、暗雲が白く鋭い光を放ち、地響きがする程の雷鳴が轟く。
「あの日…、あの時も君は同じように、髪に頬を寄せてずっと僕の背を撫でていた」
ピクリとアリシティアの手が震えた。全身が強張る。
ルイスが話しているのは、あの惨劇の日の事だ。ローヴェル邸で前侯爵夫人が、夫である前侯爵を滅多刺しにし、自らも首を切ったあの嵐の日。侯爵の寝室に行こうとするルイスを、アリシティアは無理矢理廊下に押しとどめた。
「僕はあの日間違えた。僕はいつも間違えて、いつも君を失う…」
小説の中のルイスは、あの惨劇の日を何度も繰り返し夢に見ていた。きっと現実のルイスもそうなのだろう。
だが、失ったというのは語弊がある。 アリシティアはあの時ルイスから恨まれ、拒絶された。
────── 父上と母上が死んだのは君のせいだ。
そして、幼い日のアリシティアは咎人の烙印を負った。
背負った罪の頚木は重すぎて…。彼女に深く刻みつけられたそれは、決して消える事はない。
あの時のアリシティアはルイスの両親の事よりも、誰の事よりも、ルイスと、ルイスの未来を優先した。
そして、すぐそばで亡くなったルイスの両親の死を悲しむよりも、アリシティア自身がルイスに拒絶されたことに絶望した。
そんな風に酷薄だったからだろうか。だから、アリシティアは罰を与えられたのか。
あの嵐の日、アリシティアは自分のすべてをかけても守りたかったルイスに捨てられた。
恨まれ、拒絶され、まるでいらなくなった玩具のように、飽きた人形のように。ルイスはアリシティアを嵐の中に投げ捨てた。
わかっている。ルイスが悪いわけではない。ルイスは間違えたというが、あの時のルイスからすれば、きっとあれは当たり前の感情でだ。アリシティアも理屈ではちゃんと理解している。
それでも、アリシティアの壊れた心の欠片の中で、10歳で時を止めたもう1人のアリシティアが泣き続けている。
「失う……か」
奇麗な言葉ね…と、自嘲を含む声でアリシティアは小さく呟く。
彼女のその冷めた言葉は、建物を揺らすほどの雷鳴にかき消された。
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