539 / 1,212
三千世界に極道の華
62
しおりを挟む
「田辺の野郎、まーたサボってやがる!」
「ああ、例の女だろう? このところ毎日のように訪ねて来ちゃ、裏木戸の陰でイチャイチャしやがって! 真っ昼間だってのに逢引きしてやがるんだ。仕事も放っぽっていい気なもんだぜ」
「まあここは常夜だからな。いくら昼も夜もねえと言ったって、夕方になりゃ外界からの客も来て立て込むってのによー。四郎兵衛の親父さんも何であんな使えねえヤツを雇ったんだか!」
ここの者たちは主人の伊三郎のことを四郎兵衛と呼んでいる。江戸吉原の時代に会所を束ねていた時のままに彼を尊敬し、慕っているという証であろう。
「何でも知り合いに頼まれたとかで、半ば強引に押し付けられたらしいぜ。そうでもなきゃうちの親父さんがあんなヤツを雇うかっての!」
男たちはこの地下施設ができるずっと以前から三浦屋に勤めていた者たちらしい。主人の伊三郎と一緒に花街での仕事に誇りと生き甲斐を持ってやってきたそうだ。その彼らによると、最近になって新しく入ったという男がしょっちゅう女と逢引きをしていて、仕事もサボってばかりだというのだ。名を田辺というらしい。
春日野や源次郎らのことは花魁付きの下男であるし、主人からも一目置かれているという認識でいるらしく、少し尋ねたところいろいろと事情を話してくれたというのだ。
「田辺か……。その男は普段はどんな役目に就いているんだ?」
源次郎が訊く。
「ええ、何でも食材や着物などの他、細々とした必需品を業者から受け取ったりする雑務を担当しているそうです。当初は掃除などを主にやらせていたそうですが、いい加減でとても任せられないということで、荷の受け取りくらいならと配置換えさせられたそうですが……。そんな男にもちゃんと女がいるっていうのが不思議だと、皆さんも呆れていらっしゃいました」
「女か……。ひょっとすると、その女ってのは敵からの指示を田辺というヤツに伝える伝達役の可能性もあるな。今日も女が来ていたのか?」
「ええ。まさに今、店の裏手の塀のところで逢引き中です。よろしければ自分が女の後を付けてみようと思うのですが」
女が敵方へ帰れば黒で決まりというわけだ。
「そうだな――。任せてもいいか?」
「はい、もちろん!」
「橘の話じゃ、敵のいる界隈はあまり治安が良くないということだ。くれぐれも気を付けて、深追いせずに戻ってくれ」
「承知しました」
「私の方は田辺というヤツの周辺を洗ってみる。他にもまだ敵からのスパイが入り込んでいるかも知れんからな」
「兄さんもお気を付けて」
こうして春日野は田辺を訪ねて来た女の後を付けることとなったのだった。
「ああ、例の女だろう? このところ毎日のように訪ねて来ちゃ、裏木戸の陰でイチャイチャしやがって! 真っ昼間だってのに逢引きしてやがるんだ。仕事も放っぽっていい気なもんだぜ」
「まあここは常夜だからな。いくら昼も夜もねえと言ったって、夕方になりゃ外界からの客も来て立て込むってのによー。四郎兵衛の親父さんも何であんな使えねえヤツを雇ったんだか!」
ここの者たちは主人の伊三郎のことを四郎兵衛と呼んでいる。江戸吉原の時代に会所を束ねていた時のままに彼を尊敬し、慕っているという証であろう。
「何でも知り合いに頼まれたとかで、半ば強引に押し付けられたらしいぜ。そうでもなきゃうちの親父さんがあんなヤツを雇うかっての!」
男たちはこの地下施設ができるずっと以前から三浦屋に勤めていた者たちらしい。主人の伊三郎と一緒に花街での仕事に誇りと生き甲斐を持ってやってきたそうだ。その彼らによると、最近になって新しく入ったという男がしょっちゅう女と逢引きをしていて、仕事もサボってばかりだというのだ。名を田辺というらしい。
春日野や源次郎らのことは花魁付きの下男であるし、主人からも一目置かれているという認識でいるらしく、少し尋ねたところいろいろと事情を話してくれたというのだ。
「田辺か……。その男は普段はどんな役目に就いているんだ?」
源次郎が訊く。
「ええ、何でも食材や着物などの他、細々とした必需品を業者から受け取ったりする雑務を担当しているそうです。当初は掃除などを主にやらせていたそうですが、いい加減でとても任せられないということで、荷の受け取りくらいならと配置換えさせられたそうですが……。そんな男にもちゃんと女がいるっていうのが不思議だと、皆さんも呆れていらっしゃいました」
「女か……。ひょっとすると、その女ってのは敵からの指示を田辺というヤツに伝える伝達役の可能性もあるな。今日も女が来ていたのか?」
「ええ。まさに今、店の裏手の塀のところで逢引き中です。よろしければ自分が女の後を付けてみようと思うのですが」
女が敵方へ帰れば黒で決まりというわけだ。
「そうだな――。任せてもいいか?」
「はい、もちろん!」
「橘の話じゃ、敵のいる界隈はあまり治安が良くないということだ。くれぐれも気を付けて、深追いせずに戻ってくれ」
「承知しました」
「私の方は田辺というヤツの周辺を洗ってみる。他にもまだ敵からのスパイが入り込んでいるかも知れんからな」
「兄さんもお気を付けて」
こうして春日野は田辺を訪ねて来た女の後を付けることとなったのだった。
22
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる