余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

文字の大きさ
123 / 204
第二章

42.悪魔との誓約と記憶の中にしかない国1

しおりを挟む
 
 嵐が去った翌日。
大気は限りなく澄み、爽やかな風が吹き抜けていく。木々の葉から零れ落ちた小さな水滴は、キラキラと陽光を反射していた。

 いつもよりも高く見える青い空の下、アリシティアは馬車を降りた。僅かに湿気を含む風に、青紫がかった銀糸の髪が揺れる。未だ雨に濡れた石畳を歩き、アリシティアが宮殿へ足を踏み入れると、廊下を行き交う人達の視線が彼女へと向かう。だが、そんな事は気にもとめず、彼女は王弟ガーフィールド公爵の執務室へと足を踏み入れた。



「閣下にお願いがあります」

 公爵の執務室に入ると同時に、挨拶すらせずアリシティアが本題を持ち出すのはいつもの事だ。
 白を基調とした、あまり飾り気のない王宮内の公爵の執務室は、その室内にある全ての物が、壁に飾られた幾枚かのソニア・ベルラルディーニの絵画を引き立てる事だけに留意されているかのようだった。ソニア本人はその絵画を「適当に描いた落書き」だと言っていたが、ソニアがその落書きを高額で公爵に売りつけているのをアリシティアは知っている。見た目は優しげでたおやかだが、公爵の侍女兼王家の影兼天才的な芸術家である彼女の性格は、なかなかにちゃっかりとしている。



「良いよ、何?」

 手に持ったペンを走らせながら、ガーフィールド公爵は、抑揚のない言葉を口にした。

「閣下、とりあえずは私の話を聞いてください」

「だから、良いよって言ってるんだけど?」

 公爵はペンを動かしていた手を止めて、アリシティアを見上げた。公爵と視線が合い、彼女は夜明け色の瞳に浮かんだ驚きを隠すように、数度瞬きした。長いまつ毛が目の下に影を落とす。


「え? 聞いて下さるの?」

「聞かないと言っても、君、いつも勝手に話し出す癖に」

「それはそうなのですが…。え?本当に? 何か企んでいらっしゃる?」

 思わずといった風に、アリシティアが警戒心を口にすれば、心外だとでも言うように、ガーフィールド公爵はわざと細めた目をさらに細めた。



「だって君、ヴェルの配下の影を使っただろう?」

 『ヴェル』は影としてのルイスを呼ぶ時の偽名だ。ルイス・エル・ラ=ローヴェルのヴェル。ちなみにアリシティアはアリシティア・リッテンドールのドール。

 王国と王家の影達に偽名を付けるのは、この目の前の王弟、ガーフィールド公爵だ。
偽名なのにそんなに分かりやすくていいのかとアリシティアは常々思っているが、公爵からすると、影の人数が多くて、いざと言うとき偽名をド忘れするよりはマシらしい。

 アリシティアがその話を公爵から聞いた時、自分につけられた『ドール』などという皮肉に満ちた偽名に苛立った。そのせいでつい、「あら、閣下はもう脳の劣化がはじまっているんですね。まあ、そういうお年頃ですから、仕方ありませんね」などと、憎まれ口を叩いてしまった。

 結果、近くでそれを聞いていて、こっそり笑った他の影達と共に、山賊が出没する冬の雪山に放り込まれた。目の前のこの魔王に。まさに口は災いの元というやつだ。

 あまりにも寒かったので、アリシティア達は早々に山賊を壊滅させて、そのアジトを乗っ取り、事なきを得た。
 けれどその時、アリシティアは足の指に霜焼けが出来て、痛くて痒くて大変だった。「絶対に許さない、いつか仕返ししてやる」と、心に誓ったものの、仕返しをするたびに魔王からの倍返しをくらうのだった。




「ルイス様からお聞きになったのですか?」

「いや、ノルからね」

「ああ。私がチューダー伯爵の裏カジノで見つけた男たちの足取りを追ってくれたの、ノルでしたね」

 アリシティアは納得した。ノルは主にルイスについている王家の影である少年だ。
代々王家の影の一族であるディノルフィーノ伯爵家の三男だが、影とは思えないほどに天真爛漫で、自由奔放。けれど敵と対峙したときは、誰よりも残虐な少年だった。

 ちなみにアリシティアが公爵を怒らせてお仕置きを受けるときは、毎回ノルも一緒に公爵からお仕置きを受けている。影につける偽名の件でアリシティアが公爵に嫌味を言ったとき、唯一、声を上げて笑ったのもノルだ。当然のようにノルもアリシティアと共に雪山に放り込まれた。そして、公爵にこっそり仕返しをしようとして、さらに痛い目に合うアリシティアの仲間でもあった。



 公爵は執務机の前から立ち上がり、来客用のソファーに腰を掛けた。それにならうように、アリシティアもその正面のソファーに座る。

「さてドール、こちらの情報を渡す前に、また勝手な事をした言い訳を聞こうか」

「その前に、私との約束を覚えているか、今一度確認させてください」

 アリシティアは真剣な面持ちで、目前の公爵を見た。

「約束? 」

「最も初期に売買された、少年と少女の双子のリーベンデイルの生きた人形の足取りを私が自由に追う許可。そして今後手に入るリーベンデイルの生きた人形に関する情報を私に渡す事」

「ふーん、つまりノルが追った男達は、令嬢誘拐だけではなく、リーベンデイルの生きた人形に関わっていると?」

「ええ。ですから、閣下。もう一度あの時の約束を守ると、私に誓約してください」

「いいだろう。制約魔法を使うか?」

 公爵は一切悩むこともなく同意した。

「いいえ、私は閣下の言葉を信用します」

 アリシティアから見た王弟ガーフィールド公爵は、腹黒で策士で意地悪。それでも公爵は、約束当時9歳のアリシティアの言葉を信じてくれた。そして、初めて出会った日からずっとアリシティアを守ってくれている。彼が何を考えているかはアリシティアにはわからない。それでも、アリシティアが彼を信じるには十分だった。



「いいだろう。あの時君と交わした約束を守ると、メフィストフィリス・テッサ・ベアルの名にかけて誓約しよう」

 彼自身の名前にかけて公爵は誓約した。この国の神殿の教えの中には、神の名にかけて誓ってはならないという約束事がある。

 神は神聖不可侵な存在で、勝手に人がその存在を対価に誓いをたてるなど、許される事ではないからだ。だから彼は自分の名にかけ誓約した。名前は存在そのもの。誓約をたがえるときは、彼自身を失うことを意味する。




「…なんだか誘惑の悪魔と契約してる気分」

 前世でアリシティアは、 “自由すぎて放置されている、魔王の片腕になりたい” と願ったが、女神様の与えてくれた転生特典チートには、その魔王の片腕という願いも含まれているのかもしれない。目の前には、部下に魔王と呼ばれる男がいる。

 不意に思い出した前世に、何となくではあるが、アリシティアはほろ苦い郷愁を漂わせた。彼女の口からぽろりと零れた本音に、公爵は不本意だと言わんばかりにアリシティアを睨んだ。


「君が望んだのに、どうしてそういうこと言うかなぁ」

 公爵がアリシティアに白い目を向けてきた。だが、メフィストフィリスという名が、ゲーテの詩劇にもなった錬金術師ファウスト博士と契約した悪魔を連想させるのだから仕方がない。と、思う。
アリシティアはよく覚えてはいないが、ベアルもソロモン王が率いる悪魔の中にいそうな名前だ。


「まあいいや。それで? 君は悪魔わたしとの契約に何を望む?」

 詳しい理由など興味は無いというかのように、公爵は先にアリシティアの要求を問う。その問いにアリシティアは苦笑した。

 誘惑の悪魔と契約したファウスト博士は、最後には魂を奪われ彼の体は四散したと云う。自分もいつか同じ目に合うのではないのか。そんな考えがアリシティアの脳裏をよぎった。


 
しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。