極道恋事情

一園木蓮

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狙われた恋人

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「キミを知ったのは春節に香港で行われたカジノイベントだ。その若さで見事という他ない腕前だった。すっかりキミに興味が湧いて、直に会ってみたいと思ったわけだ」
 ということは、この男もあの時に来ていたということか。
「雪吹冰君――どうだ、俺のカジノで働いてみる気はないか?」
 突然の誘いに、冰は思わず眉根を寄せてしまった。
「キミのことを少し調べさせてもらったが、香港の伝説のディーラーと呼ばれていた黄の養子だそうだな? それだけの見事な腕を持っていながら、何故今はディーラーをしていない?」
「……それは」
 冰は何と答えたらいいのか迷っていた。会って間もないこの男にベラベラと理由を語る筋合いもないというのも勿論だが、はたしてこの男がどういった人間なのかがまるで分からないからだ。
 カジノの経営者というなら周ファミリーとも面識があるのかも知れないが、双方が友好的な仲なのか敵対関係なのかも分からない。第一、こんな強引な方法で拉致まがいのことをするような人物だ。個人的には、とてもじゃないが好意的な感情を持つこともできそうにない。
 あまり多くを語らずにいた方が賢明と感じた冰は、言葉を濁すことにした。
 それに、スマートフォンは取り上げられてしまったが、GPSの付いた腕時計にはまだ気付かれていない。もしかしたら周や李たちが自分が戻らないことに気付いて、行方を追ってくれるかも知れない。それまではやたらなことをしゃべらないに越したことはないと思ったのだ。
 冰が黙り込んだままでいると、男が更に無礼と取れるようなことを口走った。
「あんな商社でサラリーマンをしているなど、キミには似合わないと思うがね。俺のところに来れば給料も今の十倍は出そう。贅沢な生活も存分にさせてやるぞ?」
 考えるまでもなく自分の方がいい条件だろうと言わんばかりだ。給料を十倍出すなどと言うが、現在どれだけの額をもらっているのかも聞かない内から随分とまた大きく出たものだ。いわゆる一般的な会社員の月給を基準に考えているのだろう。
 推察するに、この男はこちらが単に商社に勤める平社員だと決め込んでいるようだった。
 ということは、あの会社が周ファミリーの次男坊である周焔白龍が経営していることまでは調べがついていないということだろうか。だとすれば、周との関係についても知られてはいないのかも知れない。彼とは恋人同士で、彼の住まう豪華な邸で一緒に暮らしているということも含めて、そう詳しいことまでは知らないのだろうと思えた。
「せっかくのお話ですが、俺は今の会社を辞める気はありません」
 冰は毅然とした態度で、その意思だけをはっきりと伝えた。すると、男の方は怒るでも機嫌を損ねるでもなく、薄く笑うと、
「まあいい。マカオに着いて俺の邸を見れば気も変わるだろう。それに、美味い話にホイホイと乗らない堅実なところが実にいい。信頼に値する人間性が感じられる」
 男はますます気に入ったとばかりに上機嫌で言うと、
「そろそろ離陸だ。とにかくは現地に着くまでゆっくり寛いでくれたらいい」
 そう言って不敵に微笑んでみせた。
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