極道恋事情

一園木蓮

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周焔の東京好日

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 周焔が香港を去ってから八年が過ぎたその日、東京の汐留に巨大なツインタワーを建てるほどに成長させた高層ビルの一室で、周は穏やかな面持ちで室内を見渡していた。
 白を基調にした広々とした洋室は、未だ誰にも使われてはいない。ただ、掃除だけは常に行き届いており、全面パノラマのガラス窓からは秋の傾きかけた午後の陽射しがやわらかに降り注ぎ、遥か階下の街路樹をキラキラと照らしているのが見えた。
 周の自室はこの部屋からダイニングを挟んだ隣にあるが、時々こうして一人で立ち寄り、景色を眺めるのが習慣となっていた。
「老板、やはりこちらでしたか」
 控えめなノックと共に側近の李が顔を覗かせる。午後の休憩の後にふと姿を消してしまった周を捜して追い掛けて来たのだ。
「ああ、李か。どうした」
 今日はもう来客や打ち合わせの予定も入っていない。そんな午後には必ずといっていいほど、周は一人でこの部屋を訪れるのだ。特には何をするわけでもなく、ただただ大きな窓辺に佇んで景色を眺めているだけのことが多い。
「いえ、特に急ぎの用というわけではございませんが、明日は老板のお誕生日であらせられます。一日早いですが、今日はこの後の予定もございませんし、よろしければ劉と私とでささやかながらお祝いを申し上げたいと思いまして」
 周の気に入りのレストランでディナーをどうかと誘いにやって来たらしい。
「お誕生日当日は真田さんがお祝いの膳をご用意しておられると存じますので」
 だから今日にでもと思ったようだ。
「誕生日か。相変わらず律儀に覚えていてくれるな」
 そんな年齢でもないのだが、こうして毎年忘れずに祝ってくれようという心遣いが有り難い。
「いつもすまねえな」
「いえ、私と劉の楽しみでもありますので」
 気を遣わせまいとそんなふうに言ってくれるのも、周にとってはあたたかく嬉しい気持ちにさせてくれるものだった。
「老板はここからご覧になる景色が本当にお好きなのですね」
「ああ。なんとなく香港が見えるような気がしてな」
 ちょうどこの窓から望む方角に香港があるというのもある。
「なあ、李――」
「はい」
「黄のじいさんはどうしているだろうな。あの坊主も既に修業して、今はじいさんの後を継いで、カジノのディーラーをしているんだったな」
「はい、そのようです。季節毎に香港の兄上が黄大人と少年のご様子を見に密かに訪ねてくださっておりますが、この夏にアパートを訪れた際にはお二人共変わらぬご様子だったと聞き及んでおります」
 年に二、三度、周は兄の風に頼んで若い衆に二人の様子を見に行ってもらっているのだ。もちろん、年始などで自身が香港に帰郷した際には自ら赴くわけだが、そんなおりでも周が二人と直接顔を合わせることはなかった。ただ、遠くから彼らの無事を確かめられればそれで安心できたのだ。
「あの坊主も職に就く年齢になったか。黄のじいさんは誠大切にあの坊主を育ててくれたんだな」
「老板……」
 李は誰も使っていないこの部屋が何の為に用意されているのかを知っている。万が一にも黄老人が他界した時の為に、あの少年を引き取ろうと周が心に決めていることもむろん承知だ。そうなった時には彼をここへ呼んで住まわせる心づもりでいるということも重々理解していた。
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