極道恋事情

一園木蓮

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狙われた恋人

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 帰りの車中では鐘崎と源次郎が冰の見事な芝居ぶりに感心していた。
「いやぁ、冰さんは実に大した御方ですな。正直なところ驚きました」
「同感だな。やはり張は罠を用意していて、それを盾に冰を脅していたんだろう。冰がヤツの元に残らなければ、俺たちをるとでも言われたに違いねえ」
 まずは『焔兄さん』という普段は絶対にしない呼び方で異変を知らせ、我が侭少年のような態度で『これは自分の本意ではない』ということを強調してみせた。視線や仕草でも一生懸命に何かを伝えようとしていたし、それになんといっても最後の犬についての会話だ。
「ドッグのハリネラ君とテルヨちゃん、これを繋げると『ドク ハリネラ テルヨ、つまり毒針狙ってるよ』になる。張の手下と思わしき男が二人いただろう? 冰が下手なことをすれば、あいつらが俺たちに毒矢でも打ち込む算段だったのかも知れねえ」
 鐘崎の言葉に周もうなずいた。
「やはりお前も気が付いていたか。俺も一瞬、何を言い出すんだと思ったがな。その意味がわかった時は……さすがに理性を失いそうになったぜ。この緊急時にあれだけの演技をして、広東語の中に日本語の犬の名前を混ぜ込んだ絶妙な会話で危険を俺たちに知らせてよこした。あの場で張たちを葬って、冰を連れ帰って抱きしめてやりたい……そんな気持ちが抑えられなかったぜ」
「ああ。お前の気持ちはよく分かる。俺だって、もしもとっ捕まってるのが紫月だったら……我慢できずに即戦争をおっ始めちまったかも知れねえ」
 だが、冰が敵の中にたった一人で精一杯覚悟を決めているのを目の当たりにしたのだ。暴力でカタをつけるのは容易いが、彼の気持ちを思えば王道の正攻法で助け出してやりたい。やさしい性質の彼のことだ。誰も傷つけずに、よもわくば自分を拉致した張にさえも傷を負わせずに終息させようと思っているのだろう。そんな冰の気持ちに応えるべく、三人は何としてでも無事に彼を助け出そうと心に誓うのだった。
「――しかし……氷川、ルーレットで勝負と言っていたが、どこに賭けるかってのは分かってんのか?」
 鐘崎が訊いた。
 冰ならば狙った目にボールを落とすのは可能かも知れないが、問題はその場所だ。示し合わせるならば、周が賭ける目を冰が知っている必要がある。だが、そこまでの打ち合わせをしている時間はさすがになかった。
「もしかしてだが……こういった不測の事態に備えて、お前ら二人の間で事前に示し合わせた決め事でもあるのか?」
 張からルーレットでの勝負を持ち掛けられた際に、周はさほど迷うことなくその申し出を承諾してみせた。ということは、周と冰の間ではこういった場合に賭ける位置を決めてあるのかと思ったわけだ。
 ところが周の返事は意外にもそういった決め事などは一切していないということだった。
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