極道恋事情

一園木蓮

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漆黒の記憶

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「実は――お心の方が少々ダメージを受けておられるようでして」
「心のダメージだと? どんな?」
「驚かずにお聞きください。冰さんの中ではご自分は現在九歳の少年であるという意識のご様子なのです」
「九歳の少年だ? つまり……記憶喪失ということか?」
「大まかに言えばそういった括りになるかも知れませんが、少し違います。通常、解離性の健忘というのは、ある一定――もしくはこれまでのすべての期間の記憶が抜け落ちてしまうことを指すのですが、冰さんの場合は精神状態が子供の時分に戻ってしまっているご様子で、生まれてから九歳までのことははっきりと覚えておられます。ただ、ご自身が大人であるという感覚はなく、話しぶりなどもまるで子供そのものなのです。しかもお話になられている言語は広東語でした」
 あまりの驚きに周は思わず音を立てて椅子から立ち上がってしまった。
「つまりはガキに戻っちまった……ということか?」
「……はい。お名前や年齢、これまでに起こった出来事などもはっきりと覚えておいでです。ご両親が他界されていることも認識しておられます。ただ、自分は今香港に住んでいて、小学校に通っている――と。それから、しきりに『じいちゃんに会わせて欲しい』と仰っておられます」
「じいちゃんというと――黄のじいさんのことか。冰の中では未だじいさんは健在だというわけか……」
 ということは、周自身のことも見覚えがない恐れがある。
「……分かった。とにかく会おう。今は話せる状態か?」
「はい。少し前に目を覚されて、身体的にはどこも痛いところもないとのことで、お元気といえます。多少の内出血が見られますが、脳波などにも異常は認められずレントゲンからも内傷は見当たりませんでした。意識もはっきりしていて私の質問にも極めて冷静にお答えになられました」
 周は側で心配そうに聞いていた李と劉も連れて、とにかくは冰のいる病室へと急いだ。

 普段周らの暮らしている最上階の一つ下の階が鄧のいる医療所になっていて、万が一の大怪我など――つまりは銃撃などを受けるようなこと――があっても、手術などもすべてここで行えるように設備が整えられている。周はマフィアのファミリーであることから、平穏なことの多い日本でもそういった非常事態を想定して大病院並みの設備だけは揃えているといったところなのである。
 病室の扉の前では真田が祈るような仕草でずっと立ったままオロオロとしていた。
「坊っちゃま! この度は誠に申し訳ございません……! 私などの為に冰さんをとんでもない目に遭わせてしまって……」
 庇ってもらった真田からすれば気が気でないのだろう。気の毒なほどに恐縮している様子が一目で見てとれる。
「今回のことは不可抗力だ。お前のせいじゃねえ」
「は……ッ、ですが坊っちゃま」
 そのせいで冰の記憶に障害が出たのは明らかであろうから、真田にしてみれば気に病むなと言っても無理であろう。
「申し訳ございません……」
 ただただ身を震わせてうつむくしかできずにいるようであった。
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