531 / 1,212
三千世界に極道の華
54
しおりを挟む
橘は先日の夜に敵方参謀の男の後をつけたので地の利にはある程度明るい。時間的には昼間であるが、地下空間の為にここでは常に昼も夜もない。まだ茶屋が開く時間帯ではないので、店先の灯りも乏しい。闇に紛れて動くには幸いといえた。
「話には聞いていたが酷え場所だな……。三浦屋がある辺りとはまるで雰囲気が違う」
一目で治安の悪さを感じさせる街並みに周が眉根を寄せる。
「こないだの晩にヤツが消えたのはあの祠の裏ですが……」
やたらに近付くのはさすがに警戒せざるを得ない。橘が辺りに注意を払っているその時だった。
「おい、橘! あれを見ろ!」
突如、周に腕を掴まれて振り返ると、彼が驚いた表情で目を見張っていた先にとんでもない光景が広がっていて、橘も一瞬開いた口が塞がらないといった状態でその場に硬直させられてしまった。
「……わ、若……ッ!? 何だってこんな所に……」
なんとそこには路地裏の垣根の隙間から覗ける庭先の縁側に腰掛けている鐘崎の姿があったからだ。
「やはり拐われてきたのは本当のようだな」
「けど若ほどのお人が素直にああしてあそこに居続けるってのはおかしくありませんか? 姐さんはまだ起きられない状態だって聞きましたが、見たところ若はもう意識が戻っていらっしゃるようなのに」
だが、よくよく見ればぼんやりとしていて、いつもの鐘崎のような覇気がない。縁側に腰掛けたきり、ぼうっと一点を見つめたような眼差しで、あれでは腑抜け同然だ。
「カネのヤツもまだ薬が切れてねえのかも知れん。とにかく庭に入り込んでもう少し様子を窺うぞ。敵の姿が見当たらねえようなら即刻連れ帰る!」
「承知しました!」
そうしてなんとか庭へと潜り込んだものの、声を掛けようと思った矢先だ。部屋の襖が開き、奥から数人が会話する声が聞こえてきて二人はひとまず植木の陰へと身を潜めた。現れたのはどうやら敵方の連中のようである。
「何をもさもさやっていやがる! 早えとここいつを飲ませてあの傷野郎をモノにしねえか!」
ガラの悪い男が数人で一人の女の腕を引っ張りながら小言を言っている。
「うるさいねぇ! ちょいと離しておくれよ!」
女は着ている着物からして遊女のようだ。気の強そうな美人で、怯まず男たちに言い返している。
「仕方ないだろう。あの男はあんたらが盛ったおかしな薬のせいで腑抜け同然さ! アタイがいくら話し掛けたってウンともスンとも言わないんだからさぁ。いったいあの薬は何なんだい?」
「は! おめえにゃ関係ねえこったが、教えてやらねえこともねえ。聞いて驚くな! ありゃあなぁ、頭を狂わせちまうって危ねえ代物さ」
男が得意顔で笑う。
「話には聞いていたが酷え場所だな……。三浦屋がある辺りとはまるで雰囲気が違う」
一目で治安の悪さを感じさせる街並みに周が眉根を寄せる。
「こないだの晩にヤツが消えたのはあの祠の裏ですが……」
やたらに近付くのはさすがに警戒せざるを得ない。橘が辺りに注意を払っているその時だった。
「おい、橘! あれを見ろ!」
突如、周に腕を掴まれて振り返ると、彼が驚いた表情で目を見張っていた先にとんでもない光景が広がっていて、橘も一瞬開いた口が塞がらないといった状態でその場に硬直させられてしまった。
「……わ、若……ッ!? 何だってこんな所に……」
なんとそこには路地裏の垣根の隙間から覗ける庭先の縁側に腰掛けている鐘崎の姿があったからだ。
「やはり拐われてきたのは本当のようだな」
「けど若ほどのお人が素直にああしてあそこに居続けるってのはおかしくありませんか? 姐さんはまだ起きられない状態だって聞きましたが、見たところ若はもう意識が戻っていらっしゃるようなのに」
だが、よくよく見ればぼんやりとしていて、いつもの鐘崎のような覇気がない。縁側に腰掛けたきり、ぼうっと一点を見つめたような眼差しで、あれでは腑抜け同然だ。
「カネのヤツもまだ薬が切れてねえのかも知れん。とにかく庭に入り込んでもう少し様子を窺うぞ。敵の姿が見当たらねえようなら即刻連れ帰る!」
「承知しました!」
そうしてなんとか庭へと潜り込んだものの、声を掛けようと思った矢先だ。部屋の襖が開き、奥から数人が会話する声が聞こえてきて二人はひとまず植木の陰へと身を潜めた。現れたのはどうやら敵方の連中のようである。
「何をもさもさやっていやがる! 早えとここいつを飲ませてあの傷野郎をモノにしねえか!」
ガラの悪い男が数人で一人の女の腕を引っ張りながら小言を言っている。
「うるさいねぇ! ちょいと離しておくれよ!」
女は着ている着物からして遊女のようだ。気の強そうな美人で、怯まず男たちに言い返している。
「仕方ないだろう。あの男はあんたらが盛ったおかしな薬のせいで腑抜け同然さ! アタイがいくら話し掛けたってウンともスンとも言わないんだからさぁ。いったいあの薬は何なんだい?」
「は! おめえにゃ関係ねえこったが、教えてやらねえこともねえ。聞いて驚くな! ありゃあなぁ、頭を狂わせちまうって危ねえ代物さ」
男が得意顔で笑う。
22
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる