極道恋事情

一園木蓮

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漆黒の記憶

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 そうして週末になると鐘崎と紫月が遊びにやって来て、四人で例のケーキが美味しいホテルのラウンジに出掛けたりと、少しずつ外出もするようになっていった。時には鐘崎らの邸に遊びに行って犬たちと戯れたり、周囲の皆とも以前と何ら変わらないくらいに馴染み、周と冰にとってもそれは確かに穏やかといえる日々であった。ただひとつ贅沢を望むとすれば、周にとって夫婦の触れ合いを我慢せざるを得ないということだった。
 冰は以前と同様に素直でやさしい性質だ。周を慕い、頼り、それでも自分のできることは進んで一生懸命にする。子供を思わせる所作は新鮮であり可愛らしい。そんな彼と寝食を共にする周にとっては幾度抱き締めたい衝動に駆られたか知れない。
 むろんのこと身体的には大人同士であるわけだから、気持ちさえ互いを求めれば情を重ね合うこと自体は可能といえる。だが、はたして今の冰がそれを望むだろうか。怖がらせて信頼を失えば、周にとっては取り返しのつかない後悔をすることになろう。例えどんなに愛しくても彼をその手に抱くことだけはしてはいけないと堪える周には、それもまた確かに苦悩といえた。

 事故の日からかれこれひと月が経とうとしている。

 側で見守る鐘崎と紫月にとってもそんな友の姿は心痛むものであった。
「冰は相変わらずか……。何かヤツの心の扉を開くきっかけがあるといいんだがな」
 いつものように週末に様子見に訪れた鐘崎が深く溜め息を抑えられないでいる。少し離れた部屋の中央では紫月が冰の相手をしていて、二人共に笑顔を見せて楽しげだ。すっかり紫月に心を許した冰は誰と遊ぶよりも嬉しそうで、それ自体は喜ばしいことといえる。二人の様子を横目に、鐘崎は周と男同士の会話をしていた。
「お前が辛えんじゃねえかと思ってな。正直なところ俺も当初はここまで長引くとは思っていなかった。案外すぐに記憶が戻るだろうと楽観してもいたんだが」
「それは俺も同じだった。身体的に怪我を負ったわけじゃねえしと、ある意味気楽に構えていたのは事実だ。だがまあ、お前らが香港に飛んでいろいろと調べてくれたお陰で冰がああなった原因は分かったからな。冰にとって黄のじいさんは親も同然だ。いや、それ以上かも知れん。そのじいさんが天職としていたディーラーを断念せざるを得なくなった事故と同じような状況が重なったんだ。当時ガキだった冰には俺たちが考える以上に衝撃だったに違いねえ」
「だろうな……。黄老人はそれ以後も冰を育てる為にカジノの掃除夫として働いてきたというし、現役のディーラーたちを目の当たりにしてさぞ辛かったことだろう。例え冰の前では平静を繕ってはいても、幼心にじいさんの葛藤や寂しさみてえなものを感じ取っていたのかも知れん」
 二人共に溜め息が抑えられない。
「なあカネ。仮にこのまま冰の記憶が戻らねえとしても、俺はあいつと一緒にいられるだけで充分満足だ。あいつは俺を覚えていてくれたし、今じゃすっかり頼ってくれてもいる。性質もそのままで何ひとつ変わっちゃいねえ。真田や李、それにお前らにも心を開いて徐々に以前の日々が戻ってきているのは確かだ。それで充分だ」
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