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恋敵
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そして次の週が明けた頃――。
一日の仕事も一段落し、夕暮れの社長室で、冰は周と李らと共にティータイムをしていた。
「明後日からはいよいよ香港だ。今夜は接待の会食が入ってるんで、俺は李と劉と出掛けるが、今回の仕事は親父からの紹介があった客なんでな。カネも一緒だ」
「あ、うん! 聞いてる。俺の方は紫月さんと約束してるんだ。新しくオープンしたスイーツとパスタのお店がこの近くなんだって!」
「そうらしいな。カネがこっちに出てくるってんで、一之宮もお前に会いたいと言い出したとか」
「うん! 俺も紫月さんと話したいこともいっぱいあるしね」
旦那組が接待に行っている間、”嫁”同士で夕飯でもということになったわけだ。
「帰りは少し遅くなると思うが、終わったら一之宮とウチで待ってろ。カネが迎えに寄るそうだからな」
「うん、そうする。白龍たちも気をつけて行ってきてね」
「ああ。お前もいい子にしてるんだぜ」
季節は初夏――いつもと変わりのない穏やかなひと時であった。まさかこの直後にとんでもない事件が待っているなどとは、この時は誰も思わなかったのである。
◇ ◇ ◇
周らが出掛けていった後、冰は紫月と共に新しくできたという店で夕食がてらスイーツ三昧を楽しんでいた。
「うはぁ……すごい! ほんとに珍しいスイーツがいっぱいですね! お店もすごく洒落てて綺麗!」
冰が感嘆の声を上げながら、大きな瞳をクリクリとさせて店内を見渡している。この店はすべての席が個室タイプとなっていて、しかも会計はオーダーと同時に済ませてしまうという形式なので、二人は心置きなくプライベートなおしゃべりに花を咲かせられると気分も上々だ。
「明後日から香港なんだってな? 正式に氷川ン家の籍に入ることになったって、遼から聞いたぜ! 今回は披露目の打ち合わせなんだろ?」
「そうなんです。今から緊張してますよー」
「分かる分かる! 周家の次男坊の結婚式ってことだもんなー。招待客とかすごそうだ!」
早速に大好物のチョコレートケーキを頬張りながら紫月が笑う。
「それを思うと……もう心臓バクバクしてきちゃって……!」
「はは! そう緊張することねえって。ドーンと構えてりゃいいさ」
「お披露目の宴には紫月さんたちも来てくださるんですよね? それだけが救いですよー!」
「そういや氷川の兄貴の結婚式ん時も招待してもらって行って来たんだけどさ。そん時の写真があったな。見る?」
スマートフォンを取り出しながら紫月が訊く。
「わぁ! 見たいです!」
「お、あったあった! これだ! ついでに俺と遼の披露目のもあるぜ? 家にはちゃんとアルバムになってるのもあるから、今度来た時にでも見てくれよ」
「うわぁ、是非是非!」
そうしてしばらくスマートフォンに釘付けになっていた――その時だった。個室の扉がノックされて、二人はそちらを振り返った。
「ん? 店の人かな?」
オーダーした料理はすべて出揃っていたし、追加を頼んだわけでもない。何だろうと思っていると、現れたのは見知らぬ女だった。
服装からみても店のスタッフではない。一般客が部屋を間違えて入って来たのだろうかと思った矢先――少々険のある表情でじっと品定めするようにジロジロと視線をくれながら、
「――どっちが雪吹冰?」
ぶっきらぼうに放たれたひと言に、紫月と冰は驚きに目を見開いてしまった。
一日の仕事も一段落し、夕暮れの社長室で、冰は周と李らと共にティータイムをしていた。
「明後日からはいよいよ香港だ。今夜は接待の会食が入ってるんで、俺は李と劉と出掛けるが、今回の仕事は親父からの紹介があった客なんでな。カネも一緒だ」
「あ、うん! 聞いてる。俺の方は紫月さんと約束してるんだ。新しくオープンしたスイーツとパスタのお店がこの近くなんだって!」
「そうらしいな。カネがこっちに出てくるってんで、一之宮もお前に会いたいと言い出したとか」
「うん! 俺も紫月さんと話したいこともいっぱいあるしね」
旦那組が接待に行っている間、”嫁”同士で夕飯でもということになったわけだ。
「帰りは少し遅くなると思うが、終わったら一之宮とウチで待ってろ。カネが迎えに寄るそうだからな」
「うん、そうする。白龍たちも気をつけて行ってきてね」
「ああ。お前もいい子にしてるんだぜ」
季節は初夏――いつもと変わりのない穏やかなひと時であった。まさかこの直後にとんでもない事件が待っているなどとは、この時は誰も思わなかったのである。
◇ ◇ ◇
周らが出掛けていった後、冰は紫月と共に新しくできたという店で夕食がてらスイーツ三昧を楽しんでいた。
「うはぁ……すごい! ほんとに珍しいスイーツがいっぱいですね! お店もすごく洒落てて綺麗!」
冰が感嘆の声を上げながら、大きな瞳をクリクリとさせて店内を見渡している。この店はすべての席が個室タイプとなっていて、しかも会計はオーダーと同時に済ませてしまうという形式なので、二人は心置きなくプライベートなおしゃべりに花を咲かせられると気分も上々だ。
「明後日から香港なんだってな? 正式に氷川ン家の籍に入ることになったって、遼から聞いたぜ! 今回は披露目の打ち合わせなんだろ?」
「そうなんです。今から緊張してますよー」
「分かる分かる! 周家の次男坊の結婚式ってことだもんなー。招待客とかすごそうだ!」
早速に大好物のチョコレートケーキを頬張りながら紫月が笑う。
「それを思うと……もう心臓バクバクしてきちゃって……!」
「はは! そう緊張することねえって。ドーンと構えてりゃいいさ」
「お披露目の宴には紫月さんたちも来てくださるんですよね? それだけが救いですよー!」
「そういや氷川の兄貴の結婚式ん時も招待してもらって行って来たんだけどさ。そん時の写真があったな。見る?」
スマートフォンを取り出しながら紫月が訊く。
「わぁ! 見たいです!」
「お、あったあった! これだ! ついでに俺と遼の披露目のもあるぜ? 家にはちゃんとアルバムになってるのもあるから、今度来た時にでも見てくれよ」
「うわぁ、是非是非!」
そうしてしばらくスマートフォンに釘付けになっていた――その時だった。個室の扉がノックされて、二人はそちらを振り返った。
「ん? 店の人かな?」
オーダーした料理はすべて出揃っていたし、追加を頼んだわけでもない。何だろうと思っていると、現れたのは見知らぬ女だった。
服装からみても店のスタッフではない。一般客が部屋を間違えて入って来たのだろうかと思った矢先――少々険のある表情でじっと品定めするようにジロジロと視線をくれながら、
「――どっちが雪吹冰?」
ぶっきらぼうに放たれたひと言に、紫月と冰は驚きに目を見開いてしまった。
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