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漆黒の人(香港マフィア頭領次男坊編)
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周が冰を連れて出掛けた先は銀座にある一件のテーラーだった。
周の社屋は汐留にあるので、車ですぐだ。どうやら周の社長室がある最上階には直接車がつけられる駐車場も完備されているらしく、エントランスへ降りずともそのまま外出が可能になっていることを知った冰は驚きに目を見張っていた。キョロキョロと窓の外を眺めては、またしてもポカンと大きな口を開けている。そんな様子を横目に、周の方は楽しげに口元をゆるめる。
「お前さん、日本に来るのは初めてか?」
「え――?」
ようやくと我に返ったようにして冰は隣を振り返った。
「まるでガキみてえな顔つきだったぞ? 日本の景色が珍しいのか?」
「え、ええ……もちろんそれもありますけど……。あんな高いビルのてっぺんに車が待ってるだなんて!」
すっかり敬語もあやふやになってしまっていたが、冰にとってはそれほどの驚きであるのだろう。そんな素直な反応も周には心そそられるものだったようだ。
「それが珍しかったのか?」
「っていうか、この車だって……す、すごい高級車ですし……。周さんのことはじいちゃんから聞いてはいたんですけど、あんまりすごいんでびっくりして、その……」
事実、この車が待っていた時にも驚かされたのは本当だ。磨き抜かれたという形容がふさわしいほどに黒光りしている超がつくほど有名な外国車だ。運転手もビシッとしたスーツを着こなし、白い手袋をはめていて、周の姿が見えたと同時に後部座席のドアを開けてスマートにお辞儀をしていた。まるで古き佳き時代の映画から抜け出してきたようなのだ。
黄老人の話では、周は香港マフィアの頭領の次男坊ということだったから、ある程度の想像はしていたもの、実際に目の当たりにしてみれば溜め息の連続である。まるで住む世界が違う。
マフィアというからにはもっと強面の雰囲気の人々が多いのか思いきや、品の良く紳士そのものだ。この運転手にしてもそうだが、先程会った李という男も洗練された紳士という印象だった。むろんのこと、周自身も上流階級に生きる紳士そのものだが、ただ彼に関してだけいえば、他とは一線を画する雰囲気があるにはあった。
それは幼い頃に出会った時の印象そのままの――黙っていても”圧”があるというか、決して怒っているわけではないのだろうが、ちょっと視線を向けられただけでビクりと身構えてしまうというか――とにかくおいそれと近付いてはいけないようなオーラが漂っているのだ。ほんの小さい子供の時分でさえも本能でそう感じたほどで、冰はなぜかその時の印象だけは鮮明に覚えてもいたのだ。
墨色の服、黒曜石のような瞳、濡羽色の髪、まさに漆黒の男は危険な香りを身にまといながらも幼い冰に対しては紳士的でやさしかった。そんな彼に助けてもらったことは、冰にとって何ものにも代え難い特別な出来事だったのだ。だからこそ、その周が日本にいると知って、自らも同じ大地を踏みしめて暮らしたい、生きたいと思ったのだろう。冰にとって周は、恩人であると同時にあたたかい希望の光のような存在だったのだ。
周の社屋は汐留にあるので、車ですぐだ。どうやら周の社長室がある最上階には直接車がつけられる駐車場も完備されているらしく、エントランスへ降りずともそのまま外出が可能になっていることを知った冰は驚きに目を見張っていた。キョロキョロと窓の外を眺めては、またしてもポカンと大きな口を開けている。そんな様子を横目に、周の方は楽しげに口元をゆるめる。
「お前さん、日本に来るのは初めてか?」
「え――?」
ようやくと我に返ったようにして冰は隣を振り返った。
「まるでガキみてえな顔つきだったぞ? 日本の景色が珍しいのか?」
「え、ええ……もちろんそれもありますけど……。あんな高いビルのてっぺんに車が待ってるだなんて!」
すっかり敬語もあやふやになってしまっていたが、冰にとってはそれほどの驚きであるのだろう。そんな素直な反応も周には心そそられるものだったようだ。
「それが珍しかったのか?」
「っていうか、この車だって……す、すごい高級車ですし……。周さんのことはじいちゃんから聞いてはいたんですけど、あんまりすごいんでびっくりして、その……」
事実、この車が待っていた時にも驚かされたのは本当だ。磨き抜かれたという形容がふさわしいほどに黒光りしている超がつくほど有名な外国車だ。運転手もビシッとしたスーツを着こなし、白い手袋をはめていて、周の姿が見えたと同時に後部座席のドアを開けてスマートにお辞儀をしていた。まるで古き佳き時代の映画から抜け出してきたようなのだ。
黄老人の話では、周は香港マフィアの頭領の次男坊ということだったから、ある程度の想像はしていたもの、実際に目の当たりにしてみれば溜め息の連続である。まるで住む世界が違う。
マフィアというからにはもっと強面の雰囲気の人々が多いのか思いきや、品の良く紳士そのものだ。この運転手にしてもそうだが、先程会った李という男も洗練された紳士という印象だった。むろんのこと、周自身も上流階級に生きる紳士そのものだが、ただ彼に関してだけいえば、他とは一線を画する雰囲気があるにはあった。
それは幼い頃に出会った時の印象そのままの――黙っていても”圧”があるというか、決して怒っているわけではないのだろうが、ちょっと視線を向けられただけでビクりと身構えてしまうというか――とにかくおいそれと近付いてはいけないようなオーラが漂っているのだ。ほんの小さい子供の時分でさえも本能でそう感じたほどで、冰はなぜかその時の印象だけは鮮明に覚えてもいたのだ。
墨色の服、黒曜石のような瞳、濡羽色の髪、まさに漆黒の男は危険な香りを身にまといながらも幼い冰に対しては紳士的でやさしかった。そんな彼に助けてもらったことは、冰にとって何ものにも代え難い特別な出来事だったのだ。だからこそ、その周が日本にいると知って、自らも同じ大地を踏みしめて暮らしたい、生きたいと思ったのだろう。冰にとって周は、恩人であると同時にあたたかい希望の光のような存在だったのだ。
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