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第三章
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「なににせよ、まずはルイスとその娘との婚約を破棄させなくてはね」
王太后は目の前のカップに手を伸ばした。
ロザリアは現王妃でありながら、飲み物どころか、椅子を勧められる事すらない。それが、今のロザリアと、この王太后との力の差だった。
「エヴァンジェリンは陛下に何度もルイスとの婚姻を願い出ていました。ですが陛下はお認めになりませんでした。ルイスの婚約は正当な理由無しには、無効になど出来ないと」
「そう。ならば、エヴァンジェリンがルイスと婚姻を結ぶ為の、正当な理由を与えてあげましょう」
王太后は目を細め、口元に弧を描く。それを見たロザリアの強く握った手が、色を失った。
このようなところに、半ば幽閉されているような状態でありながら、この王太后の力を完全に削ぐ事は出来ない。ロザリアが王妃の地位にあろうと、彼女の不況を買うと、ロザリアなど簡単に殺されるだろう。
かつてこの王太后の手を逃れ、駆け落ち同然にロザリアが婚姻を結んだ最愛の夫、エラルド・リッテンドールのように…。
「久しぶりに、ルイスと二人で話したいわ。ロザリア、貴方が準備して頂戴」
「ですが叔母様。ルイスをここへ呼ぶのは、メフィストフィリス殿下がお許しにはならないでしょう」
「それもそうね。そうだわ、ならば夜会を開きましょう」
王太后は、無邪気に手を叩いた。素晴らしい考えが浮かんだというように。
「夜会…ですか?」
「そうよ。ロザリア、貴方が開いて頂戴。私の誕生日の祝いとして。そうだわ、どうせなら仮面舞踏会がいいわ」
「王太后の生誕を祝う夜会で、仮面舞踏会のような趣旨のものは…」
ロザリアは続く言葉を詰まらせた。
仮面舞踏会が風紀を乱すと言われているのは、日常に退屈した者達が、あらゆる快楽を求める狂宴としての側面があるからだ。
だからこそ、そういった夜会は、主催者を隠して行われる事が多い。
一国の王妃が主催する夜会として、相応しいとは言えない。
「わたくしは公の場から姿を消した身。そんなわたくしが、客に気兼ねなく楽しんで貰うために、堅苦しい挨拶などを抜きにしたいと望んだ事にすればいいわ。王妃が主催する王太后の生誕祝いですもの。メフィストフィリスとて、文句は言わない…いえ、言えないでしょう。そう思わない?」
「そう…ですね」
「ふふっ、可愛い孫に会えるのが楽しみだわ。そうだわ、ルイスにはエヴァンジェリンをエスコートするようにと、招待状を出しましょう」
「承知致しました」
ロザリアは恭しく答えた。
仮面舞踏会をどのような趣旨にするか、楽しそうに話す王太后に、ロザリアは相槌を打っていく。
今はまだ、ロザリアが王太后に逆らう必要はない。ロザリアの目前に座る白髪の老女は、自らの手で女神の血筋を絶やそうとしているのだから。
王太子を暗殺し、第二王子を冤罪で処刑する。そして、『取り替え姫』であるエヴァンジェリンをこの国の女王にする。全てはこの王太后が望んだ事。
ロザリア自身がする事は、ルイスを暗殺する事だけだが、それは王太子アルフレードを暗殺する時の混乱に乗じればいい。
そうすれば、いずれすべてが露見しようと、あらゆる罪は王太后のものになる。
エヴァンジェリンは女王になり、王配には隣国の王姪を母に持つレオナルド・ ベルトランド・デル・オルシーニが選ばれるだろう。
そうなれば、誰に気付かれる事もなく、女神の正当な血筋を持つ者が王族から消える。
──── 許さない。
奪われたものは二度と戻らない。泣いて愛しいあの人と、あの人の子供の為に後を追い、死を選ぶ事もできた。
けれどロザリアはそれをしなかった。
目の前の女を恨み、無力な己を恨み、この国を恨み、そして何よりも女神を恨んだから。
たとえ、どれだけの血が流れようが、痛む心など持ち合わせてはいない。それが、ロザリアの最愛の夫の姪、アリシティア・リッテンドールであろうとも。
夫の姪には、夫の面影など何一つ無い。それどころか、あの娘は女神の瞳を持つ者だ。
であるのなら、彼女を王太后への生贄にする事に、何の躊躇があろうか……。
ロザリアは誓約したのだ。あの享楽的で美しく、残酷な魔女に。
この国が滅びゆく様を見せてやると…。
王太后は目の前のカップに手を伸ばした。
ロザリアは現王妃でありながら、飲み物どころか、椅子を勧められる事すらない。それが、今のロザリアと、この王太后との力の差だった。
「エヴァンジェリンは陛下に何度もルイスとの婚姻を願い出ていました。ですが陛下はお認めになりませんでした。ルイスの婚約は正当な理由無しには、無効になど出来ないと」
「そう。ならば、エヴァンジェリンがルイスと婚姻を結ぶ為の、正当な理由を与えてあげましょう」
王太后は目を細め、口元に弧を描く。それを見たロザリアの強く握った手が、色を失った。
このようなところに、半ば幽閉されているような状態でありながら、この王太后の力を完全に削ぐ事は出来ない。ロザリアが王妃の地位にあろうと、彼女の不況を買うと、ロザリアなど簡単に殺されるだろう。
かつてこの王太后の手を逃れ、駆け落ち同然にロザリアが婚姻を結んだ最愛の夫、エラルド・リッテンドールのように…。
「久しぶりに、ルイスと二人で話したいわ。ロザリア、貴方が準備して頂戴」
「ですが叔母様。ルイスをここへ呼ぶのは、メフィストフィリス殿下がお許しにはならないでしょう」
「それもそうね。そうだわ、ならば夜会を開きましょう」
王太后は、無邪気に手を叩いた。素晴らしい考えが浮かんだというように。
「夜会…ですか?」
「そうよ。ロザリア、貴方が開いて頂戴。私の誕生日の祝いとして。そうだわ、どうせなら仮面舞踏会がいいわ」
「王太后の生誕を祝う夜会で、仮面舞踏会のような趣旨のものは…」
ロザリアは続く言葉を詰まらせた。
仮面舞踏会が風紀を乱すと言われているのは、日常に退屈した者達が、あらゆる快楽を求める狂宴としての側面があるからだ。
だからこそ、そういった夜会は、主催者を隠して行われる事が多い。
一国の王妃が主催する夜会として、相応しいとは言えない。
「わたくしは公の場から姿を消した身。そんなわたくしが、客に気兼ねなく楽しんで貰うために、堅苦しい挨拶などを抜きにしたいと望んだ事にすればいいわ。王妃が主催する王太后の生誕祝いですもの。メフィストフィリスとて、文句は言わない…いえ、言えないでしょう。そう思わない?」
「そう…ですね」
「ふふっ、可愛い孫に会えるのが楽しみだわ。そうだわ、ルイスにはエヴァンジェリンをエスコートするようにと、招待状を出しましょう」
「承知致しました」
ロザリアは恭しく答えた。
仮面舞踏会をどのような趣旨にするか、楽しそうに話す王太后に、ロザリアは相槌を打っていく。
今はまだ、ロザリアが王太后に逆らう必要はない。ロザリアの目前に座る白髪の老女は、自らの手で女神の血筋を絶やそうとしているのだから。
王太子を暗殺し、第二王子を冤罪で処刑する。そして、『取り替え姫』であるエヴァンジェリンをこの国の女王にする。全てはこの王太后が望んだ事。
ロザリア自身がする事は、ルイスを暗殺する事だけだが、それは王太子アルフレードを暗殺する時の混乱に乗じればいい。
そうすれば、いずれすべてが露見しようと、あらゆる罪は王太后のものになる。
エヴァンジェリンは女王になり、王配には隣国の王姪を母に持つレオナルド・ ベルトランド・デル・オルシーニが選ばれるだろう。
そうなれば、誰に気付かれる事もなく、女神の正当な血筋を持つ者が王族から消える。
──── 許さない。
奪われたものは二度と戻らない。泣いて愛しいあの人と、あの人の子供の為に後を追い、死を選ぶ事もできた。
けれどロザリアはそれをしなかった。
目の前の女を恨み、無力な己を恨み、この国を恨み、そして何よりも女神を恨んだから。
たとえ、どれだけの血が流れようが、痛む心など持ち合わせてはいない。それが、ロザリアの最愛の夫の姪、アリシティア・リッテンドールであろうとも。
夫の姪には、夫の面影など何一つ無い。それどころか、あの娘は女神の瞳を持つ者だ。
であるのなら、彼女を王太后への生贄にする事に、何の躊躇があろうか……。
ロザリアは誓約したのだ。あの享楽的で美しく、残酷な魔女に。
この国が滅びゆく様を見せてやると…。
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