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第二章
44.無知と高慢と命の対価1
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ルイスが王太子の執務室の前にやって来た時、珍しく扉の中から激しさを含む声が漏れ聞こえた。
扉の前の近衛たちがその声に反応して急いでドアを叩く。近衞たちは状況確認と共に、執務室の主にルイスの来訪を告げた。
ルイスが執務室の中に入ると、声を荒げてアルフレードに食ってかかるエリアスがいた。そして、アルフレードとエリアスの間に割って入り、エリアスをなだめようとするアリシティアがいる。
目前の光景に、ルイスはしばし唖然とする。
アリシティアはアルフレードを背に、アルフレードを庇っているように見える。けれど、本当に彼女が守ろうとしているのは、彼女の前に立つエリアスだという事を、ルイスは理解した。
エリアスとルイスは、兄弟、従兄弟間の中にだけ存在する、笑顔の長兄の絶対的な恐怖政治の圧政の元で育った。彼らにとってのアルフレードとは、何があっても、反抗してはならない絶対的存在だ。
だからこそ、本来であればエリアスがここまでアルフレードに反抗するなど、考えられない。
にもかかわらずルイスの目前では、エリアスがアルフレードに食ってかかっている。
「一体何事ですか?」
挨拶さえ忘れて状況を問うルイスに、アルフレードは童話に出てくる王子のような優雅な笑みを向けた。
「ルイス、忙しい所呼び出して済まないね」
アルフレードの態度は悠然としていて、いつもと代わりない。怒りを隠そうともせず、肩で息をしているエリアスのことなど気にも留めていないかのようだ。
そしてその二人に挟まれたアリシティアは、珍しく助けを求める視線をルイスに向けてきた。
「アリスこっちに来て」
ルイスはアリシティアに手を伸ばした。けれどルイスを見たアリシティアは、視線だけで彼の要求を拒絶した。
ルイスとしては、この二人の兄弟喧嘩になど巻き込まれる位なら、即座に逃げ出したい。だが、アリシティアが巻き込まれているせいで、逃げ出す訳にもいかなかった。
短く嘆息したルイスが三人の側に近寄った時。
「だったら……、だったらアリスをレティシアの身代わりにすればいい!!」
エリアスの悲痛な、けれど、怒りを押し殺したような低い声が響く。
エリアスの言葉に、アリシティアがピクリと震え、2度瞬きした。彼女は急いで振り返って、アルフレードを見上げる。アルフレードとアリシティアの目が合うと、彼女は縋るような目で、ふるふると顔を横に振った。
そんなアリシティアの視線の先では、アルフレードから笑顔が抜け落ちていく。
ルイスは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
それでも、エリアスはさらに口を開く。
「アリスをレティシアの替え玉に仕立てて、実行犯に誘拐させればいい。レティシアは無力だけど、アリスは王家の影だし、何よりも、闇オークションで一度経験している!!」
そこまでエリアスが言い放った時、ふいにアルフレードがアリシティアの腕を引っ張った。そのままアリシティアの体を、ルイスにトンと押し付ける。
ルイスがアリシティアを抱き寄せたと同時に、アルフレードは一歩前に踏み出した。
「黙れ」
アルフレードの低く厳しい声が響いた。
同時に、右腕を突き出し、エリアスの口を塞ぐ。
エリアスは目を見開き、声を失ったかのように押し黙った。
エリアスの両頬を掴んだアルフレードの指先に力が入る。
だが、頬と口に圧迫感はあれど、痛みはないだろう。アルフレードには、エリアスを暴力で押さえつける意図はない。ただ、アリシティアを傷つける言葉の刃を、これ以上彼の口から吐き出させはしなかった。
アルフレードは冷たく硬質な目で、エリアスを見据える。側にいるルイスまで、心臓に鋭利な刃を突き立てられたように感じた。
「エリアス、それ以上口を開くな。自分が今何を言ったか考えろ」
アルフレードは言い放って、エリアスの口元から手を離す。
エリアスが何を望んだか、ここに来たばかりのルイスにもわかった。
レティシア・マクレガー公爵令嬢。
嵐の中、アリシティアが手に入れてきた情報の中の、最も重要な人物。王太子派の令嬢が誘拐されている事件の、次のターゲット。
エリアスはアリシティアを、その彼女の身代わりにしようとしている。だが……。
ルイスが抱きしめているアリシティアの体が、僅かに震えた。
いつだって笑顔で危険に飛び込む彼女だが、内心は恐ろしいのだ。けれど彼女もまた、他の影達同様に笑顔の仮面を被る。
あの一連の事件では、誘拐された令嬢達は、かすり傷1つ負うことなく解放されている。
けれどもし、アリシティアをレティシア・マクレガーの替え玉にし、それが犯人側に気づかれたら……。アリシティアがどんな目にあうか、容易に想像のつくことだ。
令嬢誘拐には、あの薬が使われる。闇オークションの時のように薬を飲まされてしまえば、アリシティアがどれ程優秀な影であっても、動けなくなり無力化される。
エリアスは、レティシア・マクレガーの代わりに、アリシティアを生贄にしようとしている。
そう感じた時、ルイスの中に怒りが湧き上がった。不快感が押し寄せる。けれど両手の中の温もりがルイスの怒りを押しとどめた。
ルイスは吐き出しそうになった声を、喉の奥でかろうじて留める。
──── ふざけるな!!
声を荒げ睨みつける代わりに、ルイスは止めていた息を吐き出す。そして、腕の中で身体を硬くしているアリシティアの髪を宥めるように撫でた。
エリアスは、アリシティアの命よりも、レティシア・マクレガーの安全を優先した。
「ふふっ」
ルイスの腕の中で、アリシティアがとても小さな声で笑った。彼女の笑い声は、アリシティアの心が壊れた音のように、ルイスの耳に響いた。
扉の前の近衛たちがその声に反応して急いでドアを叩く。近衞たちは状況確認と共に、執務室の主にルイスの来訪を告げた。
ルイスが執務室の中に入ると、声を荒げてアルフレードに食ってかかるエリアスがいた。そして、アルフレードとエリアスの間に割って入り、エリアスをなだめようとするアリシティアがいる。
目前の光景に、ルイスはしばし唖然とする。
アリシティアはアルフレードを背に、アルフレードを庇っているように見える。けれど、本当に彼女が守ろうとしているのは、彼女の前に立つエリアスだという事を、ルイスは理解した。
エリアスとルイスは、兄弟、従兄弟間の中にだけ存在する、笑顔の長兄の絶対的な恐怖政治の圧政の元で育った。彼らにとってのアルフレードとは、何があっても、反抗してはならない絶対的存在だ。
だからこそ、本来であればエリアスがここまでアルフレードに反抗するなど、考えられない。
にもかかわらずルイスの目前では、エリアスがアルフレードに食ってかかっている。
「一体何事ですか?」
挨拶さえ忘れて状況を問うルイスに、アルフレードは童話に出てくる王子のような優雅な笑みを向けた。
「ルイス、忙しい所呼び出して済まないね」
アルフレードの態度は悠然としていて、いつもと代わりない。怒りを隠そうともせず、肩で息をしているエリアスのことなど気にも留めていないかのようだ。
そしてその二人に挟まれたアリシティアは、珍しく助けを求める視線をルイスに向けてきた。
「アリスこっちに来て」
ルイスはアリシティアに手を伸ばした。けれどルイスを見たアリシティアは、視線だけで彼の要求を拒絶した。
ルイスとしては、この二人の兄弟喧嘩になど巻き込まれる位なら、即座に逃げ出したい。だが、アリシティアが巻き込まれているせいで、逃げ出す訳にもいかなかった。
短く嘆息したルイスが三人の側に近寄った時。
「だったら……、だったらアリスをレティシアの身代わりにすればいい!!」
エリアスの悲痛な、けれど、怒りを押し殺したような低い声が響く。
エリアスの言葉に、アリシティアがピクリと震え、2度瞬きした。彼女は急いで振り返って、アルフレードを見上げる。アルフレードとアリシティアの目が合うと、彼女は縋るような目で、ふるふると顔を横に振った。
そんなアリシティアの視線の先では、アルフレードから笑顔が抜け落ちていく。
ルイスは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
それでも、エリアスはさらに口を開く。
「アリスをレティシアの替え玉に仕立てて、実行犯に誘拐させればいい。レティシアは無力だけど、アリスは王家の影だし、何よりも、闇オークションで一度経験している!!」
そこまでエリアスが言い放った時、ふいにアルフレードがアリシティアの腕を引っ張った。そのままアリシティアの体を、ルイスにトンと押し付ける。
ルイスがアリシティアを抱き寄せたと同時に、アルフレードは一歩前に踏み出した。
「黙れ」
アルフレードの低く厳しい声が響いた。
同時に、右腕を突き出し、エリアスの口を塞ぐ。
エリアスは目を見開き、声を失ったかのように押し黙った。
エリアスの両頬を掴んだアルフレードの指先に力が入る。
だが、頬と口に圧迫感はあれど、痛みはないだろう。アルフレードには、エリアスを暴力で押さえつける意図はない。ただ、アリシティアを傷つける言葉の刃を、これ以上彼の口から吐き出させはしなかった。
アルフレードは冷たく硬質な目で、エリアスを見据える。側にいるルイスまで、心臓に鋭利な刃を突き立てられたように感じた。
「エリアス、それ以上口を開くな。自分が今何を言ったか考えろ」
アルフレードは言い放って、エリアスの口元から手を離す。
エリアスが何を望んだか、ここに来たばかりのルイスにもわかった。
レティシア・マクレガー公爵令嬢。
嵐の中、アリシティアが手に入れてきた情報の中の、最も重要な人物。王太子派の令嬢が誘拐されている事件の、次のターゲット。
エリアスはアリシティアを、その彼女の身代わりにしようとしている。だが……。
ルイスが抱きしめているアリシティアの体が、僅かに震えた。
いつだって笑顔で危険に飛び込む彼女だが、内心は恐ろしいのだ。けれど彼女もまた、他の影達同様に笑顔の仮面を被る。
あの一連の事件では、誘拐された令嬢達は、かすり傷1つ負うことなく解放されている。
けれどもし、アリシティアをレティシア・マクレガーの替え玉にし、それが犯人側に気づかれたら……。アリシティアがどんな目にあうか、容易に想像のつくことだ。
令嬢誘拐には、あの薬が使われる。闇オークションの時のように薬を飲まされてしまえば、アリシティアがどれ程優秀な影であっても、動けなくなり無力化される。
エリアスは、レティシア・マクレガーの代わりに、アリシティアを生贄にしようとしている。
そう感じた時、ルイスの中に怒りが湧き上がった。不快感が押し寄せる。けれど両手の中の温もりがルイスの怒りを押しとどめた。
ルイスは吐き出しそうになった声を、喉の奥でかろうじて留める。
──── ふざけるな!!
声を荒げ睨みつける代わりに、ルイスは止めていた息を吐き出す。そして、腕の中で身体を硬くしているアリシティアの髪を宥めるように撫でた。
エリアスは、アリシティアの命よりも、レティシア・マクレガーの安全を優先した。
「ふふっ」
ルイスの腕の中で、アリシティアがとても小さな声で笑った。彼女の笑い声は、アリシティアの心が壊れた音のように、ルイスの耳に響いた。
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