極道恋事情

一園木蓮

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漆黒の記憶

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「……先生は……お嫁さん……いるですか?」
 何ともぎこちない話し方で、語尾は日本語と広東語が混ざってしまっている。質問の内容も突飛といえる。鄧は驚きつつも何か記憶を揺さぶるような兆候かと思い、そのまま話を続けた。
「残念ながら先生にお嫁さんはまだいないな」
「……そ……ですか」
「まあボクもいい歳だからねぇ。そういったご縁があればとは思うんだけど、なかなかね。冰君は好きな子がいるのかい?」
「好きな子……」
 少し考え込みながら、すぐにブンブンと首を横に振ってみせた。
「あの……それじゃ白龍のお兄さん……は?」
「――周のお兄さんにお嫁さんがいるかってことかい?」
 コクリと遠慮がちにうなずいてみせる。
 事実を答えるならばイエスだが、そのお嫁さんは冰である。ここはいないと言うのが正解と鄧は思った。
 だがそんなことを訊くということは良い兆候といえる。聞きづらそうにしながらそれでも知りたいという意志が窺える。少なからず周に対する強い興味があるからこその質問なのだろう。
「周のお兄さんもボクと同じでまだ独身だ。お嫁さんはいないよ」
 すると冰は驚いたように瞳を見開いて、すがるような視線で見つめてきた。まるで一瞬の内に闇から抜け出せたというくらいに瞳を潤ませ、心を震わせている様が見て取れる。
「本当、先生?」
「ああ、本当さ」
「でもさっき……」
 言い掛けて冰はハッと口をつぐんでしまった。
「さっき……? どうかしたのかい?」
「ううん、何でもない……です」
 とはいえ何か考え込むような素振りでいるのは確かだ。鄧はそれ以上突っ込まずに、診察だけを終えると、「じゃあもう少しゆっくり横になっていなさい」と言ってやさしく微笑むに留めた。
 その後、診察の結果を報告がてら周の社長室へと向かった。
「鄧、すまなかったな。あれの具合はどんな様子だ」
「はい。お身体的には極めてご健康なご様子でした。特に心配する点は見当たりません。ただお気持ちの方が少々不安定でいらっしゃるかと思われます」
「何か心配事でもあるのか……。まあ、あいつもここでの生活に馴染んできたとはいえ、何かと気疲れしてるのかも知れんな。あいつの意識の中じゃ周りは皆大人だらけだからな。目上ばかりで本人も気づかねえ内に気を遣っているのかも知れん」
「というよりも、私の所見ですが……老板をお慕いするお気持ちが日に日に強くなられていて、そのお気持ちに戸惑っているようにお見受けできるのです。それに少々気になることをお尋ねになられまして」
「気になることだ?」
「ええ。老板にお嫁さんはいるのかとお訊きになられました」
 周は驚いた。
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