極道恋事情

一園木蓮

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漆黒の記憶

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「老板、申し訳ございません。クラブ・フォレストからの使いとのことでしたのでお通ししてしまいました。以後は気をつけます」
 李は深々と頭を下げて恐縮した。
「構わん。里恵子の店ではうちの社の卸先から食品などを仕入れてもらっているし、経営上の付き合いがある。お前に落ち度はねえさ」
「は、恐縮です。先程の女ですが……たいそう失礼なことを申し上げた様子ですが……」
 あの女は何と言ってきたのです? と李が眉間に皺を寄せている。
「この間の夜、俺と里恵子が話しているのを聞きつけて来たらしい。里恵子がやたらなことを触れ回るとは思えんし、女の言う通りあの場で小耳に挟んだだけで詳しいことまでは知らんのだろう」
「前々から老板と近付きになりたかったのでしょうか。里恵子ママにも内緒で勝手に訪ねて来たのでしょうね」
「そのようだ。里恵子が知ったらそれこそ恐縮して余計な気遣いをさせちまうだろう」
「どこにも困った輩はいるものですが、まかり間違ってあの女が逆恨みなどの行動を起こさぬようしっかりと目を光らせると致します」
「お前や劉にも要らぬ世話を掛けちまうが、すまない」
「とんでもございません! それよりも……午後からは冰さんがこちらにお見えになるご予定だったのでは? 本日は遅うございますね」
 いつもならばコピーなどの簡単な仕事を手伝いに顔を出すはずである。
「お身体の具合が優れないか……もしくは何かあったのでしょうか」
「二時か……。そういや遅えな」
 周も手元の時計を見ながら眉根を寄せる。
「何かあれば真田からすぐに連絡がくるはずだが」
「ご様子を窺って参りましょうか」
「いや、俺が行ってみよう」
 次の間の扉口で呆然としてしまっていた冰は、二人の会話を聞いて慌てて部屋を飛び出した。
 邸に向かう連絡通路を小走りにしながら心臓が飛び出しそうになる。脳裏からは周にしなだれかかっていた女性の姿が消えてくれず、わけもなく胸が苦しくなる。何よりも彼女が言っていた『奥様』という言葉が気になって気になって仕方がなかった。

(白龍のお兄さんにはお嫁さんがいるっていうことなのかな……)

 だが見掛けたことはない。紹介されたこともむろんない。周自身も父や兄などの家族は香港にいると言っていたし、真田たちからも嫁がいるなどとは聞いたことがない。

(でもさっきのお姉さんは奥様がどうのって言ってたし……本当はどっちなんだろう)

 それより何より周にお嫁さんがいると想像しただけで苦しくて苦しくて仕方がない。心臓はドキドキと音が聞こえるほどに脈打っているし、わけも分からず泣きたくなるほどに苦しいのだ。

(お兄さん……僕、このまま甘えていていいんだろうか……)

 自室に駆け込むと、冰はベッドに突っ伏してしまった。
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