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恋敵
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「お前たちが唐静雨の横領の件で心を砕いてくれようとしていることには本当にすまないと思っている」
「……白龍はもうそのことも知ってるんだ……?」
「ああ。カネやカネの親父さんたちの協力のお陰でな。横領については俺も驚いたが、それよりも……何の関係もない女のことでお前が心を痛めただろうことには申し訳ねえ気持ちでいっぱいだ」
だが、自分の以前の知り合いというだけでそんなふうに思いやってくれている冰のやさしさと、それをあたたかく見守って助力をしてくれていた紫月の理解には、深く感謝の気持ちでいっぱいだと言って周は頭を下げた。
「あの女は大学時代の後輩でな。受講していたゼミが一緒だったというだけだ。まったく……! 何をどう勘違いすりゃ、元恋人だなんて台詞が出てくるんだか分からんが、とにかくお前にも皆にも心配をかけてすまないと思っている」
冰は瞳をパチクリとさせながらコクコクとうなずいていたが、紫月は呆れ気味に背伸びをしながら苦笑してしまった。
「はぁ、やっぱなぁ。ンなところだろうと思ったぜ! マジで元恋人だったら、もーちょい余裕っつか自信っつか、こう……それっぽいオーラみてえなの? そーゆーの感じてもおかしくねえのになって思ってさ。けど、あの女はからっきしで、てめえのことっつーか、目の前のことしか見えてねえってな感じだったしな」
確かにそうだ。周に会う為に必死で日本語を勉強して、就職やら移住やらに努力をしたことは認めるところだが、自分がどうしたいかということにだけ一生懸命で、周囲の人間の立場や気持ちなどはまったく頓着しないといった調子だったからだ。
そもそも、周に会う前に冰を訪ねて別れさせようなどという考えからしていただけない。日本への移住など、まずは周に似合う女になるという、自分の目的の為に必要なことを揃えたまではよしとしても、次には”邪魔なものを排除”した上で会いに行こうという考えには首を傾げさせられるところだ。
だが、まあ冰にとってはそんな女でも周の昔の関係者と聞かされれば放ってはおけなかったのだろう。闇市に売り飛ばされるというのも、さすがに気の毒と思ってしまい、何とか他の方法で解決できないものかと一生懸命に頭をひねらせたわけだ。周は、そんなやさしい恋人に申し訳ないと思いつつも、心底愛しくてたまらなく思えるのだった。
「でも、まあこうして遼と氷川とも無事に合流できたことだし、とりあえず良かったわ。それに、唐って女の会社の社長が割合マトモだったっつうかさ。俺らの話にも一応は耳を傾けてくれたし、その点は助かったな」
紫月がそう言う傍らで、冰もその通りだとうなずいた。
「そうですよね。あの社長さんは俺たちに危害を加えるつもりとかはなかったみたいですし、社員の人たちも朝ご飯を出してくれたりしましたもんね」
「だよな。態度はチンピラ入ってたけど、根っから悪いヤツらってわけじゃなさそうだったしな」
二人の会話を聞きながら、周と鐘崎はやれやれと苦笑させられてしまった。
「……白龍はもうそのことも知ってるんだ……?」
「ああ。カネやカネの親父さんたちの協力のお陰でな。横領については俺も驚いたが、それよりも……何の関係もない女のことでお前が心を痛めただろうことには申し訳ねえ気持ちでいっぱいだ」
だが、自分の以前の知り合いというだけでそんなふうに思いやってくれている冰のやさしさと、それをあたたかく見守って助力をしてくれていた紫月の理解には、深く感謝の気持ちでいっぱいだと言って周は頭を下げた。
「あの女は大学時代の後輩でな。受講していたゼミが一緒だったというだけだ。まったく……! 何をどう勘違いすりゃ、元恋人だなんて台詞が出てくるんだか分からんが、とにかくお前にも皆にも心配をかけてすまないと思っている」
冰は瞳をパチクリとさせながらコクコクとうなずいていたが、紫月は呆れ気味に背伸びをしながら苦笑してしまった。
「はぁ、やっぱなぁ。ンなところだろうと思ったぜ! マジで元恋人だったら、もーちょい余裕っつか自信っつか、こう……それっぽいオーラみてえなの? そーゆーの感じてもおかしくねえのになって思ってさ。けど、あの女はからっきしで、てめえのことっつーか、目の前のことしか見えてねえってな感じだったしな」
確かにそうだ。周に会う為に必死で日本語を勉強して、就職やら移住やらに努力をしたことは認めるところだが、自分がどうしたいかということにだけ一生懸命で、周囲の人間の立場や気持ちなどはまったく頓着しないといった調子だったからだ。
そもそも、周に会う前に冰を訪ねて別れさせようなどという考えからしていただけない。日本への移住など、まずは周に似合う女になるという、自分の目的の為に必要なことを揃えたまではよしとしても、次には”邪魔なものを排除”した上で会いに行こうという考えには首を傾げさせられるところだ。
だが、まあ冰にとってはそんな女でも周の昔の関係者と聞かされれば放ってはおけなかったのだろう。闇市に売り飛ばされるというのも、さすがに気の毒と思ってしまい、何とか他の方法で解決できないものかと一生懸命に頭をひねらせたわけだ。周は、そんなやさしい恋人に申し訳ないと思いつつも、心底愛しくてたまらなく思えるのだった。
「でも、まあこうして遼と氷川とも無事に合流できたことだし、とりあえず良かったわ。それに、唐って女の会社の社長が割合マトモだったっつうかさ。俺らの話にも一応は耳を傾けてくれたし、その点は助かったな」
紫月がそう言う傍らで、冰もその通りだとうなずいた。
「そうですよね。あの社長さんは俺たちに危害を加えるつもりとかはなかったみたいですし、社員の人たちも朝ご飯を出してくれたりしましたもんね」
「だよな。態度はチンピラ入ってたけど、根っから悪いヤツらってわけじゃなさそうだったしな」
二人の会話を聞きながら、周と鐘崎はやれやれと苦笑させられてしまった。
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