極道恋事情

一園木蓮

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周焔編

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「冰――お前……」
「ごめん……我が侭言って。でも……もしよかったら俺……」

 ”焔”を意味する赤いストラップを持っていたいんだ――

「冰――あまり可愛いことを言ってくれるな……」
「白……龍……?」
「俺だって男だ――。理性にも限界ってモンがあるぜ?」
「理性……って」
「……ッ、まあいい。お前がいいなら赤いのはお前が使えばいい。俺はこっち――”雪吹冰”の白は俺のもんだな」
 周はそう言って微笑むと、ヒョイと白い紐を取り上げて、早速自分のスマートフォンへと括り付けてしまった。
「ほら、お前も付けとけ。外すなよ――?」
 ニッといつもの不敵な笑みを見せると、周は風呂に入ってくると言って、サッサとバスルームへと向かってしまった。
「あの……ッ、白龍!」
「すぐに出る。出たら一緒に一杯やるぞ! 揃いのストラップ記念だ」
「あ、うん!」
「テレビでも観て待っとけ」
 ガラガラとバスルームのガラス扉を閉めながら言う。その声は笑みを帯びていて楽しそうだった。
 磨りガラスに彫り込んだ模様が施されている造りの扉からは、周が着衣を脱いでいる様子がぼんやりと透けて見える。それをぼうっと眺めながら、冰はだんだん頬が真っ赤に染まっていくのを自覚して、邪な想像を振り払うかのようにブンブンと首を振るのだった。
「それにしても、白龍が言ってた理性って……どういう意味なんだろ……?」
 香港にいた頃にはディーラーをやっていたという割に、糸通しなどの細かい作業に関してあまり手先が器用とはいえない冰は、カバーの穴の中にストラップを通すのに四苦八苦気味だ。――と、その時だった。
 中華風の卓上に置かれていた周のスマートフォンが着信を告げる。聞き慣れたメロディーにビクりとそちらに目をやった冰は、思わず画面に表示された文字が視界を過ぎってしまい、いみじくも釘付けにさせられてしまったのだった。
 覗き見るつもりではなかったものの、すぐそこに堂々と放置されていたそれが目に入ってしまったのだから不可抗力といえる。
 そこに映し出されていたのは漢字の二文字――。

 ”紫月”と表示されながら光っている。

 紫月。名前だろうか――。そこに名字らしきはない。
 男性とも女性ともつかぬその名前に、ビクリとさせられる。
 もしかしたら周の恋人かも知れないと冰は思った。
 周はまだ磨りガラスの向こうで脱衣中だ。
 気が付いた時には、彼のスマートフォンを握り締めて、磨りガラスの所まで駆け寄っていた。

「白龍! 白龍ってば! 電話……! 電話が鳴ってるよ」
 扉の前で大声でそう叫ぶ。別段、今すぐに取らなくてもよかったのだろうが、冰にそんなことを気付ける余裕はなかった。
「白龍! スマートフォンが鳴ってる! なあ、白龍ってば!」
 焦った様子が気に掛かったわけか、周は磨りガラスを開けて中からニュっと顔を出すと、怪訝そうにしながら言った。
「電話だと? 誰からだ」
「……っとね、シヅキさん……って読むのかな。紫の月って出てる」
 それを聞くと周は「ああ」と笑って、
「お前、出とけ。風呂上がったらかけ直すと伝えといてくれ」
 至極当然のようにそれだけ言って扉を閉めてしまった。
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