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漆黒の記憶
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しばらく呆然としていると、遠くから周が呼ぶ声が聞こえてきてようやくと我に返った。
「冰、いねえのか? 冰?」
扉を開けたり閉めたりする音がして近付いてくる。冰は咄嗟に布団へと潜り込んで眠ったふりをした。
「冰……ッと! なんだ、寝ちまってたのか」
ホッと安堵したような声が聞こえる。その声音と雰囲気からはひどく安心した様子が伝わってきて、冰は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。いつもならば社に手伝いに行くはずなのに、今日は姿が見えないと飛んで捜しに来たのだろう。きっと心配をかけたに違いない。
いくらショックなことを聞いてしまったとはいえ、勝手なことをしてしまった自分が情けなかった。
「お……兄さん……」
「ああ、起こしちまったな。すまない」
周は安心したように微笑むと、ベッドサイドへやって来てやさしく頭を撫でてくれた。
あたたかく大きな掌だ。初めて会った日そのままに、すべてを包み込んでくれるようなやさしい手の感触に心がキュッと痛む。
「ごめんなさいお兄さん……僕……お手伝いに行かなきゃならなかったのに」
「そんなことは気にするな。それよりどこか具合でも悪いのか?」
「ううん、ただ……ウトウトしてる内に寝ちゃって」
「そうかそうか。だったらよかった」
瞳を細めて微笑みかけてくれる視線がそこはかとなくやわらかでやさしい。先程の女の前で見せていた尖った雰囲気は微塵も感じられず、いつもの彼だ。髪を撫でていた掌が額の熱を測るように移動し、
「熱はねえみてえだな。念の為、鄧先生を寄こすから診てもらえ。たまには経過をみるのも必要だ」
「だ、大丈夫……! ホントに僕……」
「ここしばらく社の手伝いやらメシの支度までしてくれて疲れが溜まってくる時期だろうからな。今日はこのままゆっくり過ごせ。俺もそう遅くならずに上がってこられる。そうしたら二人で一緒に晩飯にしよう」
周はそう言うと、鄧へと一報を入れて社に戻っていった。
「お兄さん……ごめんなさい」
咄嗟のこととはいえ嘘をつき、自分の勝手で余計な心配をさせてしまったことに心が痛む。ほどなくして医師の鄧がやって来た時には自己嫌悪と先程の衝撃とで冰はすっかり意気消沈してしまっていた。
「冰君、その後如何かな? どんな小さなことでもいい。思ったことや感じたことをボクに教えてくれたら嬉しいぞ」
鄧も元気のない様子を感じ取ってか、穏やかに笑みながら診察を始めた。
「あれから何か変わったことはないかい? 急に頭が痛くなってすぐに治ったとか、他に何か心配なことがあるとか」
「……えっと、頭が痛くなったとかはありません……」
「そうか。少し元気がないようだが、他に痛かったりダルかったりするところはないかい?」
「……大丈夫です」
「うむ」
だが、やはり元気がない様子は明らかだ。鄧は質問を変えてみることにした。
「ここでの生活はどうだい? 周のお兄さんはやさしくしてくれる?」
「はい、それはもちろん! 他の皆さんも……真田さんとか調理場のお兄さんたちとか、それに鄧先生もすごくやさしくてうれしいです」
「ボクのことまでそんなふうに言ってもらえて嬉しいよ。冰君こそとてもやさしいいい子だな」
「ありがとう鄧先生。あの……先生は……」
何か言い掛けてためらっているような様子に、鄧はにっこりと微笑むと穏やかに訊いた。
「何だい? 何でも言ってくれ?」
「冰、いねえのか? 冰?」
扉を開けたり閉めたりする音がして近付いてくる。冰は咄嗟に布団へと潜り込んで眠ったふりをした。
「冰……ッと! なんだ、寝ちまってたのか」
ホッと安堵したような声が聞こえる。その声音と雰囲気からはひどく安心した様子が伝わってきて、冰は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。いつもならば社に手伝いに行くはずなのに、今日は姿が見えないと飛んで捜しに来たのだろう。きっと心配をかけたに違いない。
いくらショックなことを聞いてしまったとはいえ、勝手なことをしてしまった自分が情けなかった。
「お……兄さん……」
「ああ、起こしちまったな。すまない」
周は安心したように微笑むと、ベッドサイドへやって来てやさしく頭を撫でてくれた。
あたたかく大きな掌だ。初めて会った日そのままに、すべてを包み込んでくれるようなやさしい手の感触に心がキュッと痛む。
「ごめんなさいお兄さん……僕……お手伝いに行かなきゃならなかったのに」
「そんなことは気にするな。それよりどこか具合でも悪いのか?」
「ううん、ただ……ウトウトしてる内に寝ちゃって」
「そうかそうか。だったらよかった」
瞳を細めて微笑みかけてくれる視線がそこはかとなくやわらかでやさしい。先程の女の前で見せていた尖った雰囲気は微塵も感じられず、いつもの彼だ。髪を撫でていた掌が額の熱を測るように移動し、
「熱はねえみてえだな。念の為、鄧先生を寄こすから診てもらえ。たまには経過をみるのも必要だ」
「だ、大丈夫……! ホントに僕……」
「ここしばらく社の手伝いやらメシの支度までしてくれて疲れが溜まってくる時期だろうからな。今日はこのままゆっくり過ごせ。俺もそう遅くならずに上がってこられる。そうしたら二人で一緒に晩飯にしよう」
周はそう言うと、鄧へと一報を入れて社に戻っていった。
「お兄さん……ごめんなさい」
咄嗟のこととはいえ嘘をつき、自分の勝手で余計な心配をさせてしまったことに心が痛む。ほどなくして医師の鄧がやって来た時には自己嫌悪と先程の衝撃とで冰はすっかり意気消沈してしまっていた。
「冰君、その後如何かな? どんな小さなことでもいい。思ったことや感じたことをボクに教えてくれたら嬉しいぞ」
鄧も元気のない様子を感じ取ってか、穏やかに笑みながら診察を始めた。
「あれから何か変わったことはないかい? 急に頭が痛くなってすぐに治ったとか、他に何か心配なことがあるとか」
「……えっと、頭が痛くなったとかはありません……」
「そうか。少し元気がないようだが、他に痛かったりダルかったりするところはないかい?」
「……大丈夫です」
「うむ」
だが、やはり元気がない様子は明らかだ。鄧は質問を変えてみることにした。
「ここでの生活はどうだい? 周のお兄さんはやさしくしてくれる?」
「はい、それはもちろん! 他の皆さんも……真田さんとか調理場のお兄さんたちとか、それに鄧先生もすごくやさしくてうれしいです」
「ボクのことまでそんなふうに言ってもらえて嬉しいよ。冰君こそとてもやさしいいい子だな」
「ありがとう鄧先生。あの……先生は……」
何か言い掛けてためらっているような様子に、鄧はにっこりと微笑むと穏やかに訊いた。
「何だい? 何でも言ってくれ?」
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