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恋敵
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そして、裏口の扉を開ければ、そこにはこの世で一番愛しい男が両手を広げて待っていてくれる姿が視界に飛び込んできて、冰は無意識のままにその腕へと飛び込んだ。
「白龍……! 白龍、来てくれたんだ……」
広く逞しい胸板、嗅ぎ慣れた淡い香水の香りが全身を押し包み、ひび割れた大地をみるみると潤すごとく安堵感が広がっていく。
「遅くなってすまない。無事で良かった……!」
心地好いバリトンボイスが耳元までをも潤してゆく。ギュッと、息もできないほどに抱き締められ、大きな掌でグシャグシャっと髪も頬もすべてを奪うように撫でられて、冰の双眸はあふれ出した涙でいっぱいになっていった。
「すまなかった。辛い思いをさせたな」
「ううん、ううん! 全然……!」
ブンブンとちぎれそうなくらいに首を横に振って応える。
「お! やっぱ冰君と氷川はこうでなくっちゃな!」
「違いねえ」
しばし、人目も憚らずの強い抱擁の後、紫月と鐘崎の朗らかな声で二人はようやくと落ち着きを取り戻したのだった。
「よし、とにかく車に乗ろう。話はそれからだ」
鐘崎がワゴン車のドアを開けてくれたので、皆で一緒に乗り込んだ。
広めの車内に四人が向き合えば和気藹々、突飛な事件に巻き込まれたことなどまるで夢のように普段と変わらない幸せが戻ってくる。運転手と付き添いの男も周が汐留から連れて来た側近たちだったので、冰もよくよく顔見知りであり、
「冰さん、紫月さん! ご無事で良かった!」
「ありがとうございます! 皆さんにもご足労お掛けしてすみません!」
誰しもが安堵した表情で、車内は明るい笑い声に包まれた。
「――冰、それから一之宮にもとんだ災難に遭わせちまったが、本当にすまない」
周が真摯に謝った側では、紫月が冷やかし半分で明るく笑っていた。
「しっかし早かったなぁ! お前らのことだから、ぜってえ追っ掛けてくるだろうなとは思ってたけど、早くても夕方かなって」
「そりゃ、お前。愛の力ってやつだろうが」
鐘崎も軽口で返す。
「カネにも一之宮にも本当に世話になったが、とにかく無事で良かった。それで――まずは言っておかなきゃならねえが、冰――」
周がじっと真剣な顔つきで冰を見つめる。
「うん?」
「お前を訪ねていった唐静雨だが、あの女は俺の元恋人なんかじゃねえ」
「え!? ……そうなの?」
「ああ、とんだ濡れ衣だ」
「そうだったんだ……。実はその女の人だけど、今ちょっと……いろいろと……その、あって」
冰はホッとしながらも言いづらそうに言葉を濁したが、周も鐘崎も既に彼女の抱える事情は把握しているとのことに驚かされた冰だった。
「白龍……! 白龍、来てくれたんだ……」
広く逞しい胸板、嗅ぎ慣れた淡い香水の香りが全身を押し包み、ひび割れた大地をみるみると潤すごとく安堵感が広がっていく。
「遅くなってすまない。無事で良かった……!」
心地好いバリトンボイスが耳元までをも潤してゆく。ギュッと、息もできないほどに抱き締められ、大きな掌でグシャグシャっと髪も頬もすべてを奪うように撫でられて、冰の双眸はあふれ出した涙でいっぱいになっていった。
「すまなかった。辛い思いをさせたな」
「ううん、ううん! 全然……!」
ブンブンとちぎれそうなくらいに首を横に振って応える。
「お! やっぱ冰君と氷川はこうでなくっちゃな!」
「違いねえ」
しばし、人目も憚らずの強い抱擁の後、紫月と鐘崎の朗らかな声で二人はようやくと落ち着きを取り戻したのだった。
「よし、とにかく車に乗ろう。話はそれからだ」
鐘崎がワゴン車のドアを開けてくれたので、皆で一緒に乗り込んだ。
広めの車内に四人が向き合えば和気藹々、突飛な事件に巻き込まれたことなどまるで夢のように普段と変わらない幸せが戻ってくる。運転手と付き添いの男も周が汐留から連れて来た側近たちだったので、冰もよくよく顔見知りであり、
「冰さん、紫月さん! ご無事で良かった!」
「ありがとうございます! 皆さんにもご足労お掛けしてすみません!」
誰しもが安堵した表情で、車内は明るい笑い声に包まれた。
「――冰、それから一之宮にもとんだ災難に遭わせちまったが、本当にすまない」
周が真摯に謝った側では、紫月が冷やかし半分で明るく笑っていた。
「しっかし早かったなぁ! お前らのことだから、ぜってえ追っ掛けてくるだろうなとは思ってたけど、早くても夕方かなって」
「そりゃ、お前。愛の力ってやつだろうが」
鐘崎も軽口で返す。
「カネにも一之宮にも本当に世話になったが、とにかく無事で良かった。それで――まずは言っておかなきゃならねえが、冰――」
周がじっと真剣な顔つきで冰を見つめる。
「うん?」
「お前を訪ねていった唐静雨だが、あの女は俺の元恋人なんかじゃねえ」
「え!? ……そうなの?」
「ああ、とんだ濡れ衣だ」
「そうだったんだ……。実はその女の人だけど、今ちょっと……いろいろと……その、あって」
冰はホッとしながらも言いづらそうに言葉を濁したが、周も鐘崎も既に彼女の抱える事情は把握しているとのことに驚かされた冰だった。
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