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狙われた恋人
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李がロビーへ降りると、矢部清美が待ちかねたようにして駆け寄ってきた。
「李さん! お待ちしていました!」
「キミは……確か」
「営業部の矢部清美です。以前に受付嬢をしていました」
李も彼女のことは記憶していた。そもそも彼女を営業部へと飛ばしたのは他ならぬ李本人だからだ。そして、そうせざるを得なかった理由が、冰が初めてこの社を訪ねて来た際に彼女が非常に失礼な態度を取ったからだということもよく覚えていた。
「雪吹さんが連れ去られたのを見たというのはキミだったのか?」
「はい。彼と一緒に営業先から帰って来たところで雪吹君が知らない男たちに囲まれているのに気付きました。遠目でしたが何だか揉めているようだったので、声を掛けようと思ったらいきなり車に押し込まれるようにして連れて行かれてしまったんです!」
彼女と一緒にいた男もその通りですとうなずいている。
これがその車ですと言って、清美はスマートフォンで撮影した画像を李へと差し出した。
「写真を撮ってくれたのか……」
「はい! 咄嗟のことであまりよく写っていないかも知れませんが……」
画像には車の色や車種、少しブレてはいるがナンバーもどうにか確認できそうだった。
「よくやってくれた。感謝する」
李に頭を下げられて、清美は恐縮したように首を横に振った。彼が社長秘書であると共に、社の中では重役の位にあることを知っているからだ。清美は、思い掛けず役に立てたことを嬉しく思っているようだった。
「そうだ! それから……大事なことを言い忘れていました! 連れ去られる時に雪吹君は外国語を話していたようでした!」
「外国語だと?」
これは非常に貴重な情報だ。犯人たちを突き止めるのに重要な手掛かりとなるからだ。
「英語ではなかったので、多分中国語か韓国語だと思います……」
清美が言う傍らで、営業部の同僚だという男が付け加えた。
「中国語だと思います。自分はバス通勤なんですが、最近は近々開かれる国際的なイベントの影響でか、バスの案内も多国籍語が流れているんです。彼らがしゃべっていたのは、おそらく韓国語ではなく中国語の方だったと思われます」
ということは、香港絡みの可能性が強い。敵の正体はまだ分からないが、冰はずっと香港暮らしだったし、周の実家も然りである。もしかしたら、目的は冰ではなく周であるのかも知れないと李は思った。
そこへ劉からことの次第を聞いた周が血相を変えてやって来た。
「李! 状況は?」
「社長! 営業部のこの二人が現場を目撃したとのことです」
李は清美が撮った画像を差し出しながら手短に報告をした。
「よく知らせてくれた。礼を言う」
周からもそう労われて、清美と同僚の男はそれこそ恐縮しながらペコリと頭を下げたのだった。
「雪吹さんのことは私たちで対応する。キミらは部署へ戻ってくれ」
李が言うと、清美は心配そうに眉根を寄せた。
「あの……雪吹君は大丈夫なんでしょうか?」
「ああ。キミたちがすぐに知らせてくれたからな。それに撮ってくれたこの写真もある。必ず助け出すさ」
李は二人を見送りがてら、事がはっきりするまでこの件はなるべく他言無用にして社員たちに触れ回らないで欲しいと伝えるのも忘れなかった。
「李さん! お待ちしていました!」
「キミは……確か」
「営業部の矢部清美です。以前に受付嬢をしていました」
李も彼女のことは記憶していた。そもそも彼女を営業部へと飛ばしたのは他ならぬ李本人だからだ。そして、そうせざるを得なかった理由が、冰が初めてこの社を訪ねて来た際に彼女が非常に失礼な態度を取ったからだということもよく覚えていた。
「雪吹さんが連れ去られたのを見たというのはキミだったのか?」
「はい。彼と一緒に営業先から帰って来たところで雪吹君が知らない男たちに囲まれているのに気付きました。遠目でしたが何だか揉めているようだったので、声を掛けようと思ったらいきなり車に押し込まれるようにして連れて行かれてしまったんです!」
彼女と一緒にいた男もその通りですとうなずいている。
これがその車ですと言って、清美はスマートフォンで撮影した画像を李へと差し出した。
「写真を撮ってくれたのか……」
「はい! 咄嗟のことであまりよく写っていないかも知れませんが……」
画像には車の色や車種、少しブレてはいるがナンバーもどうにか確認できそうだった。
「よくやってくれた。感謝する」
李に頭を下げられて、清美は恐縮したように首を横に振った。彼が社長秘書であると共に、社の中では重役の位にあることを知っているからだ。清美は、思い掛けず役に立てたことを嬉しく思っているようだった。
「そうだ! それから……大事なことを言い忘れていました! 連れ去られる時に雪吹君は外国語を話していたようでした!」
「外国語だと?」
これは非常に貴重な情報だ。犯人たちを突き止めるのに重要な手掛かりとなるからだ。
「英語ではなかったので、多分中国語か韓国語だと思います……」
清美が言う傍らで、営業部の同僚だという男が付け加えた。
「中国語だと思います。自分はバス通勤なんですが、最近は近々開かれる国際的なイベントの影響でか、バスの案内も多国籍語が流れているんです。彼らがしゃべっていたのは、おそらく韓国語ではなく中国語の方だったと思われます」
ということは、香港絡みの可能性が強い。敵の正体はまだ分からないが、冰はずっと香港暮らしだったし、周の実家も然りである。もしかしたら、目的は冰ではなく周であるのかも知れないと李は思った。
そこへ劉からことの次第を聞いた周が血相を変えてやって来た。
「李! 状況は?」
「社長! 営業部のこの二人が現場を目撃したとのことです」
李は清美が撮った画像を差し出しながら手短に報告をした。
「よく知らせてくれた。礼を言う」
周からもそう労われて、清美と同僚の男はそれこそ恐縮しながらペコリと頭を下げたのだった。
「雪吹さんのことは私たちで対応する。キミらは部署へ戻ってくれ」
李が言うと、清美は心配そうに眉根を寄せた。
「あの……雪吹君は大丈夫なんでしょうか?」
「ああ。キミたちがすぐに知らせてくれたからな。それに撮ってくれたこの写真もある。必ず助け出すさ」
李は二人を見送りがてら、事がはっきりするまでこの件はなるべく他言無用にして社員たちに触れ回らないで欲しいと伝えるのも忘れなかった。
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